第16話 本当②
そういえばさと食べ終わった犬塚さんが僕に何気なく訪ねて来た。
「どうしてここに来てたの?」
「……あ!」
僕はスマホの時刻を確認する。まぁまだ大丈夫だとは思っていたけれど、既に六時前になっていた。
本来の目的から大幅に脱線し、見失うところだった。ありがとう、犬塚さん。
そして同時に自分の髪を触り始めた。訝しげに犬塚さんは僕のことを見ていた。
「えっと、ヘアアイロンが壊れて、それで」
「あぁ、なるほど」
そう言って多分跳ねてるのであろう髪をチラッと見た。なんとも言えない表情に体が熱くなっていくのを感じる。今きっと顔は紅潮していることだろう。物凄く熱い。
「それで、何を選べばいいのかわからないってことであってるよね?」
「……はい」
言い当てた犬塚さんは悪戯な笑みを浮かべてにっと笑った。清楚よりもこっちの方が断然いい。
鞄にしまってあったスマホを犬塚さんは一度確認して、うんと頷いた後僕に向き直った。
「選びに行こうか」
再び家電コーナーに僕と犬塚さんは向かった。
ほんの数ヶ月前に知り合った僕らがこうして並んでいるのはなんだか不思議な光景だった。
僕の数は先を小さな歩幅で歩く犬塚さん。今日もしっかりと髪が控えめに巻かれていた。
「男の子でヘアアイロンって珍しいよね?」
「そうだね、前使ってたやつも元々は妹のお古だったし」
「妹さんがいるんだ?」
「姉もいるよ、三人兄弟」
「へぇーそうなんだ」
「犬塚さんは?」
「私は、一人だよ。だからちょっと羨ましいなぁ」
言葉通りに羨ましげに僕を見る。いつもと違う表情ばかりでなんだか飽きさせない。
「予算はおいくら?」
「うーん、まぁ壊れて欲しくはないからそこそこ出しても良いかなって思ってる」
「お金大丈夫?」
「もっと食費を切り詰めないと、かな」
「自炊はするの?」
「あんまりしないな、出来る人が羨ましい」
「無茶はしないように」
そう言って犬塚さんはポンっと軽く背中を叩いた。その一瞬でドキリとしてしまうなんて、本当に単純なんだな僕。
そしてお目当てのコーナーに到着する。もう一度見てもやはり種類が多すぎる。解せない。
ふわっと良い香りがする。これなんの香りだろうとぼーっとしてると、犬塚さんが僕の顔を覗いてきた。勿論ジト目で。
「今、変なこと考えてたでしょ?」
「考えてないです本当に!」
「あやしいなぁ、いやらしい目してた」
「いやらしくなんて」
無いと答えようとした時にすっと目の前に一つのヘアアイロンが挟み込まれる。
僕はそれを手に取りマジマジと見つめる。
「どれでもいいんだろうけど、やっぱりお金を出すんだったらそれなりがいいよね。これ、女子に人気だから」
ニコッと笑った犬塚さんにあっさりと負けて、僕は言われるがままにそれをレジへと運んで行ったのだった。
「今日は本当にありがとう」
犬塚さんを駅まで送ると改めてお礼を言われた。僕の方こそわざわざ選んでもらったので合わせてお礼を言った。
「また今度改めてお礼をさせてね」
「これで十分だよ?」
「ダメ、私が貰い逃げするみたいで不公平だから」
それでも折れない犬塚に根負けした僕はまたお願いとだけ言って改札を潜る犬塚さんを見送った。
思わぬことの連続で私も流石に疲れたなぁと窓の外を眺める。でも私なんかより鷹岡くんの方が疲れたと思うから、疲れたなんて思わないようにしよう。
門限の時間はとっくに過ぎて例の如く母親からは鬼のようなメッセージが溜まっていた。
いつものことだけど、どうしようもなくて溜息だけが零れていく。幸せなんて溜息をつくたび私の中から出て行っている気がする。
それでも今日は少しだけ、ほんの少しだけ良いことがあった。
「今の犬塚さんが本当の犬塚さんなら、僕は本当の友達になれそうだ」
頭の中で反芻する。そして良く噛み砕いて飲み込んで私の中に落としていく。自然と体がポカポカしていく気がした。だから、私は今日もう少しだけ頑張れそうだ。
「お礼は何にしよう」
ポツリと呟き目を閉じる。最寄り駅まで私はただそれだけを考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます