第3話 一方その頃
1
「はぁ」
僕の足取りは重かった。
昨夜の衝撃的過ぎる出来事が、僕の足を重くしている。なんであんなことになってしまったのか。
「……小春」
色んな方向から視線を感じる。校門をくぐってからずっとだ。
「あれだよ」
「あの人が」
「あんなぽけっとした人のどこがいいんだろ」
「ねー」
「地味じゃない?」
「うん、なんか地味じゃね?」
「俺の小春ちゃんが……あんなやつに?」
「……殺すぞ」
「三年の先輩だよね」
「はぁ」
漏れてきた声を聞くに、どうやら昨日の小春の告白の件がすでに学園中に広まっているらしい。
人の噂は広まるのが早いというが、昨日の今日でもう知れ渡ったのか。
きっぱり断ることができたからいいものの、まさかあの小春に告白されることになろうとは、全く想像もしていなかった。
学年も違うし部活も違う。普段関わることはほとんどなく、学校における二人の接点といえば同じ委員会に所属しているというだけ。その時だって、たまに一言二言、言葉を交わす程度である。
「はぁ」
人の注目を浴びるのは苦手なので、少しの間辛抱しなくては。
「おはよー」
教室に入るなり、みんなが好奇の目で僕を見る。
クラスでは比較的地味なキャラとして名を馳せているが、今日は朝から注目の的となってしまった。
「おーい、影山! 聞いたぞ」
クラス一のお調子者、
「なんだよ、朝からうるさいな」
「なんだよ、じゃねぇだろ。お前、一年の華山小春に告られたらしいじゃねぇか」
「え、ああ、うん」
やはり例の件か。
「そんで、おまっ、フったらしいじゃねぇか」
「まあ、うん。それが?」
「馬鹿か!?」
「はぁ?」
遠藤は僕の肩を掴み、揺さぶる。
「あんな美少女に告られるなんて、お前の人生最初で最後のチャンスだったんだぞ? それを断っちまうなんてこれから先どうすんだ」
失礼な。
「ほっとけよ。もう終わった話なんだから」
「終わったって、なんでお前、そんなクールでいられるんだよ。っていうかよ、なんで断ったんだ?」
「え?」
核心を突いた遠藤の質問に、クラス中がしんと静まり返る。みんなが僕の次の言葉に注目しているのだ。こんなに大勢の人の視線を集めたのは小学校の時の選抜リレー以来である。
「そ、それは……」
「それは?」
遠藤が真剣なまなざしを向ける。
そりゃそうだろう。
学園のアイドルの告白を冴えない非リアが断ったのだから。
世紀の大事件だ。
だが、
「……いいだろ、別に」
僕は遠藤の横をすり抜けて、自分の席についた。
「おいおい、影山~」
「ほっといてくれって」
遠藤はこちらのそっけない態度を不審に思ったのか、僕の席にへばりつく。
「彼女欲しいなって、散々愚痴ってたじゃねーか」
「そりゃ、彼女は欲しいけどって、声でかいよ!」
「付き合っちまえばいいじゃねぇか」
「それはできないの」
「なんでだよ」
「それは……言えない」
いくら友人の頼みといえど、小春の告白を断った理由を言うわけにはいかないのだ。
絶対に。
2
――放課後。
「ふぅ」
疲れた。
今日は朝から質問攻めの連続で、それを受け流すので手一杯だった。小春に告白されたということで、一部の男子からは怨念のこもった目で見られるし、恋バナ大好きの女子たちからは囃し立てられたりからかわれたりするしで散々だった。
全く、どうしてみんな人の恋愛にそこまで熱くなれるのだろう。自分に関わりのないことなんだからそっとしておけばいいのに。
まあ、頑なに理由を言わない僕にも非があることは分かっている。
これこれこういう理由で華山小春とは付き合うことができないのだ、と口で説明することは簡単だし、そういう対応を取ればみんなもすぐに納得してくれるだろう。
しかし、それは絶対にできない。
「さてと」
今日は部活が休みなので直帰することにしよう。
僕の所属する男子バスケ部は六月の地区予選で一回戦負けを喫した。僕たちは三年生なので、七月の引退式までは自由参加となる。
荷物をまとめ、教室を出たその時、
「春樹先輩」
僕は瞬時に固まる。
こ、この声は……
周囲がざわつく。
声のした方へ目を向けると、小春が立っていた。
「一緒に帰りましょ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます