座敷わらしはハウスキーパー

@Da1kichi

第1話 はじめまして

「おかえりなさい!」


カラカラ…パシン。


 会社を辞めて独立したエンジニアのクロエは都心に通勤する必要が無くなったため、高祖父が隠居後に1人で暮らしていた、郊外にある古い家に引っ越してくるつもりで下見に来た。


 父から貰った鍵で玄関を開けてみたら知らない幼女がいたので思わず閉めてしまった。古い家なので玄関はカラカラと音のする引き戸だ。


── なに?どこの子?鍵がかかっていたのに何処から入ったの?あの年頃の子供なんて親戚にいないし。


「………」



── 警察を呼んで保護してもらおう。


カラカラ…


「おかえりなさい!クロエちゃん」

 教えていないのに梅柄の着物を着た幼女に名前を呼ばれた。


「………」

「どうしたの?クロエちゃん」

 幼女が首を傾げる。可愛い美幼女だ。


「…お嬢ちゃん、どこの子?」

「私は座敷わらしだよ!クロエちゃんは光成みつなり君の曾孫でしょう?」


── 確かに光成は高祖父の名前だ。


「……じゃあ警察に保護して貰おうねー、大丈夫、警察がお家の人を探してくれるよー」

「ちょ!クロエちゃん、スマホで110番するのやめて!私は本物だから!ちょっと待ってて証拠があるから」


幼女が素早くクロエのスマホを奪った。


「返しなさい」

「ふええ…怖い顔しないで。話を聞いてくれたら返すから…」

「返しなさい」

 幼女は涙目だが、許さんという気迫で奪い返した。


「それで話というのは?」

「っ…聞いてくれるの?…ひっく」

 170cmのクロエの前でべそべそと泣きじゃくる幼女。どう見てもクロエが悪役だ。


「話くらいは聞いてやる」

 幼女が見上げると背の高いクロエの顔は陰影が濃くて怖い。

「ぴい…」

 幼女は小さな手で目尻に溢れた涙をぬぐった。


「あのね、神棚に光成君のお手紙があるの」

 幼女が指さす方向に神棚があった。


 近寄って手を伸ばして探ってみると封筒のような紙が手に触れた。手に取ってみると確かに手紙だった。

 クロエが幼稚園の頃に亡くなった高祖父の手紙だから20年は経過している。紙は日に焼けて黄ばんでいた。


「これのこと?」

「うん」

「読んでもいいの?」

「次にこの家で暮らす光成君の子孫宛だもん。宛先はクロエちゃんだよ」


封を開けてみたが予想通りだった。


── ちくしょうめ!達筆過ぎて読めないわ!


 封筒の宛名も、ほぼ読めなかったが中身も縦書きの毛筆で読めなかった。



ピッ、カシャ!ピッ、カシャ!


「クロエちゃんは何をしているの?」

 高祖父の手紙を畳の上に広げてスマホで撮影するクロエを不思議そうに見上げる幼女。


「父さんに画像を送って見てもらうよ」

重成しげなり君はガラケーのラクラクフォンじゃん!ガラケーの画面で画像の手紙を解読って無理じゃない!?」

 びっくり顔の幼女だが、びっくりなのはこっちだ。


「どうして父さんの機種を知っているの?」

「私は座敷わらしだからね!千里眼てやつ?」

ドヤ顔の幼女がツルペタな胸を反らす。


「直接持っていくにも片道1時間半だからね。画像で見てもらうよ」

 送信して反応を待つことにして部屋を見渡す。


── きれい過ぎて不自然だな。


 廃墟みたいな状態も覚悟してきたのに、どこも埃っぽくない。誰かがずっと大切に住んできたみたいだ。


「どうぞ、クロエちゃん」

 ちゃぶ台に白い飲み物が置かれていた。


「クロエちゃんが好きな濃いめのカルピスだよ」

 お盆を抱えた幼女がドヤ顔だ。わたしはクロエちゃんの好みを知ってるもん!って表情だ。


「ありがとう…」

 確かにクロエが小さい頃に好きだった味だ。母が作ると薄くて味がしないと不満だったが高祖父が作ってくれるカルピスは濃い味で美味しくて大好きだった。


「…おおじいちゃんの味だ」

 小さなクロエは祖父を“おじいちゃん”、高祖父を“おおじいちゃん”と呼んでいた。

 幼女が満足そうにうなずいた。



プルルルル…

 クロエのスマホが鳴った。発信者は父の重成だ。


「もしもし!」

「お、クロエか。そっちの家はどうだー?」

「きれいだよ。このまま住めそう」

「良かったな!」

「のんき!誰も住んでいなかったのにおかしいと思わないの!?」


「爺さんが、その家は不思議な家だと言っていたからな」

「私は聞いたことないよ!」

「そうだったか?」

 マイペース過ぎる。こうなると、もう熱くなるだけ自分が損だ。


「それでな、お前が送ってきた写真な!」

「なんて書いてあるの?」

「小さくて読めないぞ」

予想通りでガッカリだ。


「大きくても達筆過ぎて読めないんだよ。ところどころ単語は分かるんだけど。1枚目と3枚目の画像に座敷わらしとか書いてあるの読めない?」

「写真は分からないが、座敷わらしが孫のようだって爺さんが話していたのは覚えているな。猫でも飼っていたのかもな!」

「ちょ!それ詳しく!」


「掃除やら何やら一緒にやると楽しいとか言っていたな。年寄りの1人暮らしは不用心だから一緒に暮らそうと誘っても、座敷わらしがいるからこの家を離れる訳にはいかないと言い張ってな、よほど可愛がっていたんだろうな。年寄りから生きがいを奪うことになりかねないから諦めて爺さんの1人暮らしを見守っていたんだよ」


「そう…分かった」

「お前、その家に引っ越すのか?」

「………」


── いろいろ問題はありそうだが家賃のかからない家は魅力だ。


「…うん、そのつもり。近いうちに引っ越すよ。じゃあね」


幼女の顔が期待に輝いた。



── 怪しい…でも、ちびっ子だし。ちから比べになったら簡単に勝てるな。


「クロエちゃん、よからぬことを考えていない?」

「気のせいじゃない?」

「悪寒がしたもん!」

「気のせい気のせい」

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