俺たちの音楽を、洋楽と共に

二郎マコト

第1話 この曲のタイトルを、君は知っていた。

「ねぇ、『brains』の新しいアルバム、聞いた?」

「聴いた聴いた! カッコ良かったよねー。特に『プリズムカラー』って曲がエモくなかった?」


 放課後、軽音部と思しき3人組の女子が、楽器を片手に今流行りのバンドについて語っている。

 バンド名だけなら聴いたことがある。確かヒット曲もいくつか持ってるグループだったはずだ。最近の曲に疎い俺でも、何曲か知っている曲がある、くらいには有名だ。


「そうそう! MVも出てたよねあの曲。映像と曲がマッチしてたし、曲自体もノれるし最高だよね。あー、早くバンドスコア出ないかなぁ……。みんなでコピーしたいなぁ」

「まぁ、今は7月のライブに向けて練習してる曲があるから、それが済んでからになるけどね。芽衣子、新しい曲に夢中になるのもいいけど……」

「わかってるよ、今の曲に集中、でしょ? 別にいいじゃんか好きな曲が新しくできるくらいさー」


 わいわい、きゃあきゃあと好きな音楽について心から語り合える姿は、正直羨ましいと思ってしまう。


 まぁ、確かに俺は最近の曲には疎いけど、それなりに好きな曲もある、つもりだ。よくTVに出てくる歌謡曲なんかもいいと思うものもあるし、友達から勧められる曲も「いいな」と思える曲もいくつかあったりする。


 でも、本当に自分が『心震えた』曲達は別にある。

 それを語り合える仲間に会うために、高校では軽音部に入った、けど。


 結局そんな変わった奴には中々巡り会えず、誰もいなくなった空き教室で、アコギを1人で弾くに至っている。


「……みんな、第二音楽室、空いたわよ。早く練習しに行きましょう。1グループ40分しか使えないんだから」

「あ、ありがと静ちゃん。さ、みんな行こっか!」


 静、と呼ばれた、落ち着いたような雰囲気を纏った女性がドアを開けて女の子達を呼び出す。

 談笑していた騒がしさそのままに、女子達は外へと出ていった。


 教室には、静寂が訪れる。


「……さて、漸く誰もいなくなった、な」


 そんな言葉を一つ、呟いて、軽くギターのチューニングを始める。

 本当は人の目を気にせず弾いても良かったんだけど、彼女達の楽しい雰囲気を壊したくなかったので、止めた。


 寝たふりかましていたからか、あの人たちも俺の存在をそこまで気にしてなかったっぽいし尚更だ。


「今日は……あの曲でいいか。アコギのパートあるし、ちょうどいいや」


 コン、コン。と軽くギターを叩いてリズムを取る。そして、弾き始める。


 弾く曲はLed Zeppelinの「Stairway To Heaven」

 俺のお気に入りの曲の一つだ……ってかこのバンドの代表曲、知る人ぞ知る往年の名曲だろう。


 そう。俺こと、音無御門おとなしみかどは、ちょっと古めの洋楽が好きだ。Beatlesとか、Totoとか、60〜80年代あたりのロックが大好きだ。

 高校に入ったら、そんなバンドのコピーバンド組んだり、オリジナル曲を作ったりするのが夢だった……けど、


 現実はそんなに甘くなかった。


 そもそも世代的にそんな古いバンドの曲をコピーしようなんて酔狂な連中はそうそういるもんじゃないし、知ってる奴も限られてくる。


 俺はその時点で異端児だった訳だ。更に、俺が元々口下手、コミュ症だったのもあいまって軽音部じゃバンドの一つも組めず隅っこにあぶれてしまった。


 ……一応言っておくと、ちゃんと友達はいる。掛け持ちしている囲碁・将棋部には別の趣味で意気投合した奴らが少ないけどいるし、別に完全に学校で孤立しきったわけではない、けど。


 本来高校の課外活動では、音楽一筋でやっていこうと思ってただけに、何か、寂しいものを感じるだけだ。


 ……なんて考えてても、虚しいだけだな。演奏に集中しよう。


 この曲は序中盤の柔らかい曲調も勿論いいけど、終盤のダイナミックな展開が一番の聴きどころだ。

 そんな曲の魅力に浸かりきったように演奏してるうちにさっきのモヤモヤも取れてきて、すっかりどっぷり演奏しきってしまった。

 

 そして、意識が現実に引き戻される。気付くと、教室を一つ隔てた第二音楽室からちょこっとバンドが演奏する音が聞こえる。おそらく、さっきの女子達が演奏しているのだろう。


 第一音楽室は普段管弦楽部が使っているため(うちの管弦楽部は全国区の強豪らしい)、軽音部は第二音楽室を部室として使っている。けど、第一音楽室より防音機能が優れていない故に、ちょろっと音が漏れる。


 そこから聞こえてくる演奏。中々に纏まった、いい音が聞こえてくる――――――。ボーカルのうまさも中々だ。でも、中でもとりわけ、


「リズムギター、上手いな」


 リードギターをより際立たせるように、しっかりとしたリズムを刻むリズムギターの音色が印象に残る。


 そういえば一個上の先輩達のバンドに、この学校じゃトップクラスの演奏力のあるガールズバンドがあると小耳に挟んだことがある。おそらく今、演奏してるのはその人達だろう。けど、


「あんまり関係ないのかも、な。俺にはさ」


 バンド仲間はおろか、部内に友達の1人もいない俺にはあまり縁のない人達だろう。

 そう割り切って、また、自分の世界に没頭する。


 自分の引き出しから弾ける曲を引っ張り出して、いくつか弾いていく。どれもこれも60〜80年の名グループが生み出した珠玉の名曲達のギターアレンジ、またはコピーだ。


 ふと気付くと、最初に曲を弾き始めてから既に50分が経過していた。日は既に傾き始めている。最後に一曲弾いて終わろうか。


 そう思って、とある曲の最後のギターリフを弾き始める。この曲は最後の締めのリフが超秀逸だから。今日はそこだけ弾きたい気分だった。


 これは、アメリカのバンド、eaglesが生み出した大ヒット曲。哀愁漂う楽曲で、『夕焼けの誰もいない教室』なんてシチュエーションにはぴったりなんじゃ、なんて個人的には思う。

 本当はエレキで弾きたかったけど、そんな贅沢も言ってらんない。


 そう、その名も――――――


「Hotel California……」


 そう、教室のドア付近から声が聞こえる。

 一瞬、手が止まる。女性の声だ。

 それも、俺と同じ高校生くらいの。


 ちょっとびっくりして、後ろを振り返る。そこにいたのは、


 長い黒髪に、落ち着いた顔立ち。「クールビューティー」という言葉がよく似合う女の子。


 それは、さっき「静」と呼ばれていた、ギターを持った女の子だった。

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