第1話 真ん中の色
私には色が見えない。
はっきりそう自覚したのは幼稚園に入る前の、いわゆるプレスクールに体験入園した頃だった。つまり、先生の指す絵本の絵の色が皆目解らなかったのだ。先生は絵本を持ち上げ、まずリンゴを指した。
『これはなにいろですかー?』
『あかーっ!』
周囲の子たちは叫ぶ。次に先生はウサギの絵を指した。
『しろーっ』
それは私にも解った。白と黒とその真ん中の色は私にも区別できた。しかし、その後のバナナだの海だのみかんだのは、みんな『真ん中の色』と思っていた。勿論、そんな風に答える子供は他にいない。私だけ、ちょっと変。何だか判らないがそう思わざるを得なかった。
幼稚園に入るともっと悲惨な事が待っていた。例えば信号機の練習。要は横断歩道の渡り方だ。園庭の片隅にある小さな横断歩道と歩行者用信号機の模型。先生はその脇に立ち、横断歩道の前の子どもたちに声を掛ける。
『はーい、この信号の色の時はどうしますかーぁ』
みんなは手を挙げて渡り始める。私も遅れじとついて行く。渡り終わったら向きを変え、反対側の信号機を見る。
『はーい、この信号の色の時はどうしますかーぁ』
私は今度は元気に手を挙げて真っ先に飛び出した。男の子が叫ぶ。
『あー!いろはちゃん、しんだーぁ!』
周囲の子たちも囃し立てる。私はどうしていいか解らないから死んだふりをして地面に寝転がった。
そんな話が度々幼稚園から母に伝えられていたようだ。その都度、母は私を抱き締めて泣いた。
『ごめんね彩葉、いろは なんて名前つけたから…』
それを聞くたび、自分の名前が結構気に入っていた私は訝しく思ったものだ。お母さん、なんでそんなこと言うの。
大きくなるにつれ、次第に自分の状態が判って来た私だったが、それ程悲観的ではなかった。何しろ色と言うものがどう言うものなのかさっぱり解らなかったからだ。お医者からは『錐体一色型色覚』なる重々しい症名を告げられていたが、そして細胞の機能欠損であると、半ば人格を否定されたようなことを言われていたが、私は他人が思うほどのダメージは抱いていなかった。
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