第1話 魔女の走る海

 愁が艦内に飛び込む。それと同時に空襲が始まる。

 桜蘭が艦橋に仮想人体を転送する。目の前から桜蘭の仮想人体が消失。


 「艦長、急いで!」

 「分かってる!」


 艦内放送に対して、聞け得るわけでもないが反論する。だが、それもすぐに止む。

 キーッ、という聞きたくもないような高音が耳へと届く。頭が震えるような不快な音が刹那聞こえ、そして水柱が立つ。


 「ちっ! 要塞の連中は何しているんだ!」


 要塞から放たれる多数のSAMと近接防空対空射撃の効果が無いのか、そう文句を言いかける。だが、そんなことを考えている暇もないことを思い出し、エレベーターへと駆け込む。

 脳内の脳外端子から、桜蘭の中枢コンピュータへアクセス許可を求める。桜蘭が認証。桜蘭に対空射撃の許可を出す。


 桜蘭の中枢コンピュータから脳外端子へ跳躍アクセス許可。認証。途端に周囲の空間が三次元ホログラムとなる。


 「第1目標、方位1-3-5、高度30より侵入する機体群」

 「了解、方位1-3-5、高度30より侵入せる敵機体群を第1目標とす。各銃座射撃開始待て、高角砲座射撃開始」

 「桜蘭、短距離SAMの発射を許可。ただし第1目標以外の正面より突入してくる敵機体群に限る」


 出港していない「桜蘭」が要塞方向へとミサイルを発射すれば、要塞に被害が及ぶのは言うまでもない。

 正面方向への攻撃のみに制限させる。


 「命令不明瞭につき受諾不可」


 しかし、短距離SAMの発射を許可したにも関わらず桜蘭が受諾不可と返す。

 なぜか、と考えて当然のことに気づく。正面方向ではあまりにも表現が雑すぎたのだ。


 「訂正、方位3-3-0から0-3-0の劣弦方向より突入する敵機体群に限る」

 「了解、短距離SAM発射準備。左舷側短距離SAM発射口へSAMを装填」


 「桜蘭」が搭載しているSAMは二発のみ。これらを使うタイミングは桜蘭に任せる。こちらが指揮するべきなのは、最大の破壊力を持つ主砲だ。


 「主砲、方位3-3-0、仰角15度。三式弾を装填」

 「主砲、方位3-3-0、仰角15度、三式弾を装填。状態確認終了まで10」


 桜蘭が出港準備を整えたとはいえ、所詮は荒業。主砲などの各砲塔の状態点検などをすっ飛ばした上での出港準備完了であるため、いざ発射するまでには時間が必要だ。


 「主砲システム、エラー無し。主砲への弾丸装填を開始。弾種三式弾、装填完了まで90」


 第1目標の機体群のアイコンが一機消失すると同時に、エレベーターが上がり終わる。桜蘭の用意した三次元ホログラム空間から現実空間へと視点を戻し、艦橋へと駆け込む。


 「桜蘭、状況は?」

 「お伝えしたとおりです」


 いつもの慣習で状況を尋ねてしまうが、それに冷静に対応する桜蘭。すぐに視点を三次元ホログラムへと戻す。

 第三種多重処理能力持ちでも、脳外端子の長期連続使用は脳に負担が大きすぎる。一般人ならば五分が限界のうえ、一時的に現実と仮想の区別がつかなくなるという弊害がある。

 第三種多重処理能力者の場合は、脳外端子での思考と同時に現実空間での処理も行うことができるが、脳の大きさがそれほど違うわけでもない。だから、脳のリソース配分を脳外端子にほぼ極振りしたとしても二時間が限界だ。


 「第1目標、引き続き。上空より侵入する敵機体群は無視する」

 「命令不明瞭により、受諾不可」


 またやらかした。

 どうも頭の調子がいつもより悪い。理由は分からない。おそらく、いつもの桜蘭との会話の調子が少し違うからだろう。


 「高度100以上の敵機体群は迎撃するな、以上」

 「高度100以上の敵機体群との交戦を禁止、了解」


 桜蘭が少し不安そうに了解、と告げる。


 「主砲、装填が終わり次第発射。爆発距離は60」

 「主砲、装填が終わり次第発射、爆発距離60に設定、了解」


 主砲が動く。

 アイコンに示された敵機体群の数は漸増している。第二次空襲部隊だろう。そう思っていられるのもつかの間。


 「第1目標、中距離防空圏を突破、近接防空戦に移行」


 第1目標に指定した機体群がより赤く示される。危険度がましたことによって、高角砲と銃座の9割がそれらの防空に当たる。


 「三次元ホログラム解除、敵機体群を目視する」


 三次元ホログラム空間を解除。敵機体群を目視確認。敵機体群を敵新型雷撃機「アヴェンジャー」と同定。


 「三次元ホログラム始動、敵機体群に対する爆発距離演算を「アヴェンジャー」の相対速度による計算とする」

 「敵全機体群への主砲を除く武装の弾丸爆発距離演算を「アヴェンジャー」の相対速度による演算へ移行、了解」


 「アヴェンジャー」の音が聞こえる。

 脳内に低空を舞い降りていく「アヴェンジャー」の姿とアイコンで示された「アヴェンジャー」の姿が重なる。


 「第1高角砲座の指揮権を艦長に移行」

 「第1高角砲座の指揮権を艦長に移行します」


 第1高角砲座のアイコンが緑で示される。


 「第1高角砲座、射撃方向1-3-6、仰角4,3度、爆発距離1、艦長の号令と同時に発射、復唱の必要無し」

 「第1高角砲座、射撃準備完了」


 アイコンの「アヴェンジャー」と現実の「アヴェンジャー」の距離と方位を脳内に焼き付ける。頭が微かに痛む。

 「アヴェンジャー」の未来位置を完全に把握。こちらの弾速、角度も計算に入れて射撃準備を完了する。


 「てっ!」

 「第1高角砲座、射撃開始!」


 第1高角砲座から放たれた砲弾は、放物線を描いて飛翔する。そして、目標としていた敵機へとほぼ一瞬でたどり着くと、その目の前で爆発。敵機、火を吹いて高度を落とし着水。

 一機撃墜。


 「お見事です、艦長」

 「褒めてる場合じゃない。連中、こちらの要塞の弱みを完全に掴んでるな…」


 雷撃機の殆どが、わざわざ要塞方向へ一回突入したあと、港へと向っている。要塞は突入してくる敵機体群の迎撃を最優先としているため、どうしても離脱すると見せかけた攻撃には脆い。

 そして、その攻撃の目標は本艦、つまり「桜蘭」だ。


 「桜蘭、両舷全速。無理矢理にでも出港する」

 「「桜蘭」両舷全速、出港する」


 桜蘭が自分の艦へ呼び掛ける。

 ガスタービンが全速力で回される。原子力推進艦は旗戦艦級であるため、どうしてもエンジンのかかりが鈍い。


 「あと二機…」


 第1目標の敵機体群は後二機。

 しかし、すでに距離はほとんどない。


 「敵機体群、本艦雷撃距離に到達!」


 切迫した声が聞こえる。

 「アヴェンジャー」の格納庫が開き、四発の魚雷が姿を露にする。もはや双眼鏡を使わなくとも目視できる距離にまで接近されている。


 「青々、35度!!」


 青々を発動。緊急面舵、サイドスラスターを吹かす。

 「桜蘭」の巨体の針路がサイドスラスターによってわずかながら右側へと傾く。そして、それと同時に魚雷が投下される。


 「間に合え…」


 殆ど接射に近い距離だ。02(200メートル)まで接近されれば、もはや阻止するのは不可能に近い。


 酸素魚雷特有の青い航跡が、真っ直ぐ「桜蘭」へと伸びていく。サイドスラスターをフル活用して「桜蘭」はそれから逃げようとする。

 魚雷の進路延長線が三次元ホログラムに示される。そして、その延長線は「桜蘭」の中央から艦首へとずれていく。しかし、艦首から何もないところへと移ろうとした瞬間、はじめの衝撃が来た。


 「三次元ホログラム解除!!」


 椅子から振り落とされそうになる。それを踏ん張り、なんとか転落は防がれる。しかし、二発目がさらに艦首へと命中する。


 「艦首隔壁閉鎖、急げ!」

 「艦首隔壁閉鎖、応急注排水装置作動!」


 幸い、艦首隔壁システム回線は無事だったようですぐに海水の流入は防がれる。しかし、艦首が若干沈み込んだことによって射撃が若干狂わせられる。


 「トリム修正急げ!」


 桜蘭が命じる。

 桜蘭が最優先で「桜蘭」の中枢コンピュータに割り込みを行ったため、一時的に射撃が止む。


 「トリム修正よし! 射撃続行!」


 桜蘭が射撃続行を宣言した。

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