第54章 山田市之允の『相談』

 ここは、新政府軍が占領した木古内にある本陣。白熊はぐまを被った小柄の指揮官と、背の高い軽装の軍服を着た人物が向かい合って座っていた。長州の山田市之允やまだいちのじょうと、薩摩の中村半次郎である。もう、夜中であり、他には誰もいなかった。

「まったく、人使いん荒か軍でござっな。おいは、こげん夜更けに、政府軍総司令官に呼び出さるっ覚えはなかとだが」

中村が言った。山田は苦笑いして、

「ご無礼の段、平にご容赦願いたい。中村どのに、是非とも相談したいことがあったんじゃ。他の者に聞かれると大事になるけぇ、こねーな夜中になってしもうた」

山田も気が緩むと、故郷の言葉が出るようだ。

「大西郷は、いつ来る」

山田が尋ねると、中村は、

「さあな、いつまでん、埒が明かんで、来月始めには薩摩を立つとうかごっちょったごたっ。最も、気が変わりやしお方ゆえ、もう船に乗り込んでおらるっかもしれん」

と、曖昧な返事をした。山田はふふん、と含み笑いをすると、

「では、我々も、最後の大勝負に出ないといけんようなったわけじゃのぉ。西郷どのにええとこ取りをさせるわけにゃあいかん」

と言った。この時、山田は箱館総攻撃の構想を練っていたのだろう。中村は、

(なんだ、こんな夜中に何事かと思ったら、西郷先生せんせっことを気にしちょったんか)

と思った。


 「時に」

と、山田は話題を切り替えると、

「中村どのは、会津攻略のおり、最後まで城に残った捕虜の世話もしちょられたやら?」

と中村に聞いた。中村は、

「ああ、そん通りだが、そいがないか?」

と聞き返した。

「籠城した捕虜のうち、女と、16才にならん男は解き放したちゅうが、まことか?」

「そん通りだ。城に避難しただけん女子供を罪に問う必要はなかと判断した。こんた、総督府も承知んこっだが」

何を今さら……と、中村は少しむっとした表情をした。


 山田は、それには構わず、

「その女子供の犯した罪については、一切調べるこたぁなかったということじゃのぉ?」

と聞くと、中村が大きな声を出した。

「あんたは、いったい、ないが言おごたっとだ!?はっきりと申したやどうだ?そげん、奥歯にものが挟まったような言い方は好かん!」

すると、山田は頭を下げた。

「こりゃ、機嫌を損ねてしもうたのなら謝る。中村どのはかの松平容保かたもりと親しかったという話を聞いちょったものでな、逆賊に手心を加えたのじゃないかと、ついな。許せ」

山田は素直に謝った。


 中村は、ふんっ、と短く息を吐いてそれに答えた。

「そんた邪推や。会津は、家老がすべてん責任を負い腹を切っちょっ。容保親子も、生涯謹慎や。おいが泣いたと伝わっちょるんな、かつてん島津義弘公んこっを思い出して、ち、そん姿が容保と重なってしもたでだ。容保は藩主として最後まで家臣と共にあった。戦の最中に兵士たちを放り出して逃げ帰ったどこぞん将軍とは違うてな。容保は逆賊だが、立派な武士や……!」

山田は、中村の言葉に頷いた。

「わかった。噂たぁ本当に当てにならんものじゃのぉ。実はな、話は容保のことじゃない。捕虜のなかに、医者として籠城しちょった少年で、『玉置良蔵』ちゅう者がおったと思うんじゃが。その者が謹慎処分になった形跡がないけぇ、解き放しになったのじゃろうと思うが、覚えちょられるか?」


 「『玉置良蔵』?」

その名が出た時の中村は、平静を装うのがやっとだった。なぜ、この男が、りょうを知っているのだろう?いくら土方の小姓で、御陵衛士が追っていたとしても、長州にまで名を知られるほどのことはしていないはずだ……と頭の中で思いを巡らせた。

「知っちょるか?」

山田は探るような目で中村を見た。中村は、なるべく目を合わせないようにして、

「……いや、知らん。半年以上も前んこっで、だいを解き放したか、せんかなんぞ、覚えとらん……せつを、ないごて、あんたが探しちょっど?長州とないか関係があっとな?」

と関心の薄い振りを装いながら、山田の言葉を待った。山田は、

「いや、わしじゃない。土佐じゃ。その玉置良蔵が、会津で土佐の侍を切り殺しちょるのだそうだ」

と言ったあと、中村の顔を見て、

「中村どの、その顔、言葉とは裏腹に、すいぶん興味があるとみえる」

と笑った。中村はドキッとして、

(こん男、人ん心を読んことに相当、長けちょっごたる)

と山田を警戒の眼差しで見つめた。


 中村は会津でりょうに出会ったとき、りょうの刀に血曇りがあったのを覚えていた。山田は話を続けた。

「……その玉置が新選組の土方の小姓じゃということがわかって、土佐の谷干城たにたてきがそいつを捉えて土佐に引き渡せと言うちょってな」

「谷干城……あん、近藤ん処刑を強引に認めさせた男か?あやつはまだ、新選組に恨みを抱いちょるんか?しつけ男じゃな!本来なら、子供に斬られたなんて、恥ずかしゅうて隠すもんじゃろう?」

中村は、土佐の谷干城とは、どうしても馬が合わない。薩摩が、近藤に武士としての最期を遂げさせようとしたのに、谷は厳罰の意向を改めなかった。何年か後の政局においても、対立する立場になるふたりであった。山田は、中村の言葉に苦笑いしながら、

「じゃろう?わしも、話を半分に聴いちょったんじゃ。大の男がふたりも、15やそこらの子供に斬られるなんて話、信じられるか?」

「ふたりも?」

中村は聞き返した。会津の西郷家で、土佐兵たちが、『斥候が子供みたいな男に斬られたようだ』と言っていたのを思い出した。りょうの剣の腕が立つのはわかっていたが、それでも男ふたりを斬ることができるとは思えなかったからだ。

「わしにその話を持ってきた板垣どのの使いは、その子供のことを『剣豪』て言いよったぞ。一突きで斬られたように見えたが、男たちの喉元にゃあ三ヶ所、突いた跡があったんじゃと」

山田の言葉に、中村は、

(そんた、沖田総司ん得意技、『三段突き』だ。あん無鉄砲、そげん秘技を受け継いじょったんか?)

と、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 「わっぜ信じられんな。ないごてそげん者を、谷はけしんかぎぃ追うちょっど?」

気を取り直そうと中村は聞いた。すると山田は急に小声になった。

「斬られたひとりが谷の親しい仲間じゃったちゅうことじゃが、そりゃどうも表向きで、その実は、坂本龍馬の一件が絡んじょるらしい」

それを聞いた中村の顔色が変わった。それは、中村にも忘れられぬ、『近江屋での事件』のことだった。


 中村は、坂本龍馬が寺田屋で負傷したあと、西郷の命で警護についていた。しかし、それは表向きで、実は坂本の動向を西郷に報告するためであった。だが、中村は坂本と接するうちに、坂本の理想や生き方に共感するようになった。同じ倒幕の志を持った者として、尊敬すらしていた。ただ、彼が建白した大政奉還だけは理解できず、それ以降は坂本と疎遠になっていた。


 坂本が暗殺されたその日も、中村は他の仕事のため坂本とは離れていた。薩摩藩邸に戻った後で事件を知ったのだった。中村にその話を伝えたのは西郷隆盛で、土佐藩では新選組の仕業だと決めつけていた。御陵衛士が、現場に残っていた刀の鞘を、新選組隊士の物だと証言したからだ。


 だが中村はその証言には納得いかなかった。刺客の任を負うほどの侍が、刀を抜身のままで逃げるはずはない。そんなことをすれば、自分が殺ったと吹聴しているようなものだ。それに、その日二条城に近藤と土方がいたことは、勝海舟が認めていた。坂本と中岡を殺るのに、連絡の取りづらい場所に親玉がいることは考えられないと中村は思ったが、土佐の侍たちと一緒に下手人の捜索に奔走したのだった。


 近藤勇を取り調べても、坂本殺害の証拠は出てこなかった。だが、土佐は、というより谷は、自説を曲げなかった。結果として近藤は処刑された。

「何を知りたかったのか知らんが、元新選組じゃちゅう人物にゃあ、殊更えらい取り調べをおこなっちょった」

と山田は言った。

「あたは、坂本どんをったとがだいだか、知っちょっとか?」

中村が聞くと、山田は中村をじっと見つめた。

「中村どの、そこから先は口にゃあできん。直接手を下した者と、それをお膳立てした者の間にゃあ、繋がりは見つからんじゃろうけぇな。ただ、我らはお互い、同じ人物を思い浮かべちょると思う」

山田の言葉に、中村はごくりと生唾を飲み込んだ。『大政奉還』と、坂本に対して憤っていた人物たちを実際に見ていたからだ。


 暫くの沈黙の後、山田が口を開いた。

「谷は、玉置良蔵を下手人の仲間として処罰しようとしちょるようじゃ」

「なんじゃって!?」

中村が驚いて大きな声を出したので、山田に口を押さえられた。

「しいっ。中村どの、声が大きい、皆が起きてしまうで……あの日の昼間、坂本どのと、新選組の若い小姓が会うちょるのを中岡どのが見よった。それが玉置じゃった。新選組は、玉置を使つこうて、坂本どのを確認させたんじゃちゅうんじゃ」

山田は更に続けた。

「坂本どのは、医者のところに忘れた薬を届けてくれただけじゃと言うたんじゃげなが」

中村は思わず、

「そいが正しかに決まっちょっ。あんわろにそげん芝居など、でくっわけがなか!」

と言ってしまった。驚いたのは山田であった。

「中村どの、あんた、やはり玉置を知っちょったのか?」

中村は、ハッとして顔を背けた。

「い、いや、おいは……衛士や。衛士んだいかに聞いたど。玉置ちゅう、土方の小姓んこっを……」

慌てて言い訳する中村を見て、山田はニヤリとした。

「まあ、ええ。それなら話が早い。中村どの、その玉置を、消してもらえんじゃろうか?」

中村の顔から血の気が引いた。

「……殺せちゆとな!?」

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