第8話
Wボーカル
金野(かねの)みかん
「ももえちゃんマジだったなぁ」私、金野みかんバンドのWボーカルのメンバーの一人で、月野ももえちゃんとは人気のない公園で、デュオってるところ、ドラムの火野ほむらちゃんに二人でスカウトされたので、Wボーカルじゃなきゃ「歌わない」と宣言している。今年のむしの日、映画「ボヘミアンラプソディー」で私はショックでおかしくなったが、持ってかれたのはジェラシーだけで、私はアイデンティティの崩壊はおこさなかったから、まだマシなんだ。Queenのフレディ・マーキュリーにももえちゃんはとりつかれている。薦められて聴いた玄師のラジオと似たような事言ってたなと私も想ったのだから、彼女は尚更想ったんだろう。合同練習が無くなるのは寂しいけど、私、金野みかんは絶体絶体、月野ももえちゃんとWボーカルしたいから、色んな練習をして、パワーアップしなくてはと武者震い。彼女のお目がねに叶う為には、女子力を最大限に活かすしかない。そういうボイストレーニングをしよう。カラオケボックスに入り浸る事にした。お金が勿体ないので、アップした後はのどや腹筋を休めながら、カラオケの点数に自分のボーカル力を託すという我流の練習をしていた。トイレ帰りドアをちゃんと閉めるのを怠った私は、私の歌声に魅了される人、数名という手前ミソな世界を作り出してしまった。割れんばかりの拍手と口笛。みんな女子なんだけども、私の歌いかたを気に入ってくれた様だ。「せんきゅーせんきゅー」とドアを閉めようとしたら、「学園祭で歌っていた金野みかんさんですよね?」と握手を求められた。サインは辞退したが、いい気分はした。ももえちゃんならこんな時、激昂するねと想いながら、うかれとんちきにショックを受ける。私、金野みかんは月野ももえちゃんとのWボーカルしか興味がないから、まだまだ及第点には及ばない筈だ。
はぁと落ち込んでいたら、大人しそうな女子に聴かれた。「どうすれば音痴は克服できますか?」可愛い、けど私は知らないので「ごめん、知らない」と正直に答えた。「私、全生徒が集う朝礼で、音楽の先生にワザと音程を外してるって怒られたんです」と涙ぐみながらその子は言った。私は、ほっとけなかったから、かかりつけ医に教えてもらった豆知識を披露した。「脳が内で聞こえてる声は骨が振動してるから、外にでると変わるのが普通だから、いっぺんボイスレコーダーで自分の声を録音して聴いてみたら」なんで、音楽の先生に怒られたかわかるかもよ?とアドバイス。
真っ赤になる彼女に「一人で全生徒がシカトする中、何度も何度も歌い続けるってソウルが格好いいや」と素直に言えた。
「間違ったことはしてないと想うので」と赤面ちゃんは深く頭をさげて走って逃げた。気になったので追っかけてその手を握りしめ、話しかけた。「私も昔は脳が聞こえてる声と実際に吐かれてる声の違いで悩んだ事(超少し)あるよ」「だけど、バンドのWボーカルが出来るくらい進化したよ」と笑ったら「次の公演は卒業式ですか?」と聴かれた。「解散までとはいかないけれど、今単独行動中で、いつメンバーとの練習に挑めるか決まってないんだ」と暴露してしまった。すると「嫌。絶体に解散なんて嫌」と泣き出された。背中をさすってあげてたら、ひっくと呼吸をしながら、ぽたぽた涙ぐんだ。
彼女の頭に手を乗せてくしゃくしゃとしてみる。「私ももう、月野ももえと歌えなくなるの絶体に嫌」でも彼女玄師の心のダチだから、私と歌えなくなってもソロでも大丈夫なヤツなんだ。「むしろ、私の方がやっぱ、まいってる」でも「君の事を知ったから、私やるよ。バンドのみんなと今期の卒業公演は」と自分では信じられないくらい、真剣な言葉で唇があふれた。
その事を想いながら自宅の浴槽の湯ぶねにつかる私は、気持ち良かったのでナナホシレンの歌を口ずさんだ。浴室なので上手く聞こえるのは当たり前なんだけど、痛めた喉と腹筋をいたわる様に、あたたかな気持ちで「FOR YOU」と口ずさむのを終えた。テンションがあがった私は今日の出来事を月野ももえにはなしてみようと、そう想った。さあ卒業コンサートまであと◎日だ。
了
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