5話

 


 精巧な獅子が彫られた、大の大人を二人縦に並べたほどの背丈もある巨大な観音扉をエルイットが押し開いた。


「お嬢様、どうぞ」


 セレティナは目礼をすると導かれるように、扉の奥の柔らかい絨毯の上に足を踏み入れる。


 中に入るとダンスホールと見紛うほどの広大で絢爛な空間に、一際目立つ豪奢な長机がぽつりと一つ。父バルゲッドと母のメリアが向かい合う様に、そして父の傍に兄のイェーニスが品良く座って待っていた。

 その周りにはいくらかの侍女や執事が空気に溶け込んでいる。


 バルゲッドはセレティナの姿を見とめると、分かりやすく破顔した。


「やあセレティナ、誕生日おめでとう。今日のお前は一段と美しいな。父は誇りに思うぞ」


「ありがとう存じます」


 セレティナはドレスの裾をちょんと摘み、淑女らしい楚々とした態度で礼を述べた。

 その姿にバルゲッドは満足気に頷く。

 誕生日に目一杯子供を粧し込ませる。それは毎年の父の要望だったのだ。


「本当は懇意にしている周辺貴族や王族も招いて盛大に誕生会を開きたいところだったのだがね。セレティナの晴れ姿を多くの人に見てもらいたかったよ。なあメリア?」


「ええ、折角のお誕生日ですものね。でも家族だけの誕生会というのも私は好ましく思うわ」


 にこにこと絶え間なく微笑み合う両親の姿にセレティナの目尻も思わず下がる。


 貴族の息女の誕生日と言えばそれこそパーティを催してやんごとない身分の人間を招聘するものだが、セレティナはそれを毎年強烈に拒んだ。平民あがりの記憶を持つセレティナはどうにもそういった貴族の慣わしが肌に合わない。それに加えて身も知らない他人と歯の浮く様な貴族流の交流をするのがとかく苦手なのだ。


 セレティナはそうして毎年の誕生日には『招聘したはいいものの主賓の自分が万が一当日に体調を崩していては申し訳が立たないから』と、自分の体の脆弱さを盾にそういった催しを避け続けている。


「セレティナもパーティ開けばいいのに。なにせ知らないおっさん達からもうんとプレゼントが貰えるんだぜ誕生日って」


 兄のイェーニスはそう言って子供らしい悪戯な笑みを浮かべた。彼はどうにも毎年の誕生日を満喫しているらしい。セレティナも誕生日プレゼントがもらえる分には羨ましいが、女児向けのプレゼントを貰えたところで嬉しくもなんともない。兄の様に武器の類もプレゼントにあれば嬉しいものだが。


「これイェーニス、あまり品のない事を言うでない……。それとセレティナも早く座りなさい。折角の誕生会なのだ、早く楽しもうではないか」


 父の言葉にセレティナは鷹揚に頷くと、エルイットの引いた椅子に淑やかに座した。

 こういった一連の動作に、メリアが目を光らせているのを忘れてはならない。どんなときも淑女たれ、なのだ。


 セレティナが座した瞬間を見計らった様に奥の扉がから給仕によって料理が運びこまれ、控えていた奏者達のバイオリンとピアノが美しい旋律を奏で始めた。フルコースなのだろう、まずは突き出しアミューズらしい色彩豊かな料理が目の前に置かれた。


 ……やはり自分には煌びやか過ぎる誕生日だ。


 セレティナは恨めしそうに天井で存在感を放つ巨大シャンデリアを睥睨へいげいした。


 しかし慣れとは偉大なものでよく分からない難解な料理を、カトラリーを器用に扱って口に運ぶセレティナの様はまさに高貴なる令嬢そのものだ。


 主賓セレティナの気苦労とは別として、誕生日会は恙無く和やかに進行していく。

 それは平和な家族らしい、微笑ましいものだった。









 さて、フルコースも肉料理アントレに差し掛かった頃、酒も深くなった父は上機嫌で問うた。


「そういえばセレティナ、何か欲しいものは無いか?お前は昔から欲が無い。何か申してみよ。誕生日プレゼントだ、私がなんでも用意してみせよう」







 その時セレティナに電流が走る---。


 ……今だ。

 きっと、このタイミングで言うしかない。


 セレティナの小さな胸に、決意の炎が燃えあがる。


 プレゼントは要らないから騎士の道に進ませてください、と。


 言え、言うんだ私。

 言って楽になれ。

 十年。

 十年両親にひた隠しにきてしまった夢を、語るんだ。


「あ、えっと、その」


「なんだ。言いにくいものなのか?何でも良いぞ、申してみよ」


 ……何でも。

 言質げんちは取れたぞ。

 言え、言ってしまえ。

 母など恐れるな。


「わ、私は---」


 母も父も、にこやかに聞いていた。

 兄は、肉に夢中にかぶりついていた。










「私は、騎士になりたいです」













 瞬間




 セレティナの





 となりの





 母メリアの





 表情が、






 すとんと抜け落ちた。


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