第3話 遠征─第一段階
状況は錯綜していた。否、混迷を極めていたと言うのが正しい表現だろう、そんなものが存在するのならば。この中で、前総司令官にしてこの状況に振り回されている男─スプルーアンスは、情報を整理しながら状況を楽しんでいた。
スプルーアンスが相手にしてきたのは「メビウス」だと常日頃思われている。だがしかし、本来のスプルーアンスの性格は「旧軍令部第八部直轄情報部所属」と言うだけでわかる。
つまり、自らの状況を客観視しながら、ゲームでもするかのような感覚で人を騙し、騙され、欺くことこそがスプルーアンスの哲学である。だからこそ、愁の行動に興味を抱いていたのだ。
もっとも、今回の場合はスプルーアンスが完全に読み違えていた。日本管区を制圧できず、しかも主力艦隊のほとんどを失うと言う事態は全く予想していなかった。
スプルーアンスの想定していた最悪のパターンは、第三主力艦隊の指揮権を奪われたあと、日本管区ごと低周波爆弾なりなんなりで吹っ飛ばされ、そのとばっちりで第三主力艦隊ごと殲滅されるくらいのものだった。
いや、はっきりいってそれよりも状況は良いのだ、とスプルーアンスは考える。
スプルーアンスの想定にもしも敵が従えば、文字通り反乱の火種が四方八方に散ることになる。どのように動いたのかすら、周辺管区が吹き飛んでいるから分からないのだ。
最悪、避難難民に紛れて侵入されかねないし、狂信的なテロリストがこの軍部のある管区内に侵入しようものならば文字通りお仕舞いだった。それよりは遥かにましと言えよう。
「まずは敵味方の判別だな…」
反乱軍が敵なのか味方なのか分からなければ、そもそも始まらない。議員資格を持つスプルーアンスとしては議会で反乱軍を反乱軍として認めてくれればよかったのだが、生憎議会は汚染されて、反乱軍を政府として扱っている。
となると、状況は本当に分かりにくい状況になった。
つまり、反乱軍は政府なのだが、各管区はそれにしたがうのかどうか不明瞭だし、連絡を絶っている第四主力艦隊と第十三警備軍艦隊の状況も不明。
さらに言うならば、議会の反対勢力とヨーロッパ系のいるアジア系管区のヨーロッパ系の動きも気になる。
状況とアジア系×ヨーロッパ系の因縁の対立関係を考えれば、まずヨーロッパ系は現在の政府には同調しないだろう。となると、ヨーロッパ系を味方にしようとすれば、必然的に政府とは対立関係となる。
政府を敵に回すにはかなり分が悪いが…。
答えはもう決めていた。
そして、その決意を支持するかのように、第十三警備軍艦隊から通信が入る。脳外端子越しだが。
「こちらは前総司令官スプルーアンス。聞こえるか」
「ええ、ばっちり聞こえます、スプルーアンス議員」
ほう、そう呼ぶか。
どうやら、向こうもそのつもりらしい。
「そちらから連絡があったということは、やはり政府と訣別するつもりだな…。良いだろう、私はどうすればいい」
「話の飲み込みが早くて助かります。スプルーアンス議員は、今どこに?」
スプルーアンスは周囲を見る。
「おそらく、軍部管区内だ」
「おそらく?」
「ついさきほどまで、軍法会議だったからな…。もっとも、向こうもすぐに諦めたが」
ちっ、と声が聞こえる。
「となると、軍法会議というよりは、私的な諮問会といったところですか…。しかも、車にでも無理矢理のせられてきた、というところですか」
「テストなら満点をやろう。全くその通りだ、私は今どこにいるのかわからない。とはいえ、歩けばわかると思うが…」
「下手に動かないでください。向こうは非合法手段に訴えてくるかもしれません。そうなった場合…」
いつものホルダーを漁ってみるが、銃はない。
「そちらは正統性を得られない、か…」
「少し待ってください、こちらで位置を確かめます。…なんてことなんだ!スプルーアンス議員は今ここからアクセス不可領域にいます。スプルーアンス議員が今どこにいるのか、全く特定できません」
「ロバートなら…」
「先程全く同じ作業をしましたが無理です。そもそも、議員の位置情報どころか、そのアクセス不可領域自体が不明です。多分、権限的な問題じゃなくて…」
どうやら思ったよりも最悪な状況らしい。
状況を一旦整理する。少なくとも、情報的な繋がりは存在する。だが、そもそも観測可能な空間にいるかどうかすら不明。
にもかかわらず、今いる空間は軍部管区に近似される。
「異空間、か」
「荒唐無稽ですけれど、それ以外考えにくいかと…」
「いや、もしかしたら地下室のようなところで、しかも誰も知らないようなところにあるからかもしれないが…」
とはいえ、そこまでしてここを軍部管区に近似させる必要性はないだろう。信じにくいが、異空間に要塞ごと巻き込まれたと考えたほうがいいかもしれない。
「んな馬鹿な、な…」
何を馬鹿な考えをしているんだ、と思った。
それ以外の可能性はない、とは言い切れない。信じられないこととはいえ、もしかしたら本当に近似されてだけなのかもしれない。
「とにかく、いまそちらに向かっています。かりに本当に異空間だとしても、僕は現実側にいますから、スプルーアンス議員と会えさえすればスプルーアンス議員は現実に戻ってこられるはずです」
「分かった。とりあえず、軍部管区の第一軍港に行く。第一軍港まで迎えに来てほしい」
「イエッサー」
スプルーアンス議員は、その言葉を聞いたあと通信を終えた。
「まさか、ね…」
美沙の言っていた話を思い出す。
美沙は反乱軍の一人に会い、その人が瞬間移動していくのを目撃したらしい。本人曰く、人の認識をずらす能力らしいのだが、文字通り瞬間移動していると考えたほうがいいだろう。
そして、美沙のビルに存在した異空間…。
「ジャック、要塞自体の位置が不確定になっている、というのは…」
「本当だ。要塞の位置が消失している、というよりもブレている。個人の位置は特定できない。どうやら、物体が大きくなるにつれて不確定度は小さくなるようだが、俺にはわからない。
目視したほうが状況は早いだろう、あと何分でつく」
「あと六分…っ!敵味方不明機、近い!!」
何!とジャックがいうよりも先にその機体が通り過ぎる。
「ジャック、不明機は国防軍所属!国防軍はどちらなの!!」
「国防軍は…、敵だ!! 国防軍、政府に支持を表明!!」
「交戦…(エンゲー…)」
「待て!撃つな!!国防軍は支持を表明したが、支援するとは言っていない。もしもこちらから撃てば、間違いなく国防軍を敵に回す。さらにいうなら、まだスプルーアンス前総司令官の意向を聞いていない!」
ちっ、と舌打ちをする。
国防軍機から撃ってくれば、応戦したということで構わない。だが、もしもこちらから撃てば、間違いなく国防軍は敵に回る。そうなった場合、連坐して政府と反乱軍は敵となる。
最悪、スプルーアンス前総司令官と合流するよりも前に死ぬ。
「武器ロック解除、速度制御弁全開(フルスロットル)!!」
「国防軍機となると、最新型のシルフィードの可能性が高い。艦載型、しかも偵察機の改造機であるファーンでは勝率は低い。こちらからも応援を出す、くれぐれもそちらから撃つな!撃たれても、こちらの艦載機が到達するまで逃げろ!お前の格闘戦能力じゃ、一対一(差し)、しかも機体不利じゃ太刀打ちできない!」
「了解(イエッサー)!!」
速度制御弁を全開に。ファーンは加速、シルフィードも追撃してくる。しかし、シルフィードから撃つ気配もない。
「向こうも迷っているのか…」
国防軍も、敵をどちらにするか迷っているのだろう。
ファーン、高度低下。速度制御弁を全開から半開へ。速度が低下、要塞側に誘導ビーコンを要求。要塞、拒否。
ファーン、強行着陸を決定。ランディングギアをオンにし、翼下から車輪を出す。
残り着陸まで五分。
「!!敵艦隊、国防軍艦隊至近!」
「ちっ、やはり出してくるか…。そいつらはまだ動けない。行きは容易いが、帰りには総帰り撃ちにあう。覚悟しておけ」
「いや、あのね…」
国防軍艦隊の右翼よりもさらに右側の空間を進む。軍部管区は「水の都」要塞の最右翼に存在していて、それ自体に武装が存在する。
もしも管区内に敵機が侵入してきた場合、間違いなく攻撃する。
「あと三分…」
その時、要塞の異変に気づいた。
いや、最初から気付いていはいたのだろう。だが、それが意識野に上ってくるほどの重要性はないように思えた、というだけだ。
「赤方変移…、美沙の言っていたやつか…?」
要塞が赤みがかっていた。
何があるのかはわからないが、少なくとも要塞自体に何かしらの危険なことが起こりつつあった。その時、再びスプルーアンスから通信が入る。
「こちらスプルーアンス、そちらの機体を視認、新型シルフィードに搭乗していて武装は無い、撃つなよ」
「! スプルーアンス総司令官、じゃなくて議員…、どうやってそんなものを…」
向こう側から笑い声が聞こえる。脳外端子のなかで、というよりも意識野ではわらっているのだろう。
「情報レベル、というものを知っているか?」
着陸態勢解除、ランディングギアをオフに。着陸脚を収納、旋回し反転、帰投用意に入る。
「いいえ、知りません」
「だろうな。イメージ的には、軍部の階級によって閲覧できる軍機が異なると合うのと同じだ。ただし、その情報レベルというのはそんな次元じゃないがな」
「といいますと?」
旋回完了、速度制御弁を最低へ。
スプルーアンス機が現れるまで待機。
「基本的に、議員レベルが閲覧できる資料は国家機密レベルのものだ。情報レベルというのは、国家機密に関わる資料及び施設への権限と言い換えられる」
「つまり、情報レベルが高いほど、政治的な、というよりも国防に関わる施設を自由にできるし、国家機密の資料を閲覧できる、と…」
「そのとおりだ。それで、先程の問の答えだ」
スプルーアンス機が現れる。機種確認、新型シルフィード、「フォルセティ」。フォルセティは北欧神話の正義を司る神。
「近くにあったこいつを、議員権限で奪ってきた」
「いや、待ってください。極まっとうに考えて、議員権限では奪えないような…」
「いや、そういう意味ではない」
フォルセティが追い抜く。それに対して、ファーンも追従する。
「議員権限というのは正しい表現では無かったな。言い換えるならば、レベル**2(レベル・ダブルアルタリスク・ツー)だ。このレベルならば、軍事施設を自由にイジれるし、国家機密を閲覧できる」
「ダブルアルタリスク…」
「ついでにいうと、一般人と一般兵はレベル1、将校はレベル*1、五冠八将はレベル*2、そして総司令官を努めた者はレベル**2となる」
聞きたいことは山ほどある。それは自覚している。
だが、これだけは言っておきたい。目の前に広がる、とてつもない数の機体と艦船を見よ、と。
「すみませんが…」
「分かっている。そちらの行動もな。時間稼ぎだな」
「分かっているならいいです。交戦(エンゲージ)、速度制御弁全開(フルスロットル)、支援開始(スターティング・アシスト)」
ファーンに搭載されている機械知性は、艦隊の桜蘭と繋がっている。演算が間に合わないことはない。問題は、どうやって逃げるかだ。
「こちらジャック、敵編隊と接敵するまであと100!クソッ、間に合わなかったか!」
「こちらファーン1、了解」
「フォルセティ、了解」
ファーン1と便宜的に返す。それに対して、スプルーアンスはフォルセティと固有機名だけで了解と告げた。
「散開(ブレイク)!!」
ファーン、右急旋回。脳がブラックアウトしかける。脳外端子に切り替え、敵編隊をアイコンで捉える。
視界に映る二つの機体は、しかし一つの物体でしかない。
「発射(ランチ)!」
ミサイル二発を発射、それと同時に旋回。脳が再びブラックアウトしかける。
そして、ミサイル二発は、敵機へと伸びていき、そのまま直撃することなく回避される。
これからだ、何もかも。
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