タロットカード

野口マッハ剛(ごう)

タバコ

 タバコはどうも苦手だな。そう町田信二は思って、とあるカフェでホットコーヒーを飲みながら、喫煙席の人たちを眺める。所詮はお金を燃やすようなものさ、それと健康にも悪そうだ、町田はため息をつく。

 さて、町田の向かいのテーブル席では、一人の女性客がタロットカードで占いらしきをしている。タロットはどうもわからないな。その女性客は真剣な表情でタロットカードを動かしている。しばらく町田はその女性客のタロットカードを見つめている。

 喫煙席の方から、一人の男性客が大声でカフェ内をうろつき始める。町田を含めてその場の人々、店員も動きが固まる。どうやら千鳥足なところを見ると、町田はやれやれといった感じでカフェを出ようとイスにかけていた上着に手を回す。

 迷惑な男性客は、先ほどまでタロットカードを触っていた女性客にちょっかいを言い始める。町田は女性店員が間に割って入るのを見る。あとはその男性客が静かにすればよいものを、なんと女性店員を突き飛ばした。これには町田が席を立つ。迷惑な男がその女性客の手首を乱暴に掴んだ。一瞬である。町田が迷惑な男の手を軽く捻った。迷惑男は反抗しそうだったために町田は素早く羽交い締めにした。そうして店員の通報で駆け付けた警察にパトカーの中へと連行された迷惑男。

 ここで普通ならば、カフェに残るところを、町田は冬の表に出る。町田という男は立派な行動を見せた。歩こうと一歩を踏み出したところ、同じくタロットの女性客が急いで冬の表に。町田は振り返った。

「お礼なら要らないですよ」

 町田はそう言った。

「あの、上着を忘れていますよ!」

 これを聞いた町田が笑う。

「これは失礼、ありがとうございます」

 タロットの女性客も笑顔になって、町田に上着を渡す。

「そう言えば、ちょっと寒かったですよ。僕としたことが」

「さっきは助けてくださって、ありがとうございます。私の名前は亜里沙です。あなたの名前は?」

「町田です」

「あの、下の名前は?」

「えっ? 信二です」

「信二さんって、これからどこに?」

「どこって、自宅に帰るのですよ?」

 亜里沙は何かを言いたそうな表情で町田の顔を見つめる。町田はちょっとだけ早く心臓が鼓動を打ち始める。町田は冷静を装って上着を身につける。やれやれ、町田はどうやら恋の勇気はそれほどらしい。けれども、町田はこう続けて言う。

「亜里沙さん、今日はもう遅い。一人で帰れますか?」

 町田の言葉を聞いて、亜里沙はこう答える。

「いいえ。先ほどの事があったので怖いのです」

「エスコートしましょうか? 亜里沙さん?」

「はい! お願いします」

 二人は歩き始める。町田は疑問に思ったことを聞いた。

「亜里沙さん、タロットカードをどうして触っていたのですか?」

 それを聞いて亜里沙は顔を赤くする。

「言わなきゃ、ダメですか?」

 すると亜里沙はタバコを一本取り出して火をつける。

 町田はちょっと驚いた。タバコを吸うのか、しかし、大人の色気とやらを町田は感じる。

「いや、無理にとは言わないです」

 二人は歩き続ける。

 冬は日が落ちるのが早い。

 そして、二人が恋に落ちてしまうのも早かった。

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