第21章 小姓たちの居場所
「良蔵くんがイギリスの領事どのと知り合いだったとはなあ」
榎本は感嘆の声をもらした。
「乗っていた船で、たまたま、領事のお父様にお薬を差し上げたんですが……」
りょうは、自分が原因で、領事が機嫌を損ねたのではないかと思っていた。
「伊庭くんが、君が領事に声をかけられたのを見ていて、私に教えてくれたんだよ。話が通じないといけないと思い、中に入らせてもらったんだ。大丈夫だよ、君は領事を怒らせてなんかいないから」
榎本はニコニコとしていた。
「君が医者であることは本当だし、薬の行商であることも間違いじゃない。ここに来て、我々の仲間になったのだと理解してくれているだろう。イギリス領事と繋がりができたことで、交渉もしやすくなるかもしれないね。逆に、お礼を言わなくてはいけないな」
と、榎本は笑顔で言った。りょうはそれを聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
「あの、さっき榎本先生がおっしゃってた話ですけど、『ほすぴとぅ』って病院のことですよね?」
りょうは聞いた。
「ああ、箱館病院のこと?君は、会津のときのように、医師見習いとして仕事に就いてもらうつもりだよ。高松凌雲先生という……」
榎本が言いかけると、りょうの顔が曇った。
「僕は、また土方先生から離されるのですか……?」
りょうの言葉にキョトンとしたのは榎本だった。
「私は、君は医師として働くつもりで蝦夷に来たんだと思っていたが……松本良順どのから頼まれたのはそういうことだと……違うのかね?」
榎本の言葉にりょうが言い返そうとしたとき、
「そのとおりだ。おめぇの働くところは病院だ」
そう言って近づいてきたのは歳三だった。
「土方先生が決められたのですか?僕をまだ疑っているのですか?僕は一度として、薩摩の間者になんかなっていません!どうしてわかってくれないんですか!?」
りょうは歳三を睨んだ。松前での言い争い以来、りょうは歳三を避けてきた。歳三が自分を心配しているのはわかった。だが、自分の気持ちをわかってくれないことが悔しくて、りょうは歳三に謝ることができなかった。
(僕が反抗的な態度をとったから、父さんは、わざと僕を遠ざけようとするのか?)
りょうはそんなことまで考えた。一度は諦め、多くの人に助けられ、やっと父に追い付いたのである。もう、会津の時のように別々に過ごしたまま別れるのはいやだった。
「おめぇだけじゃねぇ。鉄や銀だっておんなじだ……釜さん、悪いが、俺は座を外すぜ。こいつらに話して聞かせなくちゃならねぇからな」
歳三の言葉に、榎本は頷いた。
「わかったよ、歳さん。あとはまかせてくれ」
歳三は、鉄之助や銀之助も促して、部屋の外へ出た。
「俺たちも、先生の側を離れるのですか?」
鉄之助も聞いた。鉄之助も、歳三から離れることには抵抗があった。
歳三は、中庭を挟んで広間と反対側にある部屋に、三人を連れていった。
「まあ、座れ。おめぇたちも疲れたろう」
と、自分もそこに座り込んだ。三人は顔を見合わせていたが、歳三の前に座った。
「蝦夷は平定された。おめぇたちは、これから学校に通い、新しい学問を学ぶ。学校には寄宿舎もある。学校が終わったら、それぞれの仕事に就く。数日中には、入札により、政権の代表や閣僚が決まる。俺もその中の何かの役に就くことになるだろう。役に就けば、その下に付く大人もいる。俺には今までのような小姓役は必要なくなる。おめぇたちは、これから自分のために学び、働くんだ」
歳三のいうことに頷いたのは、銀之助だけだった。
「俺もですか?土方先生。俺は、入隊してからずっと、先生の小姓でした。それ以外の仕事は考えられません」
鉄之助は、歳三を見つめた。
「おめぇたちは、賢い。おめぇたちには、何十年か後の、この国を託さなきゃならねぇ。そのために学ぶんだ。いつまでも俺のそばにくっついている必要はねぇ。鉄の所属は新選組だが、18になるまでは、才助に付いて、仕事を覚えろ。銀は、釜さんが、おめぇを小姓として欲しいと言ってきた。どうだ?新選組を離れて、榎本先生のそばで働いてみるか?」
銀之助に聞くと、すぐに答えが返ってきた。
「わかりました。僕は榎本先生のそばで、外国についてのいろんなことを学びます」
銀之助の言葉に、鉄は驚いて銀之助を見た。
「銀!お前、新選組を出るっていうのか?」
「今、先生は、蝦夷は平定されたっておっしゃったじゃないか。もう、戦の準備のために、僕たちが先生の側にいる必要はないんだ。それなら、僕はフランス語をもっと勉強したい。英語や、プロシャの言葉も……榎本先生の側で、それができるなら、僕はそうしたい。だって、学校では会えるんでしょう?」
銀之助が歳三に聞いた。歳三は頷き、
「よく言った、銀。そのとおりだ。学校では皆一緒に学ぶ。釜さんの住まいは五稜郭の中にある。鉄も銀も、五稜郭で仕事をすることになる。鉄、いいな?」
鉄之助は、渋々頷いた。あとは、りょうであった。
りょうは下をむいたまま言った。
「僕は、嫌だ。病院には行かない。僕も五稜郭で働く」
それを聞いて、歳三が言った。
「五稜郭の中に、おめぇの働く場所はねぇ」
冷ややかな声だった。
「おめぇは学校で学んだあと、高松凌雲先生がいる箱館病院で、先生を手伝うんだ。今は松前との戦のあとで、怪我人も多い。仕事は山ほどある」
歳三は言った。会津までのりょうなら、自分のすべきことは医術である、と思うことができた。しかし、今のりょうには無理であった。
「僕も鉄と一緒に、安富先生について仕事を覚えます」
「良蔵、わがままが過ぎるぞ。先生が決めたんだから……」
鉄之助がなだめようとした。すると、りょうは歳三を見て言った。
「いつもそうだ。先生は、僕の気持ちなんて、ちっともわかってない。僕が、何を望んでここまで来たのか……会津でだって、折浜でだって、僕の気持ちなんか考えてくれなかった……僕だけじゃない。総兄ぃのことだって……だから、総兄ぃは、あのとき……」
りょうが言いかけると、歳三の眉がピクッと動いた。不動堂村の屯所を出ることが決まったとき、仲間と同行させないと歳三に命令された沖田が起こした騒動のことを思い出したのだ。鉄之助も、銀之助も、その時のことを覚えていた。だが、歳三は冷静だった。
「おめぇも起こすか?反乱を……鉄や銀を質にとるか?今になって、そんな話を持ち出しやがって……総司があのとき、どんな状態だったか、看病してたおめぇが一番わかっているんじゃねぇのか。そんなことをしたって俺が方針を変えねぇことはわかっているはずだ。いい加減、強情を張るのはやめろ!」
歳三に怒鳴られ、りょうは唇を噛んだ。確かに、ここで沖田の話を出すことは間違いだった。りょう自身、あのときは沖田を止めたのだ。沖田の願いをかなえる訳にはいかなかった……それを逆手にとるのは卑怯なことだとわかっていたのだが、自分のこととなると、理性は働かなくなるようだ。
「僕はどこへも行かない!もう離れるのはいやなんだ!土方歳三の側にいたいんだ!!」
りょうはそう叫んで、奉行所の外へと飛び出していった。
「良蔵!」
と、鉄之助と銀之助が追いかけようとしたが、
「放っておけ!言うことをきけねぇやつは知らん!」
という歳三の言葉に、行くことができなかった。雪がちらちらと降りだしていた。薪を運んでいた下働きの男が、
「今夜は積もりそうだな……相当冷え込むんでねぇか……?」
と呟いた。
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