第207話 双龍の顎(アギト)

蒼龍、飛龍から飛翔した空撃隊の隊長を務めるのは、蒼龍所属の江草隆繁少佐である。

後世において、艦爆の神様と伝えられる人物で、急降下爆撃に精通し、極めて高い命中率を誇り、数多くの人材を育成した人物である。


九九式艦上爆撃機の機体性能は、アメリカ合衆国のSBDドーントレスと比較すれば、半分程の能力しかない。


その圧倒的不利な性能差を補ったのは、努力と、技術なのだ。

命を掛けた努力と訓練により、圧倒的な命中率を獲得し、アメリカ軍に対抗したのである。


江草隊長が指揮する攻撃隊は、250キロ爆弾搭載の九九式艦上爆撃機13機、九一式航空魚雷搭載の九七式艦上攻撃機10機、護衛の零式艦上戦闘機が8機であった。

蒼龍、飛龍の攻撃隊は、真珠湾攻撃からの度重なる出撃で機体の損傷が著しく、その戦力は半減し、更に爆弾及び魚雷もこれで打ち止めという状態であった。


しかしその反面、歴戦をくぐり抜けた搭乗員の士気と練度は最高潮に達しており、空中においてラグビーのスクラムを組むように翼を連ねるその勇姿はまさに双頭の龍のようであった。


そんな双頭龍が空を駆けること約2時間、索敵機の電信の海域において、湾曲する水平線の一点に、自然界ではありえない、マッチ箱のような巨大な人工物が姿を現した。


江草隆繁攻撃隊隊長は目を凝らすと同時に後部の石井飛曹長が叫ぶ!!

「隊長!!敵空母です!!!正面!!十二時方向!!」

「おう!!見えているぞ!!情報通り空母は一隻か!!周囲に軽巡、駆逐艦が5隻。直掩機は?・・・6機か?よし!!その程度で我らから守りきれると思うなよ!」


「全隊!!攻撃隊形作れ!!」

江草隊長は、ニヤリと笑うと、風防を開けて、信号弾を発射!!

パンッ!!朱ウウウゥゥゥゥゥゥ!!!

信号弾が空を彩る!!


空母まで15キロメートル!!

江草隊長は、自ら艦爆隊を率いて、高度を上げ始める!

零戦隊は敵戦闘機に向けて一直線に加速を始める!

艦攻隊は、5機ずつ二手に分かれ、高度を下げ始める!!


攻撃隊は時速約380キロ!!

約10秒で1キロメートルを駆ける!!!


空母まで13キロメートル!!

艦爆隊は、雷撃隊と足並みを揃えるため、速度を調整し、上昇を続ける!

零戦隊は間もなく接敵!


番!番!番!

頑!頑!頑!


敵艦からの高射砲が付近空域に爆発!!その都度風防がビリビリと振動する!!


零戦隊は敵戦闘機F4Fと接敵!!猛烈に撃ち合う!!


空母まで10キロメートル!!


F4Fは二手に分かれた!!艦爆隊には3機上がってくる!!零戦隊も反転し追う!!


空母まで9キロメートル!!

艦爆隊は高度6000!!蒼龍隊7機と飛龍隊6機で文字通り双龍の隊形を作る!!

艦攻隊は高度3500!!

空母を挟み込むように左右に別れる!!

F4Fはダイブが得意だ!決死の攻撃で艦攻隊は一機、また一機と被弾して焔を纏って墜落してゆく!!!


空母まで7キロメートル!!

艦爆隊は高度5500!!

双龍は敵空母を捉え、空母の後方に位置取りを図り、緩降下する!!

艦攻隊は高度2000!!

空母を挟み込むように左右に別れる!!


空母まで5キロメートル!!

艦爆隊は高度5000!!時速380キロ!!

双龍はその牙を研ぎ澄ませる!!

艦攻隊は高度1000!!時速380キロ!!

散開する!!


空母まで4キロメートル!!

艦爆隊は高度4000!!時速380キロ!!

投弾まで30秒!!!

艦攻隊は高度200!!海面が近づくなか、時速380キロで疾走!!敵艦の対空砲が水柱を上げるなか、空母を挟み込む!!


空母まで3キロメートル!!

艦爆隊は高度3000!!時速380キロ!!

投弾まで20秒!!!空母の飛行甲板がはっきりと見える!!

艦攻隊は高度100!!海面が近づくなか、時速380キロで疾走!!空母の両舷を睨む!!

しかし敵空母も横腹の有効な射角を与えないように急速回頭してくる!!

両者の読み合いが鋭さを増す!!!



空母まで2キロメートル!!

艦爆隊は高度3000!!時速380キロ!!

江草隊長は叫ぶ!!!

「歯を食い縛れ!!!降下開始イィィ!!!」

九九式艦上爆撃機は降下角度60度!!限界速度を超えないようにダイブブレーキを作動させると時速約500キロで空中を落下する!!

弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾!!!

敵艦隊の対空機銃が連射!連射!連射!!!


投弾まで10秒!!!空母の飛行甲板がはっきりと見える!!

敵空母は飛行甲板が斜めを向くほど急速回頭している!!


艦攻隊は高度50!!時速380キロで疾走すると、海面の水飛沫が翼を叩く!!飛龍隊は射角ヨシ!!投弾に向けて微調整に入る!!

一方蒼龍隊は敵空母の急速回頭と敵護衛艦の存在により射角が得られない!!敵空母の変針に合わせて更に回り込む!!


空母まで1キロメートル!!

艦爆隊は高度2000!!時速500キロ!!

江草隊長は両足で落ちる身体を支え、操縦桿を握りしめる!!!!


敵空母は飛行甲板が斜めを向くほど急速回頭しながらも、対空機銃手は物凄い形相で連射している!!!


投弾まで5秒!!!艦爆の神様の目には、投弾後のコースが読み取れる!!

敵空母の動きも機敏で繊細な投擲が必要だ!


艦攻隊は海面の直上の高度30!!時速300キロに減速!!!飛龍隊3機は横一列となり、一斉に九一式航空魚雷を投弾した!!!


放たれた魚雷は海中に没すると、内部の水冷星型エンジンが始動!!二重反転プロペラが高速回転を始め、調定深度まで浮上して時速約80キロメートルで疾走を始める!!


空母直近!!!

艦爆隊は高度500!!時速500キロ!!

「ここだァ!!!」

江草隊長は爆弾を投下!!250キロ爆弾は、爆弾投下誘導アームによって敵空母に向けてぶん投げられる!!!


一瞬機体が軽くなると同時に、操縦桿を力いっぱい引いて機首を引き上げる!!!

「ウオオオオオオオオオ!!!」

あとは必死だ!!気を失わないように全身全霊を込めて頭部の血液低下に抗う!!

敵艦隊に最接近する死の間合いを過ぎると、海面上100メートル付近で水平飛行に移る!!!


「どうだァ!!!」

弩貫唖唖阿吽!!!!

弩貫唖唖阿吽!!!!

座場亞亞亞亞亞亞亞亞ァ!!

座場亞亞亞亞亞亞亞亞ァ!!

座場亞亞亞亞亞亞亞亞ァ!!

2発の爆発音と衝撃を背中に感じる!!!!!

「隊長!!2発命中!!!飛龍隊も続きます!!」

後方の石井飛曹長が叫ぶ!!

弩貫唖唖阿吽!!!!

座場亞亞亞亞亞亞亞亞ァ!!

座場亞亞亞亞亞亞亞亞ァ!!

座場亞亞亞亞亞亞亞亞ァ!!

座場亞亞亞亞亞亞亞亞ァ!!

「江草隊長!!飛龍隊も1発命中!!!敵空母は火達磨です!!」


「何!!?命中弾3発か!!クソッ・・・・あの回避かッ・・・」

「次は艦攻隊だ!見えるか石井?!」


「はい!!第一波は3機が雷撃を終えて、第二波は2機が今投下しました!!敵空母はサラトガです!!!」


「何!5機か!?半数がやられたのか?!」


「はい、おそらく・・・」

空母サラトガは飛行甲板が45度になるほど急速回頭するがっ!!


図呉呉呉呉業業業業吽!!!

轟音とともにサラトガが激しく揺れる!!

「命中!!魚雷一発右舷に命中です!!」

「よし!!他はどうだ!!!」

「他は・・・無しです!!!」

「クソがッ!!」


図呉呉呉呉業業業業吽!!!

命中!!魚雷一発左舷に命中です!!」

「よし!!」

「敵空母!速度落ちました!!大破確実です!!」


江草隊長は愛機の高度を上げ、敵空母サラトガを観察すると、シスターサラは左右両舷に大穴を開け、飛行甲板にも前中後に大穴が空いて甲板はめくれ上がり、炎の化身となっていた。


もはや、ポリネシア海に浮かぶ鉄の舟と化したのだった。


江草少佐はその様相を見届ける。

「ドドメを刺したいが、最早我らも武器が無い。やむを得ん、電信送れ!敵空母1隻大破確実!これより帰投する!!」

「敵空母1隻大破確実!これより帰投了解!!」

「・・・戦いは始まったばかりだ、これでミッドウェー占領に支障は無かろう。しかし半数を失うとは。これほど損耗が激しいとは想定以上だ、搭乗員の育成を急がねばならんな・・・」


双龍は攻撃を終えると、速やかに立ち去った。


西洋の女神シスターサラは、東洋の龍の餌食となり、食い千切られたその姿は瀕死の様相であった。

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