第7章 サンライズ号④ 頼もしい仲間

 「なあ、良蔵さんよ」

伊庭がりょうを呼んだ。りょうは、はっとして伊庭を見た。

「俺ぁ、さっき、『隠し事はよそうぜ』って言ったよな。もう、いい加減にホントのこと、話したっていいんじゃねぇか?お前さん、女だろう?」

真剣な顔をして、りょうに問いかける伊庭。りょうの顔がこわばった。

「女だって?」

本山も驚いていた。伊庭は言った。

「京で会っていなきゃ、俺も気づかなかったかもしれん。でも、あのときの舞妓は、間違いなく女だった。男の変装かも、と思ったこともあったが、やはり違う。今、お前さんを見ていて確信したよ」

「伊庭さん……」

りょうは、ため息をついた。

「伊庭さんて、すごいな。新選組の中でも、僕が女だなんて気づいてない人がたくさんいるのに、少しいっしょにいただけでわかっちゃうなんて……」

「それだけ、女を知っているのさ、こいつは」

本山がまたからかった。

「小太郎、あとで覚えてろよ!」

伊庭が本山をにらむと、本山は、

「おお、くわばら、くわばら……!俺は疲れたから、少し休むよ。あとはふたりで話していてくれ」

と言って、横になった。すぐに、寝息が聞こえはじめた。

「ぷっ!寝付きのいいやつだな……」

伊庭が笑った。

「お前さん、本名はなんていう?たしか、京では……」

「りょう、です」

ああ、と伊庭は頷いた。

「あのときのお前さんは、本当に梅乃さまに似ていた。ちょうど、俺が初めて出会った頃の梅乃さまと、同じ年頃だからかもしれない」


……そうだ。会津で、『梅乃』という名に聞き覚えがあると思ったのは、この人に、『梅乃さま』と声をかけられたからだったのだ。


「僕は、総兄ぃ……沖田先生と、御陵衛士の目を逃れるためにあんな格好をしたんです。屯所に帰った僕を見て、父さ……土方先生は驚いて、尻餅ついてたんですよ」

りょうが、そのときの歳三を思い出して言うと、

「無理もねぇ。愛しい女に生き写しの顔が、いきなりそこにあったら、歳さんでなくたって驚くだろうな」

と伊庭は笑った。


 伊庭は、初めて試衛館に行った時、歳三に、梅乃のことを問いただそうとしたのだと言った。

「さっき、小太郎が口走ったことは、そんなにはずれてない。俺は、ガキだったが、梅乃さまが好きだった。梅乃さまが消えた、と聞いたとき、俺は、歳さんが梅乃さまを捨てたんだ、と思った」

伊庭が言うと、りょうも、

「僕は、鳥羽伏見の頃までずっと、そう思ってました。だから先生には反抗ばかりしていました。でも、僕たちを捜していたと聞いて……」

と言うと、

「歳さん、そんなこと言ったのか?」

と、伊庭が笑顔で聞いた。りょうは、

「僕が海の側で生まれ育ったって言ったら、驚いて……」

と答えた。


 伊庭は、昔を懐かしむように話し出した。

「俺は、いつ、梅乃さまのことを歳さんに聞こうか、と思って、ある時、歳さんの行商に、無理やりくっついていったことがあったんだ。歳さんは、行く先々で、梅乃さまの特徴を話しては、聞いていた。『身重か、幼子を連れた女が来なかったか』って……江戸の隅々まで、行商の度に聞いて回っていたらしい。兄上には、もう死んだと聞かされていたようだったが、信じていなかったんだろうな。その顔を見て、俺は、歳さんの気持ちがわかったんだ。本気で梅乃さまのことを想っていたんだと……それ以来、俺と歳さんは、友達だ」


 その後、伊庭が奥詰めとして出仕すると、あまり試衛館にも行くことができなくなり、また、歳三たちも、浪士組に加わり上京するなどして交流が途絶えた、という話だった。将軍の護衛として伊庭が上京した後、池田屋事件があり、新選組は名を知られた。その中に試衛館の面々がいたことを伊庭が知ったのは、ずいぶん後だったらしい。


 「伊庭さん、ありがとう」

りょうは言った。

「なんだ?」

伊庭は聞いた。

「僕、本当は、自分が蝦夷まで行っていいのか、迷っていたんだ。折浜で、僕が土方先生を呼んだのに、先生は、迎えの船をおろしてくれなかった。やはり僕は切り捨てられたんだと思って、とても悲しかった。蝦夷に行っても、追い返されたらどうしよう、と考えた……でも、伊庭さんの話を聞いて、土方先生に会う自信がついた。もし、帰れって言われても負けない。今度こそ、僕は、先生のそばから離れない!」

りょうはまっすぐ伊庭を見つめて、自分の決心を伝えた。伊庭は、その顔を見ながら思った。

(そう、この癖。相手をまっすぐに見つめて話す、梅乃さまの癖。京でこの娘に会った時も、この癖が気になったのだった……やはり親子なのだな……)


 「俺たちが一緒だ。安心していいぞ」

伊庭はそう言って、りょうの肩に手をおいた。一緒に蝦夷に行く頼もしい仲間ができたことは、りょうにとって、何より嬉しいことだった。


 宮古まで、あと一日ほどになった。りょうは、あのとき、もう少し路銀があり、中村が怪我をしていなかったら、宮古まで追いかけていたかどうか、考えてみた。


(追いかけて行っても、きっと、父さんは許さなかっただろう。薩摩の軍監と行動を共にした人間を、受け入れるはずがなかったのだ……疑惑のもとは断つ……それが新選組の鉄則だもの……)

りょうは、今なら、なぜ歳三が迎えの船を出さなかったのかがわかる。今度こそ、自分は冷静に父と対することができる、と思っていた。




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