二話


そうして交渉は始まった。

バノン隊長と事務員がロイドの対面のソファに座り、その後ろにマースが立って控えていた。


「改めて自己紹介を。私が警備兵第一隊長を務めているナサニエル・バノンだ。改めて貴殿の名を伺っても?」

「……ロイドだ。姓は無い」

「ほう。ロイド殿は騎士と見受けられるが違うのか?」

「……何故、そう思った?」

「ふむ。まず立ち居振る舞いに隙が無い。更に私の知っている範囲内でだが魔法使いは基本、国に所属している。もっと言えば腰の剣だ。使い込まれているが意匠はかなりのもの。総合して貴殿を騎士なのではと考えたまでだ」


ーーこのオッサン、かなり観察眼がある。


更にもう一つ加えれば、バノンは口に出さなかったがロイドが変異種だからだろう。変異種は高い魔力を持っているが故に国に保護され、利用される。それらを鑑みた上で剣を持っていれば騎士と判断されてもおかしくない。

だが正直に答える気にもならず、ロイドは話題を変えた。


「そういうあんたは貴族みたいだな?」

「左様。一応貴族の末席に加えられている。爵位は子爵だ。だが、私には余り関係のないことでな。跡継ぎではないのでこうして自由に警備兵をさせてもらっている」


ロイドの知る限り帝国とセン・リオーネ王国は貴族や富裕層、一部の商人だけが苗字を持つ。また、騎士を叙勲された者は一代限りだが姓を持つことを許されていた。

古い慣習だ。南の共和国は知らないが、西の連合国は全員姓を持っていたはずである。


「そうか。なら回復薬を隊長の懐で、というのは難しいのだな」

「そうだな。私も今は一介の警備兵。隊長職とは言え一般とはそう変わらない。すまないが、貴殿の提示した金額は中々に難しい」

「それは聞いている。その上で聞きたいが、どれほどなら支払える?」

「あ、はい。それは私からご説明させて頂きます」


それまでずっと黙っていた事務員が初めて口を開いた。

ペコリと頭を下げ、眼鏡を持ち上げながら説明を始めてくれた。

要略すると、三銀貨は難しいが一本一銀貨なら支払えるということ。支払いは警備兵の予算から。最初は飲んだ警備兵から徴収する話もあったが、情けないことに散財して次の給料まで厳しいと泣きついてくる者が出てきたので不承不承予算から割くことになったそうだ。

散財、という辺りでバノンの額に薄っすら青筋が立ったのが見えたが、事務員はなるべく見ないようにし、ロイドも内心で呆れたが黙って流した。

一本につき銀貨一枚。合計で十七銀貨。実に先程の店と比較して桁が丸々一つ違う。

悪い話ではないし、もう飲んでしまった後だ。レティの顔を思い出して本当に良かっただろうかと多少不安に思ったが、最初に比べたら破格の値段なのでロイドは承諾した。

難色を示される、と思ったのだろう。あっさりとしたロイドの態度に事務員は少しだけ毒気を抜かれた顔をしていたが、直ぐに申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありません。本当でしたらもっと高い金額を提示できればよかったのですが、何分ここ最近は予算も下がってきていまして」

「構わない。それでも無理してまで銀貨一枚分まで上げてくれたのだろ?感謝する」

「っ!とんでもございません!不甲斐なく申し訳なく思います」

「……ところで、これからどうするつもりだ?」


突然バノンが口を挟んできた。

何を指しているのか今一つ分からないロイドは、眉根を寄せて隊長を見る。


「どうする、とは?」

「回復薬の卸し先だ。聞けば普段売っていた店を蹴ったそうだな。これから先、何処にその回復薬を売るのか聞いている」


言われてハッとロイドは目を見開いた。

そうだ。今回は偶々回復薬を欲している者がいたから運良く売れただけ。だがそれ以降は?

レティの知らない間に勝手に決めてしまった。あっちの方が高いから店を変えた、ならまだ良かったが今のままでは勝手に止めました、になっている。

この先どうやって回復薬を売っていくか。彼女の収入源を奪ってしまったことにロイドは後悔と罪悪感から、頭を抱えて呻きそうになった。人がいるから出来なかったが。

押し黙ったロイドを見てバノンは微苦笑を漏らし、ピッと指を一本立てた。


「ならしばらくの間は警備兵に卸さないか?定期か不定期かは貴殿に任せるが」

「は?」

「無論、定期的になるとさっきも言った通り予算上今の金額を払うことは難しいが、不定期であれば何とか支払えるだろう。どうだ?」


目を事務員に向ける。彼は慌てたように首肯した。


「え、えぇそうですね。確か一日に二本作ることが可能でしたよね?だとすると十日で二十本ですか。確かに十日間隔だとなると予算が空になるので出来かねますが。不定期に、と言いますか二ヶ月置きでしたらギリギリ何とかなると思います」

「……だ、そうだが如何する?」


バノンが促してくる。

確かに悪くない条件だ。二ヶ月で二十銀貨は心許ない。が、最初の店だとせっせと十日置きに売ったとしても二月で銀貨十二枚。八銀貨の差はかなり大きい。

了承したいが、決定するのはロイドではない。レティだ。

だからロイドは咄嗟に答えられず、何度か口籠ったあとゆっくりと口を開いた。


「……折角の申し出だが、少し検討させてくれないか?」

「勿論だ。これほどの効果の回復薬。よく考えてから返答するのが一番だ」


ニッとバノンがまた笑った。だけどその笑みはさっきとは違う、何処か悪戯めいた笑顔だった。






取り敢えず交渉が終わり銀貨十七枚を貰って屯所を後にした。

先を見れば市場ではチラホラと店を畳んでいる所があった。そろそろ市場も終わる頃なのだろう。

もうこれほどの時間が経ったのだとロイドは心中で慌てた。早くレティの元に戻ろうと足早に歩を進める。が、後ろからマースが付いて来たので足を止めた。


「え、どうしたのですか?」

「どうしたって……お前、仕事はどうした?」

「あ、私の仕事は元々街の巡回なんですよ。お気になさらず」

「ならどうして付いてくる?」

「偶然行く方向が一緒なだけです。偶然ですよぐ・う・ぜ・ん」

「……そうか。なら先に行け、道を譲ってやるから」

「はい。ありがとうございます。因みに彼女がいる店は覚えておられますか?何でしたらご案内しますよ」

「いらん」

「そろそろお昼の時間ですね。あそこは確か食堂でしたね。ついでに食べていこうかな」

「……付いてくる気満々だな。バノン隊長に言うぞ」

「それは勘弁して下さい。マジで」

「なら職務を全うしろ」


冷たく言い放って歩みを再開するが、横にはピッタリとマースが並んでいる。何がしたいんだコイツは。


「ところでロイドさん、騎士だったんですね。剣技も得意なんですか?もし良かったら今度教えて欲しいのですが」

「誰がいつ騎士なんて言った?」

「隊長が言ってたじゃないですか。隊長あれで観察眼と勘はかなりのものなんですよ。それによく見ればロイドさんもかなり鍛えているみたいですし。あの時も体捌きはかなりのものでした。宜しければ私にも是非」


何が是非、だ。段々頭が痛くなってきた。

もう喋るのは止めて黙って歩くことにした。だけどマースは気にすることなくペラペラと喋りながら付いてきた。

見ようにもよっては仲良く並んで楽しく散策しているようだった。

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