第33章 相馬主殿の改心

 「野村、新選組は市中見廻りのはずだ。なぜここにいる?」

出港当日の昼間、五稜郭にいる野村利三郎を見とがめて、相馬主殿とのもが呼び止めた。

「お前ひとりに土方先生を任せられるか、俺も行く。それを土方先生にお願いに来た」

野村は、回天に自分も乗ると言うのだ。

「何を馬鹿なことを。俺は奉行の添役として乗船するのだ。他に何がある?それに、大島(虎雄とらお)どのも一緒なのだ」

相馬は答えた。すると、野村は、

「大島どのは、お前と土方先生の確執をご存じないだろう。お前が何を考えているのか、俺が気づかないとでも思っているのか?」

野村の言葉に、相馬はビクッとした。

「俺は、添役介、だ。お前に危険なことをさせるわけにはいかない!……ん、そんなところで何してるんだ、良蔵?」

野村は、物陰に隠れようとしたりょうを見つけ、声をかけた。


 歳三の準備を手伝おうと、りょうは着替えなどを持って五稜郭に来た。相馬と野村の争う声を聞いて近くに寄ったものの、出るに出られなかったのだ。

「あ、あの……相馬さん……」

心配顔のりょうを見て、相馬は

「奉行に言うなら、言ってもいいぞ。相馬主殿は危険人物だ、と」

と、なげやりに言った。

「相馬さんは、誤解しています、先生のこと」

りょうが言うと、相馬はあきれ顔で、

「またか。その言葉は聞き飽きた……!」

と言った。すると、りょうは相馬の腕を掴み、陸軍奉行の部屋に引っ張っていった。

「何をするんだ、良蔵!はなせ!」

相馬が大きな声を出したが、野村にもう片方の腕を掴まれて、動きがとれなくなった。相馬は歳三の前に連れていかれるのだろうと、腹をくくった。

「今、先生は榎本先生たちと軍議です。この部屋には誰もいません」

りょうは、ふたりを部屋に入れた。そして、歳三の机の引き出しから、小さな桐の箱を出して、その蓋を開けた。中を見たふたりは、

「あっ!」

と声をあげた。それは、新選組の仲間の袖章が入っている例の文箱だった。

「土方先生は、これをずっと京から持っていらしたのか?……三好……胖どのの袖章も入っているじゃないか……!」

野村が聞き、りょうは頷いた。


 相馬は、じっと中を見つめたまま黙っている。

「相馬さん、土方先生は、仲間の想いを、みんな背負っていらっしゃるんです。京へ一緒に上った皆さんのことも、途中で別れた方も、あとから入隊した方々も、僕たち小姓のことも……」

りょうが言うと、相馬は呟くように聞いた。

「近藤局長のことも……?」

すると、いつの間に入ってきたのか、島田かいが、

「それには、俺が答えようか?」

と言ったので、三人は驚いて振り返った。


 島田は、三人をぐるっと見渡して、話し始めた。

「宇都宮で負傷された総督は、重症だった。俺たち守衛新選組は、とにかく、新政府軍の目から、総督を守らにゃならんと、急ぎ会津に向かった。しかし、総督は、『引き返せ、引き返せ、近藤さんを助ける』と叫ぶんだ。そんなこと、できるわけないだろう?その後、板橋での訃報が入った日、総督は高熱を出してうなされていた。うなされながら、『勝っちゃん、すまねぇ、』と繰り返していたよ。きっと、ご本人は夢の出来事だと気づいていないだろうがな、俺も、のぼりも、八十八やそはちも聞いている……相馬、土方総督ってのは、お前が思っているほど、冷酷なお方じゃねぇ」

それを聞いた相馬は、

「では、なぜいらっしゃらなかったんだ?俺たちを残したまま、あの方は江戸を出てしまったじゃないか……」

と呟いた。すると、島田は相馬の方を向いて言った。

「徳川脱走は、寄せ集めの集団なんだ。勝手な思いで集まってきた幕臣たちで、鴻之台こうのだいは一杯だった。それをひとつの戦闘集団としてまとめ上げなくちゃならなかったんだ。あのとき、あの状態で、総督が部隊を離れてお前たちの元に行くことはできなかった。だが、お前たちには、総督は絶大の信頼をおいていた。この俺が羨ましいほどにな。信頼していたから残した。そして、総督は誰よりも、近藤局長を信じておられた。局長に任せれば、お前たちは生きていけると。そして、必ず新選組に戻ると確信しておられた」

そこまで聞くと、相馬はがっくりと膝を落とした。

「俺は……今まで……何を……!」

「相馬……!」

野村が、相馬の肩に手を置いた。島田が最後に呟いた。

「総督と近藤局長の間には、俺たちが踏み込むことのできないような絆があるんだと、俺は思うぞ。総督のそばには、今でも局長がいるように思えるんだ……」

りょうは、その島田の言葉は当たっている、と思った。

(近藤先生と、父さんと、総兄ぃの……絆……)


 そのとき、扉が開いて歳三が入ってきた。

「おめぇら、何してんだ、こんなところで!?ここは休憩所じゃねぇ!!」

いつもの雷が落ちた。皆ビクッと震え上がった。りょうが顔を出して、

「すいません!相馬さんの体調が少し悪かったので、お部屋をお借りしました!」

と言うと、歳三はあきれたように、

「また、騒動の中心はおめぇか、全く……主殿、どうした?大丈夫か?」

と聞いた。歳三に顔を覗き込まれて、相馬は思わず目をそらし、

「は、はい」

と小さな声で答えた。それを見た野村が、

「奉行、相馬の体調が心配なので、俺も回天に乗せてください!お願いします!」

と言った。相馬がなにか言おうとしたが、それを制したのが島田だった。

「新選組の市中見廻りはお任せください!野村の代わりに、鉄を連れていきます。野村をお供にお連れくださっても、大丈夫です!」

歳三は、妙に力の入った島田を見て、

「おめぇら、何か俺に隠してんな……?今は忙しくて聞いてる暇はねぇ。わかった、主殿の代わりに利三郎、おめぇが添役として乗れ」

と言うと、相馬が、

「だ、大丈夫です!私も乗船できます!奉行、予定どおりお供させてください!」

と叫んだ。

「大丈夫なのか?おい、良蔵、こいつは……」

歳三にいきなりふられて、りょうは面食らった。

「え?えーと、たぶん大丈夫です、はい!」

あたふたとして答えると、歳三がいぶかしげにりょうを見た。

「……おめぇは、帰ったら説教だな……もういい、早くそれぞれの持ち場に戻れ。魁、しばらく箱館を留守にする。しっかり見廻りを頼むぞ!特に、商家のあたりに不逞の輩がうろついているからな、警備を怠るなよ!」

歳三に言われて、島田は

「はい!お任せください!!」

と張り切って戻っていった。


 「相馬、俺たちも準備だ」

野村が言うと、相馬が頷いた。ふたりは一礼して部屋を出た。歳三は、そんなふたりの後ろ姿を見送り、りょうの方を向いた。

「おめぇ、主殿になんか言ったのか?」

と聞いた。りょうは、

「いえ、僕は別になにも……言ったのは、島田さんです」

と、すまして答えた。

「魁が……?何を言ったんだ?あんなに落ち込んだ主殿は見たことねぇ……魁にそんな技量があったとは、驚きだ」

歳三は不思議がった。りょうは、相馬の心が開かれたことを確信していた。


 そのとき、大鳥が血相を変えて奉行室に駆け込んできた。

「土方くん、大変だ!今夜回天に乗るはずだった医師ふたりが、体調不良で乗せられなくなった!食中毒だそうだ」

「なんだって!?食中毒!?」


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