第2話 セッション
「あ、ごめんなさい。その曲弾く高校生、珍しいなと思って。つい。盗み聞きみたいになって、申し訳ないわね」
そう言って彼女は少し苦笑いを浮かべる。「珍しい」どころか、俺にとってはこの曲を知ってる人がこの学校にいたことが驚きだ。
だって見る人見るバンド、今時流行りの流行歌やヒップホップ系統の曲を演奏していることが多くて、昔のロックなんて弾いてる奴ら、いなかったし。
現に彼女が所属しているバンドだって、最近密かに流行しているバンドのコピーを主にやっていることは、さっきチラと聴いていてわかった。
だから、「Hotel California」なんてそこそこに古い曲、知ってるとは思えなかった。と、いうより知ってる人があの中に、いるとは思えなかった。
「いや、別に、いいですけど……。てか、自分で言うのもなんですけど、よく知ってましたねこの曲。70年代ですよ?」
「ええ。その時代の洋楽、好きだから。eaglesも一通り聴いてるわ。好きなの? eagles」
「い、いや、eaglesはめだってこの曲くらいしか……。同じアメリカのバンドならTotoとかの方がよっぽど」
「あら、Totoも知ってるの? 随分と博識ね。聞いてる人、私より年下じゃ初めて見たわ。一年生でしょ? 君」
彼女はそう、嬉しそうに笑うと俺の隣の席に座る。
俺の学年がなんでわかったのと一瞬思うけど、自分の上靴を見る。今年の一年生の学年カラーは赤。
そっか、そこから判別したのか、と納得する。
「あ、はい。一応。っていうか言うほど博識ですか? Totoなんて80年代のサウンドの代表格だし、知ってる人はいっぱい……」
「ふふ、そんなに謙遜しないの。で、曲、何が好きなの? やっぱり王道でAfricaとかかしら?」
「あ、それもそうですけど、俺はGeorge Porgyとか、Hydraとかも……」
「意外と渋い選曲するのね。大人ウケするような曲じゃない」
いきなり現れて急にグイグイくる彼女に少し尻込みしつつも、なんとか質問に答えていく。てか距離がどんどん近くなってくんだけど。彼女が距離を縮めてくるのと比例するように心拍数が上がっていく。
彼女はそんな俺の気持ちを態度で察したのか、はっと我に帰ったようになって、
「……ごめんなさい。ほら、この学校、中々こんな話できる人も、わかる人もいないでしょう? それであの曲聞いちゃったものだから、少し舞い上がっちゃって……」
今度は少し申し訳なさそうに、俯く。
「いや、そこまで気にしてないですから、大丈夫です。っていうか、俺も驚きですよ。さっき第二音楽室から聞こえてくる曲聴いてた限りだと、皆さん最近のバンドが好き、みたいな感じなのかなと思ってましたから」
「否定はしないわ。けど、本当は私、あなたが弾いてたような曲を演奏したくてね。今はバンドのみんなに趣味を合わせてるのよ」
まぁ、みんなと音を合わせるのはすごく楽しいけれどね。と彼女は薄く微笑む。
「別に……、それもいいことなんじゃないですか?新しいことを知って、それに合わせていくのも必要でしょうし」
「それもそうね。でも、貴方のように自由に弾きたい、って思うのも事実よ。それこそ、自分の趣味全開で思いっきり誰かと音を合わせてみたい、なんて思ってしまうこともあるのよね」
きっとそれは唯の我が儘なんだろうとは思う。思うけど、俺には、その気持ちがなんとなくわかる、気がする。
「なんとなく、分かりますよ。同じ趣味趣向の物に出会えなかった故のもどかしさ、ってやつでしょう?」
「ふふ、なんか詩的ね。えぇ、きっとそうね。そうとも言えるかしら」
「まぁ、俺もここ3ヶ月はおんなじこと考えてましたし」
きっと志向しているものがある程度噛み合っていれば、多少どこか違うところがあっても受け入れられる。でも、俺たちのそれは全く別物だ。そんな中で語ることなんて、中々できるもんじゃない。
きっと彼女が抱いていたのは、そういう思いだろう。
「ふふ、ここまで話が合うなんて、ここで会えたのも何かの縁ね……。ねぇ、ちょっと私の我が儘に、付き合ってもらえるかしら、後輩くん?」
「一応、音無御門って名前があるんですけど……、なんですか? おもむろに」
すごく、純粋で楽しそうな笑顔だ。クールで綺麗な顔立ちにその笑顔は思ったよりギャップがあって、少し心臓が跳ね上がる。
ちょっと甘酸っぱい意味で。
「じゃあ、音無くん。貴方が別の楽器を弾ければだけど……一曲だけ、一緒にセッション、できないかしら?」
「んお?」
まぁ、急な誘いだったし。
こんな声しか出なかったのは仕方のないことだと思う。
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「驚いた。貴方、鍵盤弾けたのね」
「むしろこっちが本職ですよ。家にあるキーボードは重くて持ってくるのが億劫なので学校ではギター弾いてますけど……」
一応、第二音楽室を予約していたバンドは彼女のグループで最後だった。その上、軽音部員は皆帰ってしまったため、部屋には俺と彼女の2人しかいない。故に、顧問の部屋の使用許可はなんなく降りた。
彼女がギターのチューニングを行う傍ら、俺は小さい頃に愛用していた、ソルフェージュの本に乗ってた曲を思い出しながら、軽く学校備え付けのキーボードを弾いていく。ちょっとしたウォームアップだ。
俺は元々、楽器はクラシックピアノから入ったクチだ。母がピアノをそこそこに弾けたので、その影響で始めたと記憶している。
小さい頃からいろんな曲を弾いてきたし、ギターよりも年季を重ねてるだけあって、実はギターよりも技術自体は自信のある楽器だったりする。
「……これでよし、と。さぁ、合わせましょう。私、弾いてみたい曲があるんだけど、それでもいいかしら?」
「いいですよ。明星先輩に任せます」
「……普通に静さん、でいいのよ? 同年代に苗字で呼ばれるの、慣れてないし」
「それはハードルが高すぎるので却下で」
そういえば、彼女の名前は
先生に「明星さん」と呼ばれていたし、バンドメンバーからは「静ちゃん」と呼ばれていたし。
まぁ、そんなことは今はどうでもいいかもしれない。
「ふふ、まぁそれもそうね……。それで曲についてだけど、Genesisの「invisible touch」弾ける?」
「フィル・コリンズがいたバンドの曲ですね。母さんが好きでよく聞いてました。弾けますよ」
Genesis。70年代はシアトリカルなプログレバンドとしてその地位を築いたバンド。今じゃ5大プログレバンドの一角に数えられてる。
邦題「眩惑のブロードウェイ」を最後にボーカルのピーター・ガブリエル、そして「静寂の嵐」の後にスティーブ・ハケットが脱退してからはポップスの道を爆進した。
故に80年代以降のバンドの方針はファンの間で意見が分かれることこの上ないけど、俺はあのどこまでも明るく、希望に満ちた感じのGenesisは好きだ。だからそれ故によくコピーもした。
もちろんプログレ期のあの演劇チックな感じも味があって大好きだけど。
「じゃあ、始めましょうか。ボーカルはどっちが取る?」
「できれば明星先輩で。俺、自分の歌声に自信ないので」
「……あら、そうなの。そっか、わかったわ。じゃあ、行くわね」
ワン、ツー、スリー、フォーと彼女はリズムを取って、ギターで最初のイントロの部分、invisible touchにおいて代表的なフレーズを繰り返し弾いていく。俺が入りやすくしてくれてるのか。
4回くらい彼女がフレーズを繰り返した後、俺も後を追うようにして入る。何度コピーしたかわからないキーボードのパートをなぞっていく。
イントロの部分はギターのフレーズとそこまで変わらない。(多少の差異はあるけど)だから、似た音を重ねているにすぎないんだけど、
音を合わせた時、世界が明らかに変わった。
頭の奥でカチッ、と音がしたような感じがした次の瞬間、全身から鳥肌が立つ。
あ、これ、アレだ。
みんなと音を合わせた時の言い知れぬ快感ってやつだ。
家族が皆バンドの楽器を弾けるから一緒に音を合わせたことはあるんだけど、それとはまた、何かが違う。
というか、何もかもが違う。
なんだろう。この高揚感。合わせてる人数はたったの2人だけなのに、どうしてこんなに感情が昂るんだろう。
そこで、親父がよく、「友達と音を合わせた時、それは1+1=2どころじゃなくて、3にも4以上にもなる」って言ってたのを思い出す。
きっと、そういうことだ。これは。
彼女はニコッと僕に向かって微笑み、「次、歌うよ」と声をかける。
そして、彼女は歌い始める。それはとても綺麗な声で、澄んだ声だった。
元々この曲はめちゃくちゃ明るいラブソングだ。「恋に落ちちゃった」みたいな歌詞を明るく楽しげに歌う。
フィルコリンズのボーカル自体が元々高音域なのもあって、女性にはとても歌いやすい曲なんじゃないかって思う。
まぁそれとは別にしても、明星先輩の声ははっきりとして、澄んでいて、余分な力がどこにもなくて。
とにかく、「すげーうまい」の一言に尽きる。
さっき、バンドで歌っていたのは彼女じゃない、別の人だった。
どうして、こんなに上手いのに歌わないんだろう、なんて疑問に思うくらい、彼女の声は存在感があった。
一通り彼女が歌い終わると、短い間奏に入る。
この曲の間奏はキーボードがメインだ。この旋律が中々に難しくて、拙くも弾けるようになるまで結構苦心した記憶があるけど、
今回はつっかえることなく、流暢に弾き切れた。
多分、自分の中にあるこの高揚感と、緊張感かな? きっとその二つがこんなにうまく弾かせてくれてるのかもしれない。
割とその時の感情って、楽器を弾く上では侮れないものだ。音は正直で、その時の奏者の感情をストレートに表すから。
そして、フェードアウトの部分を適当に合わせて弾き終える。
高揚感と爽快感を伴った気持ちそのままに、彼女の方を向く。
その時の彼女の表情は、とても穏やかだったけど、
どこか晴れやかな表情でもあった。
「っ……ふふっ」
「あ……」
お互い、言葉を交わすことはなかったけど、彼女の微笑みにつられて、俺まで笑みが溢れてくる。
彼女も少しは楽しめたのだろうか、なんて考える。
ふふ、親父があんなに友達とのセッションの魅力について語ってたのが、なんとなくわかったような気がするや。
だって一緒に楽しんでもらえたことが、こんなにも嬉しいんだから、さ。
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