第150話 山本ターン

その頃、戦艦大和麾下の打撃艦隊は、速度を時速44キロメートルに上げ、西進を続けていた。


アメリカ艦隊の位置は、打撃艦隊の左舷後方に少しずつ遠ざかりつつあった。


「水雷戦隊!煙幕展開しました!」


観測員から報告が上がる!


山本長官以下、双眼鏡でその光景を見届けている。


「いよいよ必殺の酸素魚雷が発射されます。」

宇垣参謀長が双眼鏡を覗きながら話す。


「いかがしますか、我々もそろそろ左回頭し、反航戦で水雷戦隊を援護しましょう。」


黒島参謀が伝声管で確認する。

「射撃指揮所!ここで回頭すると、相互の距離はどうだ?」


「ハッ、敵戦艦群の針路速度を現状としますと、約三万であります!」


山本長官は艦橋内の全員を見て告げる!


「各艦に通達!これより単縦陣左回頭!!本艦に続け!!」


「単縦陣左回頭了解!!」


復唱され、発光信号、手旗信号で命令が直ちに伝達される!


「艦長、取舵一杯だ!」

艦長が意を受けて命ずる!


「取舵!30度!!」


「取舵!!30度!!」


命令は復唱され、操舵手が左に舵を回すと、大和は緩やかにその巨体を左に向け始める。


座座座座座座座座座業業業業業業業

!!!!


大和は、波というより、海を割りながら方向を変える。


「戻ォセェィ!」

「戻ォセェィ!」


大和は回頭を終え、舵を正面に戻す。


双眼鏡を見詰めながら、宇垣参謀長が進言する。


「アメリカ艦隊は左舷前方に見えるようになりました。このまま反航戦

で相互に接近しますと、約10分後には距離は二万となりましょう。」


「そうだな・・・。」


「各艦、後部砲塔のみの指命打方を一斉打方としてよいでしょうか?」


「長官?」


山本長官は静かに命ずる。

「打ち方待て。」


艦長が砲術長に命じる。

「打ち方待てェ!」

「打ち方待てェ!」


「長官?!」

宇垣参謀長が驚きの声をあげる。


山本長官は答えずに、双眼鏡を構えて考えている。

黒島参謀はその姿を見て、二人で将棋を打つとき、深く考え込むときの山本長官の姿を見た。


山本五十六の将棋は、基本的に即断即決が多いのだが、ここぞという時は深く考え込み、そして流れを変える一手を鮮やかに決めるのだ。


宇垣参謀長も山本長官の見ている方向を確認すると、納得したように黒島参謀と目を合わせた。


艦橋内の全員が固唾を飲んで見守る。刻一刻と時間は経過して行く。


「敵艦隊との距離!二万五千!!」


偵察員から報告が上がる!


座ッ射アァ!座座射アァ!座座座ッ射アァ!!!


同時に艦隊の左方向に敵艦隊の水柱が上がる!!

その水柱は上空に高々と水の花を咲かせると、最後に虹となって海に還ってゆく。


山本長官はその双眸を見開き、強い決意を基にその虹を指差した!


「各艦に通達!単縦陣左回頭!!本艦に続け!!」


「単縦陣左回頭了解!!」

命令は直ちに復唱され、発光信号、手旗信号で命令が直ちに伝達される!


宇垣参謀長が確認する。

「長官!回頭中は集中砲火を受けますし、一気に接近戦となりますぞ!」


「わかっておるよ、だがな、気付いているだろう?これは東郷ターンの再現だよ。」


「はい、しかし、これは東郷ターンより深い角度です。当初からだと180度以上のターンですぞ。」


「それにな、カエナ岬だ。このタイミングなら、アメリカ艦隊はカエナ岬に挟まれて逃げ場がなくなる。酸素魚雷と大和の餌食だよ。」


「確かに、このままならカエナ岬が敵艦隊の針路を限定させてくれます。」


「敵の指揮官は酸素魚雷が急速接近中てあることや、この大和の破壊力を知らないでしょうから、自身が追い詰められていることに気付いていないでしょうな。」


「そういうことだ。これはな、振り飛車戦法だよ。」


「振り飛車戦法ですか、飛車を反対に持っていく戦法ですな。悪くはないネーミングですが、ここは単純に、山本ターンと言うべきでしょう。」


「それはちょっと、言い過ぎだろう?」


「もちろん、結果を出してからですぞ!長官!」


「そうだな、しかしそこは安心してくれ、我が艦隊は勝つ。カエナ岬は奴等の墓標になるだろう。」

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