桜の魔女と三人の孤児
縹麓宵
第1話 桜の魔女、孤児を拾う。
時は、
「少年達」
深い深い森の奥の、更にその奥。空から逃れようとするかのように
「何してるの、少年達」
「おねーさん誰?」
口を開いたのは金髪の子だった。
「あぁ、噂の魔女ですか」
「本当に
続いて、茶髪の子と黒髪の子が続けざまに──訊ねるというよりは確かめるような口調で言った。答えを盗られてしまった彼女は面食らった。
彼女は、その噂自体は知っていた。瑠璃王国に棲む桜の魔女。その住処は、
その桜の魔女は、別に人間なんて食べないし、何も食べなくても生きていけるし、とぼやいていた。とはいえ噂は噂だ、きっとこの子供たちも怖がるだろう、足を滑らせて沼に落ちでもしたら堪ったものじゃない、なんて考えていた魔女にとっては、そんな素振りなど欠片も見せない少年達に
「えー……それで、何してるのかな、君達……」
「おねーさん、この沼の魔女なんでしょ?」
ただ、不意に、地面についてしまうほど長いマントの裾を、金髪の子がねだるように掴んだ。きょとんと彼女が彼を見つめ返すと、もう一人の茶髪の子も彼女のマントの裾を引っ張った。そのまま沼を指さす。
「俺達のトモダチ、イケニエにされちゃったんだ。返してよ」
そして、その言葉に彼女の表情は凍り付く。もう一人、無表情の黒髪の少年は、弱ったように眉を八の字にし、彼女を見上げた。
「この沼の魔女なんでしょう。返してください。大事なトモダチなんだ」
二番目の王子が即位して二年、瑠璃王国の争乱が徐々に落ち着きつつある理由は、生贄を投じたからだとの噂もあった。瑠璃王国に古くから伝わる、生贄を捧げれば願いを叶えてくれるという沼。そこへ、新王自ら赴き、生贄を捧げると共に願ったからだと。
少年達がずっと覗いていたのはその沼だった。魔女は表情を曇らせた。わざわざ危険を冒してまでしてこんな場所へ来た彼等は、きっと生贄の意味もまともに理解できずに、沼の前で友達の帰りを待とうとしたのだろう。いや、もしかしたら、年齢不相応に
現実は、少年達の認識している通りだ。あの日やってきた子供のことだろう、と魔女は思い出す。誰も訪れないはずのこの場所に、あろうことか王がやってきたかと思えば、子供を一人、鍋に具でも入れるかのような素振りで投げ入れていった。そうして、あの幼子は、ただ死んだ。何の意味もなく、価値もなく、意義もなく、沼に生贄を捧げれば桜の魔女が願いを叶えてくれるなどという、ただの伝説か慣習か願望に殺されてしまった。
「ごめんね、君達の友達は返せないの」
「どうして?」
「もうお願いごとを聞いてあげちゃったから」
そんな現実を、少年達に伝える気にはなれなかった。代わりに、彼女はそっと両手を二人の少年の頭に載せた。少年達は彼女を見上げる。彼女を警戒するように近寄ろうとしない黒髪の少年も揃って、「お願いって何?」とその六つの目が訊ねていた。
「君達を守ってあげてほしい、ってお願い」
何の資源もなく、他国から見れば領土拡大以上の旨味はない、ただ枯れた大地が広がるような貧しい瑠璃王国。新王は即位後僅か二年にして賢君と名高い、それにも関わらずこの沼へ生贄を捧げるなどという行為に出たのは、藁にも縋る思いだったのかもしれない。ただ在るだけでは早晩滅びるこの国で生まれた子供は、貴族でさえいつ死ぬか分からない。だから、この少年達が生き続けるためには、この国で上を目指すしかない。
「だから、君達は偉くなりなさい」
その少年達は、やがてその名を隣国にまで知らしめる英雄となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます