第48話・三十四夜目の昼〈二人きりの約束〉

向かう先は病室だった。

俺はベッドに座って、煤木は俺の隣に座っている。

何も言わず、彼女はペンも持つ事も無く。

ただ茫然と、二人だけの時間を過ごしていた。


俺は、そんな状況下の中で。

ある一つの事だけが頭の中に巡っていた。

……体、痛ェなぁ。


こうして二人きりになると、彼女は何も言わずに俺の傍に居てくれる。

それはそれで嬉しい事ではあるのだが、しかし、それだけだと俺の体調は悪くなる一方で。


せめて、怪我を見て欲しいからと、俺は彼女に顔を向けると、煤木は俺の目をじっと見ている。

無表情だから、何を考えているのかまるで分からないけど。


「あの、さ」


俺は、煤木に傷を見てもらおうと思った。

声を掛けると、煤木は少し、体をびくりと、させて、俺から視線を外して、顔を俯かせる。

そして、生唾を飲み込んだのか、喉が鳴って、そろりと、彼女の手が、俺の手を掴んできた。


にぎにぎと、俺の手を優しく掴んでくる煤木。

恥ずかしいのか、そっぽを向いて手を握り続けている。


「……ふ」


この状況で、傷を治してくれと言える筈がないだろうが。

行動がまるで小動物だ。奥手の様で、大胆な行動をしてくる。

彼女にとっての求愛行動の様にも思えるその仕草。

俺はこのまま彼女に身を委ねるべきか、自分から向かっていくか、判断に困っていた。

と言うか、何で筆談してこないんだよ煤木。


「………あのさ、煤木。前、お前に言った事、だけどさ」


俺は、煤木に聞く。

俺が二日前に、彼女を守りたいと、煤木の代わりに傷つくと言った言葉。

それを今、再びここで会話を行う。


「それは、承諾した……つまり、守っても、良い……んだよな?」


男らしくないな。

断言する様に言う事くらい出来ないのか。

顔に熱が溜まっていく、煤木は俺の言葉を聞いて、目を瞑った。

そして、首を縦に、小さく振ってくれた。


つまりは、俺は彼女を守る権利を得た、と言う事だろう。


「そう、か……はは、あぁ、良かった」


俺は乾いた笑みを浮かべた。

これで、俺は、もう自分の人生とはなんだったのか、そんな哲学じみた事を考えなくても良い。

そうだ。俺は……煤木仄を、守る為に此処に居るんだ。


だから俺は。煤木の方に顔を向けて、彼女が握る手を強く握り返す。


「じゃあ、守るよ。煤木。お前を、俺が……」


彼女はぴくりと、肩を震わせた。

俺が手を握り返した事に驚いてしまったのだろう。


だが、煤木も、自らの手を強く握り締めていく。

強く、強く。俺から手を離さない様に、硬くに。

そうして、何やら雰囲気がおかしくなってきて。

彼女に顔を近づける。無表情の煤木は、それを受け入れる様に目を瞑って……。


「伏間くん、お話があります」


「あぁああああ睫毛にゴミついてるぞぉ!おいおいッ!ふぅうう!!」


……変なテンションで彼女の睫毛についているごみを取る馬鹿みたいになってしまった。

と言うか、なんか用すか、常坂さん。

病室に入ってくる常坂さんの方に顔を向ける。

そのにこやかな表情は何時も通りだが……何やら、様子がおかしかった。




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