第13話 梅雨

 雨のせいで髪が跳ねる。僕は朝から唸りまくった髪たちと格闘していた。


 幸か不幸か、僕は毛量が多く、父さんもそして祖父もよくこの時期は髪と闘っていたよと語っていた。 


 薄い事で悩まされる事はなさそうだが、この時期だけはどうしても頂けない。


 清潔感は男にとって一番の要素だよ。


 そう言われて育って来た僕は身なりだけはしっかりしようと心がけていた。だからどうしても、今日の髪型は絶対にダメだ。ダメな気がする。


 水で濡らしただけではやはり僕の髪には勝てない。そう思った僕はとある最終兵器を取り出した。


「出てこいヘアアイロン!」


 梅雨時期の髪に悩まされていた僕を見かねた、なぎさがお古を僕にくれた。そして跳ねない様にレクチャーまでしてくれて、お兄さん大感激でした。


 なぎさに教わった通りにヘアアイロンで真っ直ぐにしていく。


 順調順調、順調?


 あれ?おかしい、熱が来ない。どこかに不調がないか探した僕は唖然とした。コードが既に御臨終なさっている事に。


 ここまで来たのに!?そりゃないよ!と一人で突っ込んだけど誰も返してくれないのが寂しいところ。


「買わなきゃいけないなぁ」


 一度財布の中身を確認して絶句する。仕方ない必要経費だ。


 そして僕は少し歪な髪型で登校することになったのだ。



「おいおい!鷹岡よ!どうした、その髪は!」


「ちょ、声が大きいよ!」


 今日は珍しく出席していた魚住が僕に会うなり開口一番こう言った。


「手入れしないとこうなるんだ」


「ふむ、いつもは手入れしてるんだな?」


「まぁ、この梅雨時期はね?髪がどうしても跳ねちゃって」


「なかなか粋な髪型だなぁ、鷹岡」


「貶してるよね、それ」


「貶してるな!」


 そう思ったら思ったでなんだか皆んなに見られている気がして、背中にじんわりと汗をかく。


 二人席の隅の方で座っていた僕はみんなの事を見る。


 服装がすっかり夏仕様になってきて、夏の訪れを感じされる。梅雨の知らせはまだ届いていないが、この分だと近日中に発表がある気がする。


 昨日も雨だったし、明日もどうやら雨だから。


 そう思うと僕は今日、絶対にヘアアイロンを買いに行かなければならないのではと思いつく。


 確かにそうだ。明日は一限から授業があるし、買ってからなんて当然出来ない。そうだ、買い物に行こう。今日は講義が終わったら直ぐに買いに行こうと決意する。

 

 今日は比較的早めに到着していたから講義まで少し時間があった。


 気分転換がてら僕は飲み物を買いに校内にあったコンビニへとやって来ていた。


 ここでもやはり人に見られないように下を向きながら歩く。髪を気にしすぎて逆に見られてしまうような気もするが、見られたくない気持ちが勝り頭が痛い人のようになってしまう。


「ねぇねぇ聞いた?神郷くんの話ー?」


 僕の耳にまたしてもダイレクトにその名前が届いてくる。


 目の前にいる女子学生が二人で何かを話しているようだった。名前から察するにあの犬塚さんと一緒にいた神郷の事らしい。


 偶然を装ってそーっと耳をそばだてる。


「神郷くんさ、萌香に振られたらしいよー」


「え!マジー?」


「マジマジ。でもさ、神郷くんが諦められないらしくて今でも執拗に萌香にくっついてるらしいの。ヤバくない???」


「え!ヤバー!」


 なるほど。振られたのか。どんまい神郷。


「それに」


 どうやらまだ話の続きがあるようで、もう一度集中する。


「なんでも、神郷がストーカー気質らしくて、萌香の行くとこ行くとこに現れてるらしいよ。キモくない?」


「え!キモー!!」


 もう一人の学生の語彙力が若干気になったが、それ以上の話は無さそうだった。


 僕は一番安いミネラルウォータを手に取ってレジへと向かった。




 講義が終わった三限目にはもう既に魚住の姿はなく、ぼっちになった。魚住は今日の夜に地下アイドル?のライブがあるとかないとかで消えていった。


 さて。


 僕は時刻と通知を確認し大学を出た。今日は雨ということもあり靴が濡れて気持ちが悪い。歩くたびに靴から水が出てきて変な感じだ。


 猫崎さんにあった隣駅の家電ショップまで行こうかなとも思ったんだけれど、なんせ雨が僕の気持ちを削いでいく。


 こういう日は大人しく用事が終わったら帰ろう。


 僕は下宿先のアパートと大学の間にある大きな商業施設へと足を運ぶ事にした。


 平日と言うこともあり、人が少ない。僕の髪型から言えばラッキーと言わざるを得ない。


 目的のコーナーは二階。そして向かう前に、僕は一度なぎさに送ったメッセージの返事を確認した。


 どうやら返事は来ていたようで急いで確認した。その内容は


「知らない、ググれば?」


 なぎさぁぁぁぁぁぁぁぁー!


 そうなった途端僕は一瞬にして戦闘力を失う。


「どうしようかな」


 言われた通りググってみる。いろんなものがありすぎて僕にはわからないし、これは男子が手軽にかえるものじゃあない気がしてきた。


 そう思うと一瞬にして気持ちが急降下していく。だれか助けてくれ。


「あれ?あれは……?」


 近くの椅子に座っていた僕は遠くに見覚えのある姿を確認する。タイムリー過ぎて少し気持ち悪いが、視界に映ったのは犬塚さんのストーカーに成り下がった神郷だった。


 しかし、どうしてここにいるのだろうか。


 嫌な考えが頭を過っていく。そうであってはほしくはないけど、一人でいる神郷を見るとあながちそんな風に思ってしまう。


 とは言えどうしたものか。僕には何かをする義務も無いし、権利も無い気がする。ただの友人という関係からは逸脱している。


 でも神郷が、もしも彼があり得ないような事をしていたとしたら?


 そんな事は絶対にあり得ない。あり得ないが。


 そう思ったら僕は駆け出していた。


 気のせいで済めば良い。たまたま会っただけを装えば良いのだから。


 いる確率なんて無いに等しい。無いけど走る。靴が濡れて気持ち悪い。髪もボサボサになってしまった、本末転倒だ。


 神郷が向かった方とは反対の方向に走る。人が少なくてよかった。天候も味方して怪しまれる様子がない。


 でも、それは逆に犬塚さんがいたら発見しやすいと言う事。


 家電コーナーから服飾店を横目に、二階の一番奥まで来る。道中それらしい陰はなかった。やっぱりいないんじゃないか?


 神郷はたまたまここに来ていた。ただ、それだけだったのかもしれない。本当にそれならそれがいい。


 止まった瞬間にどっと疲れが出た。地面に座り込んでしまおうかと思ったが流石にそれはまずいので、トイレ近くに置いてあった椅子に腰を掛ける。


 久しぶりに走った。持久走は本当に苦手だった。こんなに苦しい思いをしてまでどうして走るのだろうかと、持久走が好きなやつは本当にマゾだ。もちろん、個人的な意見で。


「……鷹岡くん?」


 ハッと振り向く。まだ息が整っていない。なんなら今日は髪も。ああ最悪だ。でも、それよりも本当に。


「犬塚さん」

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