五話
主な目的である薬草探しにロイさんだけでなくラフィまで付いてきたのは、レティには意外だった。
ラフィはどうもロイさんが好きではないらしく、後ろの二人は事あるごとに睨み合いをしてた。
あの時、ロイさんが怪我をして森に入ってきた時にラフィを呼ばなかったのは正解だった。もし呼んでいれば嫌悪したラフィがどういう行動に出ていたか検討もつかない。
肩越しに後ろを確認すると、ラフィがまたロイさんを鋭く睨み付けているところだった。ロイさんは何も言わないが、眉間に深く刻まれた皺を見るに余り良い感情ではないように見える。……普段からレティにも似た表情をするから自信が無いが。
けれどレティはそれに対して窘めも仲を取り持つこともしなかった。仲裁の仕方が分からない、というのもあったが、いつかロイさんはこの森から居なくなるから関係ないという無意識によって手を出さなかったのだ。
取り敢えず、冷たい空気が漂う森の中を歩いていく。とっくに石橋は見えない。歩き慣れていなければ迷う程度には奥に進んでいく。
湿気が多くなってきたなと感じる頃、目的の薬草を見つけた。
木の根本に群生するそれを、しゃがんで摘み始めた。一枚一枚丁寧に摘んでいると、いつの間にか横にはロイさんもしゃがんで、ジッとレティの手元を覗き込んでいた。因みにラフィは摘んだ時の臭いが嫌いらしく、少し離れてチョコンと座っている。
「……それが、薬草か?」
「はい。回復薬に必要な薬草です」
「何か、こう……。俺が思っていたのと違うな」
「どう思っていたのですか?」
「見たこと無い植物だと思っていた。だがこれは……形は見たことあるな」
「そうですね。色さえ間違わなければ、その辺りの草と同じですね」
ロイさんも一つ摘み千切り取った。マジマジと目の高さで確認しているが、パッと見ただけでは確実にただのマメ科の草である。
しかし決定的に違う所もある。まず花期が無いこと、多年草らしいが摘む以外に変色や枯れている所を見たことがないこと、そして色が驚くほど黒い色をしているのだ。
何で黒い色しているのかとか、どうして枯れないのかなとか、最初の頃は色々疑問に思っていたが、師匠にこういうものだと言われてからは特に考えないようにしていた。
昔を少しだけ回顧しながらも、手は止めずにいたので作業はあっという間に終わってしまった。
「それだけでいいのか?」
「はい。多すぎても効果は変わらないですし、置いておくと直ぐに枯れてしまいます。枯れたらもう使えなくなるので」
「そうか」
そう言ってロイさんは最初に千切った葉を渡してくれた。手の平にチョコンと載せてくる。
「ロイさんって手、大きいですね」
「…………そうか?」
「そうですよ、ほら」
腕を掴まれた時を思い出して何気なく手の平をかざす。ロイさんがぎこちなく差し出してきた手の平を合わせて比べてみた。
やはりレティと違ってゴツゴツしているなと思ってロイさんを見ると、何故か彼は俯いて苦い表情に変わっていた。
「…………どうし、ました?」
「何でも、ない」
少しだけ声が大きくなって驚く。微かに震えていたことには気付かなかったが、また何かしたのだろうかと不安を抱く。
「また私、何かしました?」
「……またとは何だ?またとは」
手を退けたロイさんはいつも通りだった。だけど、微かに笑っているような?
レティは目を凝らしてよく見ようとするが、向こうからワン、と一声吠えるラフィに、ようやくあの子が近付けないのを思い出した。
「あ、ごめんラフィ。直ぐに送るから」
ロイさんから手を離して薬草を持った手の上に被せる。即座に影の魔法を発動させて手に持っていた草を全て転送させた。先程まで持っていた薬草は、影も形も無くなった。
「何をしたんだ?」
「薬草を全部、家に送ったんです」今頃は流し台の上にあることだろう。
「そんな精密に使えるのか」
「いえ、これだけ近いからできるだけです。離れればやはり精度は落ちますよ」
家から距離が離れていない分、自分の思った場所に物を移動させることができる。いつもそうやって横着しているから多少は自信があるが、森の出入り口付近になると途端に狙った位置に移動できない。森から帰る時はいつも家の中をイメージしているのに、いつも家の外に座標ができてしまうため万能とはいかなかった。
手元に薬草が無くなったことで、ラフィが近寄ってきた。手にはまだ薬草の臭いがするからさっきみたいに頭は撫でてあげられない。ラフィは不満そうに鼻息を大きくした。
「次は薪だよ。急ごうラフィ」
ただ声を掛けてあげれば喜びに尻尾を大きく振っていた。
立ち上がり適当な大きさの木を探し始める。立ち枯れていたり既に倒れていれば優先するが、大抵は細長い木を適当に見つけて切り倒していく。
レティの歩く方向に先導してラフィが駆けて行ってしまった。いつものことなので放っておく。レティが来ていないと分かればまた戻ってくるだろう。
遅れてロイさんが立ち上がって付いてきた。といっても歩幅が違うので直ぐ横に並んできた。
しばらくお互い無言で歩いていたが、ポツリとロイさんが呟いた。
「ラフィには敬語を話さないのだな」
「……へっ?」
思い掛けない言葉に目を丸くする。急いで記憶を辿ると確かにラフィにはいつも通りの、ロイさんには対外的な言葉で話していた。
「そうですね。でも、それが?」
「……いつまでも使っていたら窮屈だろ。俺にも普段通りでいい」
「でもそれは」それは失礼にならないだろうか。
それにラフィと違ってロイさんはいつか森から出ていく人だ。
「別に、窮屈ではないです」
「だが厄介になっている間、ずっと畏まられてもな」
「私は大丈夫ですよ」
「…………俺が、窮屈に感じる」
とうとうロイさんが苦々しげに言ってきた。また顔が険しくなっている。
そう言われてしまうとレティもこれ以上は何も言えない。だけどさっきも思ったがロイさんはいずれ居なくなる人だ。上手く表現できないが、居なくなる人相手に親しげに言葉を変えるのに微かな抵抗があった。
「でも、どうせロイさんは居なくなりますし……」
思わず声に出していた。
予期していなかったとでも言うように、聞き咎めたロイさんは片眉を上げた。
「俺が森から出ても会わなくなる訳ではないだろ」
「……えっ?」
「それに、しばらく厄介になると言っただろ。それとも、やはり出て行った方がいいか?」
ロイさんの言葉に咄嗟に首を横に振る。元々誘ったのはレティの方だ。理由はロイさんが街に滞在すると聞いてお金は大丈夫かなと少し心配しただけだが、それでも最初は躊躇っていたロイさんを誘ったのは他ならぬ自分なのだ。追い出す気など毛頭ない。
「なら、悪いが期限は決まっていないんだ。どれくらい居るか分からないのだから普通にしていろ」
何だか提案ではなくて断定になってしまっているが、声には柔らかさが含まれていた。キツい表情が多いのに偶に声が優しくなるのはズルい、と思う。
ズルいとは思うが、反論する気にはなれなかった。それよりも先程ロイさんが言っていた森を出た後の話が、頭から離れなかった。
森から出るとロイさんはいなくなると勝手に思い込んでいた。けれどロイさんの中では森にいなくてもレティに会う気でいるのだ。
それがレティにとっては予想外で意表をつかれていた。
胸の辺りがポワポワと温かいのを感じるが、レティにはそれがどういう言葉で表すのか分からない。
でももう少しこの温かいのが続けばいいのにと思った。
「……分かったか?」
レティが中々返事をしないから焦れたのだろう。ロイさんが催促してくる。
「はい、わか…………うん、分かった」
「よし」
そう言ってロイさんはポンポンと、レティの頭を軽く叩いた。
初めてのことにレティは驚愕に叩かれた頭を両手で抑えてロイさんを見上げた。
ロイさんは一体どんな顔をしているのかと覗こうとしたのだが、何故かロイさんは先に歩いていしまい表情を見ることは出来なかった。
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