第179話 騎馬突撃

「これは良い馬だぞ!私はこやつに決めた!!ワハハハ!!ういやつよ!!」


第25軍第5師団捜索第5連隊、佐伯挺進隊隊長佐伯静夫中佐は、サラブレッドの黒馬に跨り、ポンポンとたてがみを撫でると上機嫌であった。


「よし!ここにきて100頭もの馬を手に入れることができるとは、我らも運が良いな!おっと!辻中佐は馬には乗れんですか!残念ですなぁ!」


「いえ、私は馬には興味はありませんので。それよりも、山下司令官の命令、よろしく頼みますぞ。」


辻政信中佐は第25軍の作戦主任参謀であり、禿頭に無精髭、丸眼鏡の一風変わった男である。


「了解です!!第一に各部隊の配置完了、第二に戦艦部隊の艦砲射撃による敵陣地攻撃。そして機を見て一斉に総攻撃開始!!ですな!!」


馬上の佐伯隊長は、なぜか先程よりも気迫が増したように感じ、辻中佐は気圧される感覚に圧倒されながら答える。

「そ、そのとおりです。」


「そして、そのなかでも!我々挺進隊は先陣をきり、徹底的に突撃せよとのことですな?!」


「そのとおりです。これは山下司令官の命令であります。」


佐伯隊長は不敵に笑みを浮かべる。

「判っておりますよ。そのための、この馬なのです。我々は元々騎兵。部隊には当然乗馬が得意な者が多いのですよ。ですからね、騎兵銃を構えて突撃することが我等の夢だったのですよ。まさかこの戦場に厩舎があり、そこに我等が陣を構えるなど、このような偶然、いや、これこそ必然というものでしょう。」


「突撃にこの馬を使うのですか?そんな前時代的な・・・・これほどの馬ならば輸送任務に・・・」


辻中佐が言いかけたところで、馬上の佐伯隊長が殺意を放ったことに気付き、辻はそれ以上言うのを止めた。


「辻参謀殿」


「はい。」


「ここの農場の者には、きちんと軍票を支給してやって欲しいのです。」


「わかりました。手配します。」


「そうと決まれば!選抜された騎兵の諸君!時間がないぞ!騎兵中隊を編成後、習熟訓練だ!!」


「判りました!!」「やったぜ!」「!ヤッホウ!!」


それから数時間、佐伯挺進隊は、歩兵一個中隊を騎兵一個中隊に再編成させ、激しい部隊訓練を実施した。


元々が騎兵として訓練を受けていた兵である。たちまちにして部隊行動も可能となり、一〇〇式機関短銃に三十年式銃剣を着剣した姿は、騎馬武者本来の戦闘進化といっても過言ではない威容であった。


その後、佐伯挺進隊は総攻撃に備え、準備万端の状態で待機していると、数キロ離れた第25軍本隊に向けてアメリカ軍の複葉機3機が執拗に攻撃を加えてきたのである。


「あの赤黒の複葉機、とんでもない度胸と練度だ!!」


ガ我亜亜亜亜運!!!


「また一両殺られました!!」

部下達が口々に叫ぶ!!


遠くに見える敵機はひらりヒラリと舞い、的確に小型爆弾を戦車に命中させる!九五式軽戦車は大爆発を起こし、砲塔が上空に吹き飛ぶ!!


「クソ!!本隊がやられっぱなしだ!これでは総攻撃どころてはないぞ!!味方は来ないのか!?」

辻中佐はこの作戦の責任者の一人、思わず声を大にする!


すると部隊内でも視力の高い者が南の空を指しながら叫ぶ!!

「あっ味方です!!南から来ています!!複葉機が3機!!・・・・あれは零式水上観測機!!戦艦部隊の所属機に違いありません!!」


皆がその指し示す方向を見詰めると、遠くからエンジン音が聞こえてくる!


「ということは戦艦部隊も準備が整ったか?援軍は複葉機の零観か、大丈夫か?」

佐伯隊長は一抹の不安を感じ、辻中佐に問いかける。


「はい、零観は、敵艦隊上空の戦闘観測が任務なので、空戦能力が高いと聞いております。しかも搭乗員もベテラン揃い。きっと蹴散らしてくれるでしょう!」


「よし!目には目を!歯には歯を!複葉機には複葉機だ!」


「行けー!!」「やっちまえ!!」

皆が応援する!!


そして日米の複葉機6機は、全員の見守るなか空戦に入る。


暴炎!!!

エンジンが火を吹き零式観測機が墜落する!!


「あっ!!」「やられた・・・」「1機・・・・」「クソッ!!」


馬脚!頑頑頑頑頑頑頑頑頑頑頑頑馬脚馬脚馬脚馬脚馬脚馬脚馬脚馬脚馬脚!!!!!!!!

メチャクチャに撃ちまくられて零式観測機が空中分解する!!

「またやられた・・・」「2機目・・・・」「頑張れ!!」


最後の3機目は素晴らしい戦いを見せた。アメリカの3機を相手に引けを取らない戦い。もう少しで撃墜も可能と思われた。

それが、最後は追い詰めた挙げ句の鮮やかなカウンター攻撃により、一瞬で空の破片となったのだ。


「やられた・・・」「3機とも・・・・」

「我が日本軍は、こんなんで大丈夫かよ。」「あの敵機をなんとかしないと、総攻撃どころじゃないぞ。」


全兵士に動揺が走る。まずい。佐伯中佐もそれを感じ取り、部隊を鼓舞する!


「諸君!!零式水上観測機は、空戦が主任務ではないのだ!それを推して戦ってくれた!このような結果となったが、このあとは零戦が来る!!最新鋭の零戦が来れば、あんな時代遅れの複葉機など物の数ではない!!見ておれ!!」


佐伯隊長が空を指差すと、丁度、測ったように絶妙のタイミングで再び航空機が小さく姿を現す!!


「来たぞ!零戦か?!」


全員が再び空を見詰める。


「零・戦・・・ではないデス・・・。複葉機が1機・・・・マタ零式水上観測機・・・・デス。」


「・・・・・・」


佐伯隊長も、隣の辻参謀も、お互いに目を合わせるが、言葉は交わさずにただ腕を組むのであった。



そして全員が見守るなか、新たにやってきた零式水上観測機は、一対三の戦力差をものともせずに、むしろ戦意高く突撃する!!


「頑張れ!!!」「負けるなよ!!」



その機体は素晴らしい戦いを見せた。アメリカの3機を相手に引けを取らない戦い。

時には追い詰められてもヒラリと躱し、少しずつ手傷を負わせてゆく。


今度こそ、敵機の撃墜も可能と思われたが、皆が気付いた。


先程と同じ光景だ!追い詰めた挙げ句の鮮やかなカウンター攻撃!!

それで先程の味方機は一瞬で空の破片となったのだ。


「あれはマズイんじゃないか!!!」「罠だ!!その旋回は駄目なんだ!!!」


「辻参謀!!無線で連絡出来ないか?!」


「無理です!周波数が解りません!」


「クソ!逃げろォ!!零観ン!!」


4機は縦旋回!!するとアメリカ軍の3機がどういう挙動か解らないが一糸乱れぬ急減速をかける!!


「クソ!前に出たら殺られるぞ!!」

「逃げろ!!」


全員が先程の光景のリプレイを見ているような、そんな絶望的な光景!!

「隊長!!射撃許可を!!」

ほんの僅かでも援護射撃出来たらという隊員の声も挙がる!


「・・・・・」佐伯隊長はじっと見詰める。先程とは、ほんの少し挙動が異なる。


零式水上観測機は前に出ない。前に出ない・・・・で、体当たりぃ!?


頭雅雅雅雅雅雅雅亜!!!!!


「体当たりぃー?!!!」

「体当たりだ!!!」

「体当たりしやがった!!!」


一瞬後!!零式水上観測機は吠える吠える吠える!!!


番番番番番番番番番番番番番番番

番番番番番番番番番番番番番番番

番番番番番番番番番番番番番番番

馬脚馬脚馬脚馬脚!!!

番番番番番番番!!!!

馬琴馬琴馬琴馬琴馬琴馬琴馬琴馬琴!!!


アメリカの3機が、赤黒の彗星の3機が!墜落を始める!!


あまりの鮮やかな攻撃に、皆も言葉が出てこない。


「・・・・見たか!!さっきはスリーランホームランを打たれたが、今度は逆転満塁ホームランでお返しだ!!」


「ウオー!!」「やったぞ!!」「アメリカ野郎ざまあみろ!!」「俺達の勝ちだ!!」


「大日本帝国万歳!!!」「万歳!!!」「万歳!!!」


日本軍の陣地は至るところで大盛りあがりだ!!その喝采と士気は一気に天を衝く勢いとなった!!


「あれ?尾翼が落ちたぞ!!フラフラし出だした!不味いぞ!!」


全員は固唾を飲んで見守る。


「あっ脱出した!!落下傘は・・・開いた!!2つ!!これなら助かるぞ!!」

「でも見ろあの場所は不味い!!敵基地からの距離が近いぞ!!」


確かにその場所はアメリカ陸軍スコフィールド基地から遠くはない距離。


佐伯隊長が望遠鏡で敵陣地を見ると、アメリカ兵が落下傘降下する味方搭乗員に向けて銃口を向けようとしているところであった。


佐伯隊長は決意する!


「皆の者聞けぃ!!!全隊員に告ぐ!!!我々佐伯挺進隊は!これより

突撃に移る!!!あの見事な働きをした搭乗員を見捨てることはできん!!」


辻参謀が驚いて制止する!

「隊長!司令官の許可がありません!自重してくだされ!」


「我が軍の士気は極めて高く、敵軍のそれは低い。今こそ機は熟した!!辻殿!あとは任せ申した!」


佐伯隊長の気迫に辻中佐は口をパクパクとするが言葉を発することが出来ない。


佐伯隊長は馬上において腰の日本刀、刀銘靖光を抜き放ち、高々と掲げる!!刀銘靖光は靖国神社の鍛刀場で作られた真の日本刀。その刀身は光を放ち、雨粒すら両断する!!


「皆の者ォ!!準備は良いなァ!!!」

「応!!!!」

あまりにも急な命令だが、そこは佐伯挺進隊。不意に決死の突撃をする程度は日常茶飯事だ!

「着け剣!!!」

「着け剣ン!!!」


「弾を込め!!」

「弾を込め!!」


「目標はアメリカ陸軍スコフィールド基地の突破である!!此れより我ら!!味方も敵も!!乗り越え踏み越え突進ができなくなるまで突進する!!!」


「突撃ィィ!!!!」

「突撃ィィ!!!!突撃ィィ!突撃ィィ!突撃ィィ!」

佐伯隊長は先頭に立ち、馬腹を蹴って一気に加速を始める!!!

後ろは振り向かない!!!しかし判る!すぐ後方には、騎馬武者共が自分を先頭に弓矢のような鋒矢(ほうし)陣形をとっている!!


「ワハハハハハ!!!ワハハハハハ!!!ワハハハハハ!!!」

佐伯隊長は高らかに笑う!!

「傑作ではないか!!この天下分け目の戦において!戦端を開いたのは我ら騎馬武者の突撃である!!!ワハハハハハ!!!」


「・・・・・歩兵も戦車も全員が行っちまった。佐伯隊長はもうあんな遠くにいる。旗手も歩兵も文字通り必死だな。あいつらおかしいだろ・・・・」


辻中佐は我に返ると身を翻し、司令部まで駆け出すのであった。


その数分後、辻中佐の到着を待つことなく、大日本帝国陸軍第25軍は、佐伯挺進隊に続けとの山下司令官の号令の下、各部隊が次々と突撃を開始したのである。

まるで大地が動き出したような、日本軍の総攻撃の始まりであった。



































































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