第49章 『新選組隊士』市村鉄之助の任務

 それは、歳三や鉄之助が五稜郭に戻った翌日のことだった。鉄之助とりょうは歳三に、五稜郭に来るように呼ばれた。りょうが五稜郭に行ったとき、歳三の部屋では、歳三と鉄之助が話している最中だった。何の話をしているのかわからなかったが、時々、鉄之助が大きな声を出しているようだった。りょうは、入ってはいけない気がして、じっと外で待っていた。


 四半時ほどたっただろうか?扉が開いて、歳三が、

「良蔵、そこにいるなら、入れ」

と言った。りょうは、

「失礼します……鉄!?どうしたんだ!?」

と驚いた。鉄之助は子供のように泣きじゃくったあとのような顔をしていたのだ。鉄之助の手には、歳三が渡したのか、何かの包みと、刀が二振り、握られていた。歳三が言った。

「今、、市村鉄之助に、重要な任務を与えた。この戦況を報告するため、日野宿の佐藤彦五郎どののところに赴くという任務だ。しかし、日野は遠く、鉄之助は一度きりしか訪れていない。そこで、玉置良蔵、市村鉄之助の警護と、日野への道案内を申し付ける。今夜、イギリス領事の計らいで、船が出る。その船に乗り、蝦夷を出るように。尚、田村銀之助も同道することとする。以上だ」

まるで、書き付けでも読んでいるような、感情の欠片もない歳三の言葉に、りょうは最初、何を言われたのかわからなかった。

「えっ?な、何を言っているんですか、先生……?日野……?」


 りょうは頭の中が真っ白であった。宮古の戦いのあと、従軍医師として加わることを認めてくれたはずの歳三だった。二股口の戦では、他からの負傷者を診るためだからといって、従軍は許されなかったが、病院で凌雲先生を手伝えと言った歳三だった。りょうは、歳三が自分を認めてくれて、旧幕府軍ここにおいてくれていると思っていた。

その歳三が、今、蝦夷を出ろと命令している。

「準備をしてきます」

鉄之助が下を向いたまま出ていった。りょうは横目で鉄之助を見送り、歳三を見つめた。


 「僕は出ません。鉄の警護なら、僕より腕の立つ隊士の方はたくさんいます。その方に命じてください」

りょうが断ると、歳三は言った。

「大の男が警護についていたら、人目につきやすい。子供同士のほうがごまかしやすい。鉄は大事な任務を負っている。任務の明かしとして、隊士への昇格も認めた。今まで、散々、鉄に守ってきてもらったおめぇが、今度は鉄を守るんだ」

そして、続けた。

「鉄に渡した文に、おめぇたち三人のことを頼むと書いておいた。あとは、義兄貴と、良庵先生が協力して、なんとかしてくれるだろう」

(りょう、俺はこの前までと真逆のことをおめぇに言っている。おめぇが納得しないのを承知の上で、あえて逆らえない命を出す。恨まれても、憎まれてもな……)


 りょうは、歳三の心を推し測りかねていた。なぜ、日野に使いを出すのに、小姓たちを行かせるのか?これは、言わば、日野への援軍要請ではないか?

「先生の言っていることの意味がわかりません。病院を手伝えと言われたばかりです。凌雲先生は何と思われるでしょうか?それに、僕は先生の側からもう離されるのはいやです!」

りょうは、あくまでも歳三のそばに居るつもりだった。すると、それまで黙って部屋の隅に立っていた安富が口を開いた。

「イギリス領事は、子供たちがこれ以上、戦に加わることは認めない、とおっしゃっている。今、領事を敵に回すことは避けたいのだ。先生も苦渋の選択なんだ、良蔵」

安富に続けて歳三は言った。

「凌雲先生も承知している。これは命令だ、良蔵。小姓に拒否する権利はねぇ。鉄を守って、日野に行け!」

厳しい声だった。


 新選組の命令に、拒否権はない。歳三の考えが覆ることはない。りょうの目から、涙がこぼれ落ちた。

「わかりました。『命令』なら、仕方ありません……従います」

一礼して下がろうとしたりょうが、振り返って歳三に言った。

「最後に、お願いがあります。僕の、本当の名を呼んでください」

歳三は、予想外の願いに、りょうを見つめた。少しの間が空き、歳三は、にこっと微笑んで、言った。

「無事に任務を果たせよ……りょう」

それは、りょうが生まれて初めて、父に名を呼ばれた瞬間だった。りょうの心は震えた。


 「とう……」

りょうは歳三の側に戻ろうとしたが、入ってきた兵士に遮られ、その動きは止められてしまった。

「土方総督、至急、広間にお越しください。大鳥奉行がご相談があると」

「承知した」

歳三はりょうの前を通りすぎるとき、立ち止まって言った。

「達者でな」

歳三はもう振り返らず、兵士たちと廊下を挟んだ広間の中へと消えた。りょうは、溢れる涙をこらえ、箱館の住まいに向かった。


 それは、鉄之助が歳三に『重要な任務』を与えられたそのあとのことだ。鉄之助は泣いていた。鉄之助が命令を断ると、『命令に背くものは、斬る!』と、刀に手をかけた歳三。そのときの表情は、とても悲しそうだった。その顔を見て、鉄之助は命に従うと言った。涙が止まらなかった。すると、歳三は言った。

「銀と良蔵も連れていけ」

鉄之助は、びっくりして歳三を見た。

「良蔵が承諾するはずはありません!誰よりも、先生の側にいたいはずです!」

すると、歳三は言った。

「日野は遠い。途中で何があるかわからねぇ。あいつを道案内として同行させる。おめぇのことを家族のように思っているやつのことだ。おめぇを守るためと言えば、承諾する。一番年若い銀を残す訳にもいかねぇ」

鉄之助は、黙って歳三を見つめた。

(道案内?それは、先生の本心なのか?)


 「先生、ひとつだけ聞いてもいいでしょうか?」

鉄之助は歳三に聞いた。

「なんだ?」

歳三も鉄之助を見た。

「良蔵の母上は、どんな方なのですか?」

その問いに、歳三はくすっと笑った。

「おめぇってやつは、はじめとおんなじことを聞きやがる。全く……」

かつて、会津で斎藤一に同じことを尋ねられたのを思い出して、歳三は苦笑いしながらも、鉄之助の目をじっと見つめて答えた。

「俺が心底惚れた女だ」

その時の歳三の満足げな顔を見て、鉄之助の心は決まった。

「銀には、釜さんが話をしているはずだ。おめぇたちは、三人で日野への使者の任を全うしろ、いいな……!」


 歳三の言葉の裏側にある、熱い想いを受け止め、鉄之助は五稜郭をあとにした。二度と戻ることのない、五稜郭を……


 りょうは、箱館の住まいに戻り、荷をまとめた。ふと、行商の薬箱の中に、会津でもらった、『小法師こぼし』をみつけた。りょうはその中から、大きな小法師と、小さな小法師を机の上に置いた。歳三と自分に重ねていたその小法師を歳三のために残したのだ。最も、今の状況で歳三がここに来るとは思えなかったが。

「父さん……任務を終えたら、僕はまた、この家に戻ってもいいのかな……?」

それに対する答えが返るはずもなかった。りょうは名残惜しげに、箱館の住まいをあとにして、港に向かった。


 そして、銀之助は、榎本から蝦夷を出るように説得されている最中だった。しかし……


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