3話

 




 私も随分と可愛らしくなったものだ。





 騎士オルトゥスは姿見に映るセレティナ……自分の姿を見ながら、諦めにも似た色を瞳に宿す。英雄譚サーガに謳われる彼の巨木の様に猛々しく、鋼の様な肉体は見る影も無かった。およそ戦場を駆ける戦士と対極にあたる可憐なこの姿こそが、今のオルトゥスなのだ。


 オルトゥスは先の大戦『エリュゴールの災禍』にて死の間際、転生を願った。再び王にこの国に仕えられるように、と。そこには未練も渇望も無い、純粋にそうなれば嬉しく思う、という程度のささやかで穏やかな願いだった。彼自身、そんな奇跡が起こるとは思うべくもなく。


 しかし何の因果か、その願いは聞き届けられた。


 オルトゥスは彼自身の没年に前世の記憶を受け継いだままこのアルデライト家の子として生を賜ったのだ。


 オルトゥスは奇跡の神ウルドラに赤子の手で感謝の祈りを捧げた。


 また王の為に、この身を捧げる事ができる。

 彼の心には喜びが満ちるのみだった。


 そうして騎士の道を真っ直ぐに歩いていくとばかり、この時のオルトゥスは思っていた。


 しかし、現実はそうはならない。


 オルトゥスの魂が宿るこの肉体は、女性だったのだ。それも、余りにも脆弱な肉体だった。


 激しい運動を行えば持病の喘息の発作を起こし、更に熱を出してしまう。それに一日の内に療母の調合する強烈に苦い薬液を三度飲まなければならない。


 そも、貴族の……それも公爵家の令嬢が騎士を目指すなど夢のまた夢である上にこの肉体だ。オルトゥスが今世で騎士を目指すなど、決して周りは許さないだろう。


 オルトゥスは決して明るくない自分の未来を憂い、陰鬱なものが日々心の底に沈殿していくのを感じずにはいられなかった。公爵家の令嬢として茶会で愛想を振りまき、見初められ、男とまぐわい子を孕むなど想像するだけで怖気おぞけが走る。


 そんな未来は引き裂いてくれるとオルトゥスは今一度、決意を胸に鏡を見据える。

 あのメリアお母様を説得するのは骨が折れるだろうが、娘に甘いお父様に擦り寄り説得すれば騎士の道も開けるかもしれない……。

 鏡に映るセレティナが同調したように頷いた。


 私は、やる。

 私はやるぞ。


 えいえいおー!と胸中でときを上げ、オルトゥスは……いや、セレティナはその小さくて可愛らしい拳をきゅっと握りしめた。



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