第4話・可愛い継子
「おかあさま」
「ノア。おはよう」
翌朝。食堂に向かえば、先に席に付いていた息子のノアが待っていた。ノアは今、六歳。アントンによく似た容姿をしていて黒髪に黒い瞳をした、素直ないい子。私にとって天使のような子だ。
ノアと私は継子と継母の仲だけど関係は良好。使用人達からは仲の良い親子というよりも、年の離れた姉と弟のようだと言われてきた。
「おとうさま、きのう、かえってきたんでしょう?」
「お仕事が忙しいみたい。すぐに宮殿に向かわれてしまったわ」
「そう……」
ノアは少しガッカリした様子をみせた。無理もないと思う。まだまだ親が恋しい年なのにアントンはノアに会いたがらなかった。なぜならアントンの先妻は、ノアを産んですぐに儚く亡くなってしまったそうで、ノアを見るとその時のことを思い出して辛くなるのでしょうと、古参の使用人が言っていた。
ノアの実母は、アントンの幼馴染でお互い想いあっていたようだから、尚更、アントンは居たたまれない思いがするらしい。別に彼はノアに無関心なのではないと思う。
私がノアと仲良くやっていると執事にでも聞いたのか、私達の間で何度もノアのことが話題に上るし、いつも最後には彼からノアのことを頼むと言われてもいた。でもこの先、もう彼に頼まれることもないんだろうな。と、思ったら胸がちくりと痛んだ。
「おかあさま。きょうはね、もりにピクニックにいくんだよ」
「まあ、森にピクニック? いいわね」
「おかあさまもいっしょにくる?」
ノアの弾んだ声にこれからのことを思うと憂鬱になる。ノアにも昨日、アントンから言われたことを言うべきなのは分かっている。いつかは彼にも知れてしまうことだし。でも、そうは思ってもなかなか伝えにくいもの。どうしたらいいの?
「おかあさま? どうしたの?」
「何でもないのよ。ノア。私も一緒にいくわ。ピクニック連れて行って」
「わあい。うれしい。おかあさまとピクニック」
「ノア」
笑顔のノアを見ていたら、泣けてきそうになって慌てて目下を拭った。彼にいきなり離婚の事を告げるのは気が引けた。もう少し後でいいよね?
「おかあさま?」
「ノアに誘われて嬉しいの。嬉しくて涙が出ちゃった……」
「おかしなおかあさま」
「フッフフ。可笑しいよね」
ノアの顔を見ていたら、嫁いできた三年間のことが思い出された。私はバイス男爵家の娘でしかも末娘。三男六女の子沢山の家庭だった。幸いなことに実家には借金はなく、他の低位貴族達よりはいい暮らしが送れてきたのは両親のおかげ。
三番目の兄が養子に行き、五番目の姉が嫁いだ後にしばらくして私に縁談話が回ってきた。この国の貴族の結婚と言えば大体、男性が十八歳、女性が十六歳までに婚姻するのが自然の流れの中で、当時、十八歳だった私は貴族社会では行き遅れとされる年齢だった。
私は姉妹の中で器量良しでもなかったから、このままいけば中年男性の誰かの後妻になるか、生涯嫁ぐこともなく終えるのだろうと考えていた。
もし、そうなら男爵家の所有のどこかの土地に小さな屋敷でも建ててもらって、ひっそりと暮らしてもいいかな。なんて思っていた。
そこへ都合よく後妻の話が持ち上がり、お相手の男性には三つになるお子さんがいると聞かされて「ああ、やっぱり」と、思っていたのだけど、お相手の男性が思ったよりも若く、しかも若い貴族女性の間で時々、話題に上る人気者の近衛隊総隊長さまと聞いて腰を抜かすほどに驚いた。
五番目の姉が嫁いだ御方の口利きだったから、こちらとしては断る事もできず、とりあえずお会いしてみたら、思いのほか好印象で話はトントン拍子に纏まり、気がつけば私はアントンの妻に納まっていた。
それからの三年間はあっという間で、とても幸せだった。夫は優しかったし、ノアは私にすぐに懐いてくれた。アントンはノアを避けていたけど、私が一緒ならノアにも声をかける事は増えてきたし、気にかけるようになってきたというのに。
私がこの家を出てしまったなら、ノアは一体どうなってしまうのだろう。心配でしかたない。
「じゃあ、おかあさま。さきにしたくしてるね」
悩んでいたら食事の手が止まっていた。ノアはすでに食事を終えていたらしく明るく席を立つ。
「分かったわ。支度が出来たら迎えに来て。部屋で待っているから」
「うん」
ノアが侍女に連れられて退出して行くと、私は食事を続ける気にならなくて食堂から出る事にした。
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