第28章 幻の写真
人事が落ち着いたころ、箱館の
「おめぇたち、撮ってもらえ」
と、小姓たち三人を呼んだ。
「土方先生も、一緒に入ってください」
と、鉄之助が歳三に頼み込むと、歳三は、
「仕方ねぇな、俺は写真てぇのはあんまり好きじゃねぇんだが……」
と言いながらも、りょうの横に並んだ。このとき、鉄之助は銀之助に耳打ちし、銀之助も頷いた。歳三とりょうは、それには気づかなかった。
「はい、撮りますから、しばらく動かないでください」
弟子の言葉に、表情を固くするりょう。
「土方さまのお隣の小姓さま、笑ってください。楽しいことを思い出すといいですよ」
と言われて、りょうは、京の屯所の頃、小姓仲間と遊んだ日々に思いを馳せた……歳三の俳句集を偶然見かけて、みんなで笑っていると、歳三に見つかって雷を落とされた……りょうの顔が自然とほころんだ。
「いい顔ですね、土方さまも」
弟子が言ったとき、鉄之助と銀之助が、その場をそっと離れた。ふたりは写し手の弟子に向かって、『シー』と合図を送ったため、弟子もそのまま、歳三とりょうを撮影した。
「もう!ふたりとも酷いよ!どうして離れたんだ!?せっかくみんなと一緒の写真ができるところだったのに!」
撮影後、りょうはふたりに文句を言った。鉄之助と銀之助は、ごめん、ごめん、と何度も謝った。
(鉄め……気の回りすぎるやつだ……俺とりょうにふたりだけで写れ、と言ったって、言うことをきかないと踏んだな……?)
歳三は苦笑いした。やがて、出来た写真を見て、主の田本は言った。
「土方さまも、こんな表情されるのですね……初めて拝見いたしましたよ……こんな……穏やかな……」
それは、りょうが笑顔で写り、歳三はそんなりょうを、包むような柔らかな微笑みで見ている写真であった。父と娘で写った、最初で最後の、一枚の写真であった。
この撮影はあくまでも弟子の練習であり、その湿板も撮影記録も残されなかったため、写したという証拠は存在しない。他の写真とは別にされ、歳三個人に宛てて届けられたのかもしれない。
その頃、海を挟んだ青森には、新政府の軍隊が段々と集まってきていた。青森口総督には、箱館府知事だった正四位下・侍従
ある日、
「山田参謀どの、十津川郷士の者が、板垣さまの書状を携え、お会いしたいと申しちょります」
と、部下が伝えてきた。
「御親兵以外の十津川郷士は蝦夷にゃあ渡らんはずではなかったのか?土佐じゃとて、すでに故郷に帰っちょるはずだ」
と、山田は眉をしかめた。部下は、
「何でも、新選組の中に、土佐から捕縛嘆願が出ちょるものがおる、とのことであります」
と答えた。
「何?捕縛嘆願じゃと?……まあええ、通せ」
山田の言葉に従い、通された武士は、十津川郷士の
十津川郷は昔から勤王一色の地域で、郷士は薩摩藩や土佐藩と親しかった。坂本龍馬が暗殺されたとき、紀州藩と新選組を犯人と決め込んだ土佐の先鋒となり、
山田がその書状を読むと、嘆願を出しているのは板垣ではなく、その部下の軍監、
「新選組、土方歳三の小姓、玉置良蔵?年は16?誰じゃ?、この年なら、一人前の隊士として扱われちょらんと聞いたことがあるで。なして、こねーな子供を捕縛したいんじゃ、土佐は」
半ば呆れた表情で山田が尋ねると、郷士は、
「玉置良蔵が会津で土佐藩士を殺害しているからでございます。玉置は新選組土方の寵愛を受けた部下で、沖田総司から技を受け継いだ剣豪。近藤の命で坂本どのを殺めた下手人と、土佐ではみております。この玉置が会津の降服以降、行方不明なので、蝦夷で見つけていただきたいとのことでございます」
と答えた。
「……坂本龍馬……その件は、近藤勇の斬首で終わっちょるでないか。会津とて戦場じゃった。そねーな嘆願をいちいち受けちょったら、総督府は嘆願書の山になってしまうじゃろう。板垣さんもどうかしちょる。戦で殺された者は、土佐藩士だけじゃない。名もなき兵士たちが皆犠牲になっちょるんじゃ!」
山田が言い捨てると、郷士は低い声で言った。
「新政府のためにございます、参謀どの」
山田は郷士を見つめた。
「そりゃ、どねーな意味じゃ?」
「明治新政府は、あくまでも正当なものでなくてはなりません」
郷士の言葉に、山田は更に不快な顔をした。
「我らは恐れ多いくも、朝廷から
山田が睨むと、郷士は一瞬顔色を変えたが、
「拙者は土佐のご意向をお伝えしたまでのこと。これ以上のご詮索は無用に願います。この嘆願は、薩摩も了承されていることでございますので」
と言い残し、その場を去った。
(あの、
かつて、山田は高杉晋作の部下として幕軍と戦い、勝利を収めた。その後第二次長州征討は将軍の急死で終わり、歳末には孝明天皇が崩御され、長州を逆賊とする勢力がなくなった。その陰で何があったのか、自分は知らされていないが、松下村塾の先輩である桂や伊藤が動いていたのは確かだった……十津川郷士の言った『正当な新政府』はその延長線上で成り立っていることはわかっている……
山田は、その嘆願書を握り潰そうとしたが、結局できず、懐にしまった。
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