第172話 Fight or flee

二人の乗る零式水上観測機は、イオラニ宮殿を後にする。

天候は小雨となり落ち着きを見せていた。


「ノア!もう一度イオラニ宮殿を見たいって、何かあったかい?・・・・・ノア?」

新海は伝声管で問いかける。


「あっ!Thank you!空から見るの初めてだったから、イオラニ宮殿はとても綺麗だったわ!」


「そうか!ノアが突然強く言うからビックリしたよ!なんか怒られたかと思った!ワハハハハ!!」


「そんな訳ないっちゃよ!フフッ!でも有り難うっちゃ!なんて言うのかしら、イオラニ宮殿見たら、Get off one's chest よ!」


「胸のつかえが取れた?気持ちが軽くなったって感じかな?」


「そうそう!それっちゃよ!」


「そうか!やっぱりイオラニ宮殿はハワイの人にとって大切なんだね!さあ、次は真珠湾に向かう!周囲の警戒を頼むぞ!」


「ラジャー!」


二人を乗せた零観は小雨に濡れるホノルルの町並みを見下ろしながら、遠くに見える真珠湾に向けて飛ぶ。


5分もすると、眼下には真珠湾が見下ろせるようになってきた。

「酷いっちゃ・・・・これが日本軍のやったことなの?真珠湾が、黒焦げになってる。」


真珠湾では火災こそ鎮火していたが、軍事施設は多くが破壊され、アメリカが誇った戦艦群は沈没、又は艦橋部分を残して着底した状態を晒しており、その艦から漏れ出した重油で湾内は黒く染まっていた。

アメリカ太平洋艦隊の残存戦力は不在であり、損傷の大きい艦のみが打ち捨てられるように繋留されている状態であった。


「そうだよ。私も攻撃に参加したんだ・・・・。」


「ねぇソラ、パール・ハーバーは、ハワイ語でワイ・モミ(Wai Momi)と呼ぶのよ。意味は同じで、真珠湾よ。でも、私達は本当のワイ・モミを知らないわ。」


「本当の、ワイ・モミ?」


「そう。おばあちゃんがね、言うのよ。ワイ・モミは、山々からの川の水が幾つも連なって流れ込む、それはそれは美しい、神様が作った湾なのよって。でも、私の知っているパール・ハーバーは、フェンスで囲われ、大きな戦艦や飛行機、怖い軍人さんがたくさんいて近付けない、怖い場所なのよ。」


「そうか、昔とは違うんだね。」


「私達のハワイは、そんなところがとても多いっちゃ。だからハワイの神様もきっと寂しいっちゃよ。」


「・・・・ゴメン。それでも無線連絡を頼めるかい?このことを伝えなくてはならない。」


「ええ、了解よ。この現状を伝えれば、攻撃はもう無いわよね?」


「うん、敵が居ない以上、もう攻撃はないはずだ。頼むよ。」


「わかったっちゃ!!」


そして二人は現状を電信で送信しながら、今度は針路を北西の内陸部にとる。


景色はあっという間に町並みから田園に変わるが、少し飛ぶと田園風景にそぐわない、避難所のようにテントが無数に連なる場所に差し掛かる。


「なんだあれは?」


最大の違和感はそれら敷地の周囲を有刺鉄線の鉄条網が囲い、周囲に大勢のアメリカ兵が配置されていることだった。


「ノア!あれは何かな?」


「解らない!見たことないっちゃ!」


新海の零式水上観測機が接近すると、人々がテントから出てきて上を見上げる。

その服装は様々であるが、明らかに皆アジア系、おそらく日系人であることが見て取れた。


するとアメリカ兵が人々に対して怒鳴りながら威嚇射撃を始めたことで、この場所は日系人住民の強制収容所だと想像できた。


「何これ!酷い!みんなハワイに暮らしている人達なのに!アメリカ軍はこんなことをやるなんて!」


「テントにも入りきれない人は雨ざらしになっているぞ!」


「あぁ、みんな風邪を引いてしまうわ。高齢者もいるのに。」


「クソ!助けなければ!これも報告する!次は内陸の基地を偵察する!」


「わかったっちゃ!」


そして無線を打ちながら北進すること数分、アメリカ陸軍スコフィールド基地では、アメリカ陸軍が決戦に備えて構築中の防御陣地が視野に入ってきた。


防御陣地は塹壕が幾重にも掘り進められて増強されており、後方には野砲や戦車が集中的に配備されていた。


「ノア!アメリカ軍は陣地を増強している!兵の数も凄い!!無線送るぞ!」


「はい!」


そのとき新海は遠方に機銃の射撃音を微かに聞いた。

新海がその方向に目を凝らすと、小雨で見えにくいが、零式水上観測機と派手なアメリカの複葉機が激しい空中戦を繰り広げている模様であった。


新海はノアが電鍵を打ち終わるのを確認すると話しかける!


「ノア!見て!front left!ドッグファイトだ!」


「エッ?!・・・・」

新海が指を指している!


「あっ見えたっ!燃えてるっちゃ!」


「味方がやられたんだ!!クソ!!敵は3機!味方はあと1機だ!あれは少し前にすれ違った零観だよ!!大和の零観だ!!」


「そう・・・」


「助けに行くぞ!!」


新海はエンジンを唸らせ最大加速で戦場に急行するが、零観一騎の健闘も叶わず、アメリカ複葉戦闘機の宙返りからの不可思議な空中戦闘機動により、一瞬で背後を取られて撃墜された零観の姿を新海とノアは見た。



「クソ!間に合わなかった!零観が3機ともやられた!敵の3機は何だ?!凄まじい技量だぞ!」


「あの3機は・・・・・」


「ノア!何か知っているのか?!」


「ええ、あれは!あれは!赤黒のシルエット!アメリカ軍が誇る無敵の3機!!Triple starよ!!!ソラ!戦ってはダメ!!!!逃げて!!!」


「えっ!?無敵のTriple star!?」


「そうよ!!Triple starはハワイでは知らない人は居ないわ!!いくつも必殺技を持っているの!!あの技も航空ショーで見たことあるわ!!」


「なんて技なんだあれは?!」


「たしか・・・・タイダルウェイブアタック!!ハワイの高波よ!!対峙してはいけないわ!!私達は偵察任務でしょう?逃げるべきよ!!!」


「・・・・・・・・」



「ソラ?」

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