四話

段々疲れてきたとロイドは感じた。

体力にはそれなりに自信はある。連日任務に駆り出されることはしょっちゅうだったし、キツい任務から直ぐさま魔の森に入り群がる魔物を撃退し続けたことからもかなりの持久力を持っている。

それが疲れたと感じたのは多分、今までに無い経験が立て続けに起こったせいだと考えていた。

住民達の反応。好意的な態度。ついでに隣を歩くマース。

マースは未だに見たことないほど羨望の眼差しをロイドに向けていた。確か一つ年上と言っていたが全く信じられない。この綺麗な瞳は十代と言われても信じてしまいそうだ。

表には出さないが内心でグッタリしていると例の青い看板が見えた。

やっと次の目的が達成できる。ここまで随分時間が掛かったように思うが、実際はまだ昼前。まだそれほど経っていない。

レティにローブを買ってやろうと考えたのは思い付きだ。だけど彼女に何かをあげるのだと考えると何故か気分が高揚した。マースがいるせいでレティと一緒に市場を歩いた時以来の浮ついた気分を表面に出さないようにするには苦心したが。

青い看板の店の扉を潜る。昼前で市場も順次店仕舞いしているせいだろうか、外の人通りは減ってきていたが、逆に室内はそこそこ混んでいて賑やかだった。

六割以上が女性客だった。残りの男性客は付き添いか、それとも純粋な客か。よく見渡せば一画には狭いながらも男性用の衣類が置かれている。

店員の一人、若い女性が迎えようとしたが途中で足が止まった。

無理もない、と思う。変異種と警備兵という場違いな客が現れれば誰だって躊躇するだろう。

だけどその女性もプロだった。


「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」


刹那で戻った女性店員は愛想よく笑って訊いてきた。他の女性客もロイドとマースを見て一瞬だけ怪訝な顔を見せたが、直ぐに微笑に変わって自分達の買い物に専念しだした。


……この街に来てつくづく思ったが、変異種相手に住人達のメンタルが少し強すぎじゃないだろうか。


これだけ豪胆だったら悪人の一人や二人は集団で倒せそうだ。それともアラゴンを始めかなりの悪行に耐えてきたからこのメンタルなのだろうか。

若干現実逃避しているなと自覚しながらも、ロイドはついついそんなことを考えてしまった。もしかして本当に、かなり疲れているのかもしれない。主に精神的に。

思考があらぬ方に逃げている間も女性はニコニコ顔で待っていた。

我に返ったロイドはローブを注文しようと口を開く。が、女性の服など今の今まで買ったことなどない。どう言えばいいのか分からず中途半端な状態で固まってしまう。

そこに、ロイドよりも先にマースが女性店員に話しかけた。


「えっと、女性のローブを探しています。主に日除け用で」

「はい、御座いますよ。ですが、身長や体型によっては正確に寸法した方がお勧めですが、サイズは分かりますか?」

「はい。身長は大体百五十五以上百六十未満ですね。体型はかなり細身だからサイズは少し小さくても大丈夫かもしれません。十代後半の女性が使用します。本人は落ち着いた色をよく着用していますが明るいい「ちょっと待て」」


ガシッと、ロイドはマースの肩を思いっ切り掴んだ。掴んだ手からギリギリと音が鳴っている。


「ちょっ、ロイドさん痛い痛い!指!指が食い込んでるっ!」

「……何でお前が、あいつのサイズをそこまで知っている?」


場合によってはーー、が続きそうな迫力がそこにあった。

マースは慌てた。命の危険さえ感じた。ロイドのあの鋭い瞳は本気だ。絶対に。


「待って待って待ってっ!」マースは必死に弁明する。


「僕には妹がいるんだよ。歳も背格好も同じくらいの。だから、凡そのサイズは検討がつくんですだから痛い痛い力抜いてっ!」


とうとうマースが悲鳴を上げ始めた。女性店員も怖じ気付いて後ろに下がり始めている。他の客も何事かと様子を窺っていた。

流石に目立ちすぎるのは悪い。ゆっくりと肩から手を離すが、目は射殺せそうなほどマースを睨んでいる。

解放されたマースは涙目になりながら掴まれた肩を擦っていた。恨みがましそうにロイドを見るが、逆に鋭い視線が返ってきたので即座に目線を切った。

マースとロイドの応酬をポカンと見ていた女性店員だったが、正気に戻ると元の笑顔になってロイドに向かって畏まりました、と返答した。……マースに振らなかったのは賢明である。


「何枚か持って来ますのでしばらくお待ち下さい」そう言いながらそそくさとローブが陳列されているだろう棚に向かって去っていった。


待っている間、ロイドもマースも無言だった。ロイドが何も言わないのはいつも通りだが、マースはこれ以上藪をつつく気にはなれなかった。

程なくして女性店員が戻ってきた。両手には五、六着ほどのローブを抱えている。

マースが言った注文を律儀に持ってきたのだろう。数着ほどは落ち着いた色合いだったが、残りの数着はかなり派手目な色だった。

黒に紺色が基本のローブの横に赤や黄色など夜でも分かるのではと言いたくなるようなローブが並べられていく。


「伺ったサイズは今はこれぐらいしかありません。意匠が入っている物は多少お高めですがそこまで金額は変わりませんよ」


ロイドは女性店員の説明を聞くともなしに聞いていたが、一着のローブが目に入りそのまま釘付けとなった。

それは濃い青色をしたローブ。今朝見た湖のような深い深い青。

フードは何もついていないが、袖と裾には細く淡いクリーム色の刺繍が施されていた。所々に小さな花模様もあり、ロイドに種類は分からないが純粋に可愛いと思った。

食い入るように見つめていたのを察したのだろう。女性が柔和に微笑んで如何でしょうかと促してくる。


「……これにする。包んでくれるか」


レティが着ていた黒いローブとは全然違うが、気に入らなければまた黒いローブを買い足せばいいだけだ。それに少しだけ見てみたくもある。湖と一緒に佇む同じ色のローブを着込んだ彼女を。


「畏まりました……ところでお客様。お客様も同じ色合いのマントが御座いますが如何でしょうか?」

「……は?」

「お客様のマントのフードが破れております。それに他にも繕われた形跡がありますので、これを機に買い替えてはどうでしょうか?」


言われて初めて気付いた。フードを少し弄るとなるほど、確かに裂けている。

多分アラゴンという男のナイフが裂いた時だろう。避けたと思ったのにまだまだ未熟だと心の内で苦笑した。


「そうだな、それも頼む。あとそうだな……。二、三着シャツと上着、ズボンなど日常生活に必要な服も見繕ってくれないか。落ち着いた色なら何でも良い」


ロイドの発言にてっきり断られると思っていたらしい女性店員は目を瞬いていた。

だが、それも一瞬でまた愛想のいい笑顔に戻った。


「畏まりました。少々お待ち下さい」


そう言ってローブを片付けてから今度は男性用の陳列棚に向かっていった。途中何人か別の店員も呼び寄せて、数人がかりで色々な服を取り出している。急に注文数が増えたから手分けして用意しているらしい。

やがてローブにマント、そして数着の日常着が用意された。ローブは一着だけ紙袋に入れられ、服などは別の紙袋に入れてもらった。

支払いを終えた後、マントだけはこの場で着替えることにする。


「悪いが、このマントは処分してもらえるか?」

「はい、大丈夫ですよ。そちらの服も着替えますか?かなり繕われた跡がありますが」


言われて思い出した。マントの下に着ていた服は縫い直した跡が目立っていた。レティが直してくれたのだが、慣れていないのか不格好になってしまった線だ。

しばらく考えたが、首を振って拒否した。


「これはいい。マントだけ頼む」街や人前で着るには恥ずかしいかもしれないが、部屋着にすれば問題ないはずだ。


「分かりました。……お買い上げありがとうございました。次もまた宜しくお願い致します」


そう言って女性店員は頭を下げた。いつの間にか女性店員を手伝っていた他の店員も集まって同じように頭を下げる。

ロイドは紙袋を籠に入れて退出しようと扉に向かおうとする。

と、今までこれ以上痛い目にあいたくないと距離を取っていたマースがロイドのマントを見て、更に紙袋から裾がはみ出ているローブをヒョイと覗き込んだ。


「綺麗な色のローブを買ったんだ。良いね、まるでロイドさんの瞳の色みたいだ」


ビシッと、ロイドが固まった。ついでに店員と店内の空気も凍った。

一人気付かないマースが重ねて地雷を踏んでいく。


「それにこのローブの刺繍、ロイドさんの髪の色みたいだ。ホント、綺麗ですよねロイドさんの髪って。外にいると太陽に当たって金の色味が強いのにいざ部屋にいると透かした雪みたいに白く見え……て、…………え?」


ロイドの周囲から静かな怒気が漂っていることにようやく気付いた。周りを見渡せば、マースの近くには誰もいない。店員も、空気を読んだ客も、全員がロイドとマースから距離を空けていた。

一人取り残されたマースは顔を青ざめさせる。何が悪かったのか分からないが踏み抜いたのだけは完全に理解した。


「…………マース」

「は、はいなんでしょう?」


マースは生唾を飲んで続きを待つ。だが、名前を呼ばれただけでそれ以上は何も起こらなかった。

短い沈黙のあと、ロイドが溜息と同時に店員に向かって口を開いた。


「一つ聞くが、この店で返品などは?」

「……申し訳ありませんお客様。当店では返品、返金はご遠慮させて頂いております。ご理解ご協力をお願い致します」

「……そうか。すまないな、世話になった」


そう言ってロイドは扉に手を掛け店内から出ていってしまった。

その時、外風に吹かれて髪の間から耳が覗いたが、それが仄かに赤く染まっていたことにマースも店員も見なかったことにした。

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