不治の病で命を落とした少女が異世界に行ったら最強治療師!?~回復屋さんは赤ちゃんが好きすぎるし、そのうえ「男の子スキル」まで持ってるなんて……しょうがないから私たちも手伝ってあげる!~
白木凍夜
序章:異世界転移編
第1話 プロローグ
少女は幸せだった。
足は動かず、自由に歩くことはできないと知っても。
少女は幸せだった。
腕も動かず、自分の手は何も掴めないと理解しても。
少女は幸せだった。
大好きな両親が毎日会いに来てくれるから。
女性は不幸になった。
それは、目が見えなくなってしまったことが理由ではない。
女性は不幸になった。
それは、耳が聞こえなくなってしまったことが辛かったからではない。
女性は不幸になった。
毎日会いに来てくれた両親がいつまで待っても来てくれないから。
――
「ねえ、そこにいるんでしょ?」
私は首を動かして得意げに部屋の隅の方を見る。
まあ、みえないんだけど。
「パパやママったらひどいのよ? 私がこんな風になったからって一度も会いに来てくれないの」
これは本当。もう最後に会ったのはいつなのかずっと前から分からない。
「ねえ、あなたに夢はある?」
私はあるわ。
前にママに読んでもらったお話の中で最高に面白い話があったの。
大きなトカゲっぽい姿をした「どらごん」を倒す勇者の話。
世界の果てまで届くような「巨大な塔」を攻略する冒険者の話。
一口食べただけでほっぺたが落っこちちゃうような「果物」を探す狩人の話。
どれも素敵だったけど、私が欲しいのはそのどれでもない。
私が一番欲しいのは「赤ちゃん」
それもたーっくさんの赤ちゃん。
家はそんなに大きくなくていいの。
むしろ、どっちかっていうと小さいほうが良いわ。
小さなおうちが私と赤ちゃんでぎゅうぎゅうになるの。
そうなったらわたし、きっと幸せで弾けてしまうわ。
「ねえ、聞いてるの?」
さっきと同じ方を見て私はむっとした表情をつくる。
そもそも私の声って出てるのかしら?
声ってどうやって出すんだったっけ?
あれ?私の首って動くんだっけ?
なんだか体が軽いような……。
まるで自分の身体じゃないみた……い?
!?!?!?
今ならなんだってできそうな気がする!!
どうしよっかな?
あ、パパとママに会いに行くのがいいわ!
きっと笑顔で迎えてくれるはず。
顔はちょっと……思い出せないけど……見たらすぐにわかるはず!
だって家族だものね。
ぱぱ、まま、大好きよ。
いま会いに行くからね。
「いってきます」
ピー。
無機質な電子音が耳障りに鳴り響く。
ベッドに横たわる女性の手をぎゅうぎゅうと握りしめた女が口を開いた。
「ねえあなた、あの子の声って覚えてる?」
部屋の隅でこちらに背を向けて、肩を震わせている男が答えた。
「当たり前だ。何年たとうが忘れるものか」
そう答えた男の足元には小さな水たまりが一つまた一つとうまれていく。
「今ね、あの子の声が聞こえた気がするの」
女は話す。
大切なものを絶対に離さないように繋ぎとめるように力一杯女性の手を握りしめながら。
「……そうか、なんと言ってた?」
足元に先程よりも一回り大きい水たまりを作りながら男は問いかけた。
「大好きだってさ」
「……それだけか?」
「あのね……いってきますだって」
それを聞いた男はそのまま黙り込む。
それを告げた女もそのまま黙り込む。
男の足元にあった無数の水たまりが一つの湖に姿を変えた頃、男が口を開いた。
「……本当は何て言ってたんだ?」
女はびくりと一瞬肩を揺らすが、すぐに息を吐いて落ち着くと、男の方を向いて話はじめた。
「あの子って大人になるころには耳が聞こえなくなってたでしょう?」
「そうだな」
「眼も見えなくなってたでしょ?」
「ああ」
「触っても反応してくれなくなってたでしょう?」
「そうだったな」
「あのね……」
「どうした」
「あの子ね、私たちがいることに気づいてなかったみたいなの」
「……」
「毎日無駄でもいいからあの子の大好きだったお話をよんだわよね?」
「ああ」
「毎日無駄でもあの子の前では笑顔でいたわよね?」
「ああ」
「毎日無駄でもあの子の手をぎゅって握りしめたわ」
「ああ」
「毎日無駄でも……無駄で……も」
そこから先は言葉にならなかったのかそのまま顔を伏せる女。
「無駄じゃなかったさ」
男がそっと女に寄り添う。
「俺もな、一つだけ聞こえたんだ」
「……なんて言ってた?」
「赤ちゃんをたくさん作るんだとさ」
「まあ、男の子とおしゃべりしたこともないのに?」
「関係ないさ、良い男は無口だからな」
「そんな顔で言ってもカッコよくないわよ?」
「水も滴るいい男っていうだろ?」
「じゃあ、もっと水が必要ね」
女は男を抱きしめる。
ベッドに横たわっていた女性が連れ出される。
行き場を失った女の手は男の手の中に身を隠す。
男と女は娘を吸い込んだ扉をじっとみつめる。
「「今までありがとう。次はもっと幸せな人生が訪れますように」」
2人の声は誰もいない部屋に溶けていった。
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