第5話 ダラは本性
念願の住処を得たアルフレッド達。やはり屋根のある暮らしは別格で、屋内で落ちる眠りというのは比較的上質だ。ただし彼らの家は急ごしらえなので、家具の不足が目立ち、そもそも部屋分けすら無い有様だ。つまり、目覚めればすぐに食卓が見えるという状態なのだ。
「おはようアルフ、シルヴィ。よく眠れた?」
「ベッドくらいは必要だな。あちこちがバッキバキに痛ぇ」
「シルヴィ、まだ眠たいよぉ」
「朝ごはん出来てるから座ってちょうだい」
テーブルに並ぶのは湯気の立ち昇るスープだ。木椀の中には煌びやかな茶褐色に満ちて、丁寧に角切りされたジャガイモや人参が群島のように浮き上がる。その豊かな香りに、シルヴィアは薄めを大きく見開き、鼻を鳴らしてまで息を吸い込んだ。
「うわぁ、お姉ちゃんのスープだ。これ大好き!」
「あら気に入ってくれたの? コンソメスープよ」
「こんどねスープ?」
「コンソメ、よ。さぁ召し上がれ。モコちゃんには少し冷ましたものを用意してあるから」
「ありがたいねぇ。こういう細やかな気遣いは、誰かさんに絶対出来ない事さ」
「うっせぇぞ。朝っぱらから憎まれ口叩いてじゃねぇ」
「はいはい、ケンカしないの。じゃあ食べましょうか」
顔を揃えてのいただきます。食べ物さんありがとうと感謝を込めて、スープを口に運んでいく。
「おいしい! すんどめスープおいしいの!」
「ありがとう。それとコンソメ、だからね」
各々が腹を、特にシルヴィアが心までをも満たす中、部屋の奥でムクリと動く影があった。金色の髪は寝癖で激しく乱れ、スカートも皺だらけ。そこそこに気不味い姿だが臆した風でなく、むしろあくびを撒き散らしながら歩み寄り、食卓の一角で腰を下ろした。
「おはようアシュリー。朝ごはんは?」
「いやぁ、やめときます。あんま食欲ないんで」
「少しくらい食べないと体の毒よ。それに、目も覚めないし」
「じゃあちょっとだけ」
アシュリーは痒くもない頬を掻きつつ、妥協案を受け入れた。それから次に尻の辺りを気にかけた。その椅子は、椅子と呼ぶには無骨すぎるものであり、座り心地に難があるせいだ。丸太を切っただけで、背もたれもクッションも無し。純粋に座るという動作しか許さない、野性味溢れる家具なのだ。
「これケツ痛くなりません? もうちょっとやり方があると思うんですけど」
「はいアシュリー。スープをどうぞ」
「へぇぇ、割と美味そうですね。スプーンあります?」
「ちょっと待ってね。使い終わったのを洗ってくるから」
そんな穏やかな会話が交わされるうち、家主アルフレッドが唐突に叫んだ。
「ってアシュリー、何で当たり前のように混ざってんだ!」
「リアクションおっそ。つっこむポイントはもっと前にありましたけど?」
「あんまりにも馴染んでるから逃しただけだ。つうか何でここに居るんだよ、帰れよ」
「アルフ。彼女の仲間入りは僕が許したんだ。だからこの話はお終いね」
「勝手に受け入れんな、そして終わらせんな。オレは認めてねぇぞ」
「じゃあキミは、豊穣の森で乱れまくった地脈を整えてくれるのかい? なんでも拳で解決する人が、緻密な術式操作を担ってくれる?」
「じゅ、じゅつしきそうさ?」
「うんうん。もう良いよ考えなくって。ともかく彼女の助けは必要さ。翼人族は大方が博識だしね」
「おぉ、私の魅力を分かってくれます? こう見えて魔術知識に関しては世界レベル、失伝した古代技術にも精通し、更には絶世の美女。手元に置いとく以外ありえませんよ」
「よくもまぁペラペラと美辞麗句が並べられるもんだ。最後に自意識過剰も追加しておけ」
そんな経緯から、アシュリーは一応の立場を得た。朝食が済めば仕事とばかりに、彼女はモコに連れられて地脈の調査へと赴いた。
リタも食器の後片付けを始めており、のんびりと座るのはアルフレッド親子だけとなる。
「あぁそうだ。アナタのご飯を忘れてたわね」
リタは思い出したように呟くと、手のひらを天井に向けて掲げた。すると浮遊する黒い物体がフヨフヨと寄り付き、その付近をうろついた。
「おい、今度は何だ! 怪しげなもん呼び出しやがって!」
「何って、この子はツチナマズよ。封印魔法で力を奪い取ったら、こうなったのよ。可愛いでしょ」
「可愛いってお前、バカじゃねぇの? コイツを倒すのにどんだけ苦労したか忘れたのかよ。今すぐにでも処分して庭にでも埋めちまえ」
「おとさん、この子かわいいの。いっしょに遊んでもいい?」
「もちろんだよシルヴィ。今日からキミの素敵な友達さ」
この手のひら返し。臆面もなく切り出せる所に、アルフレッドの『柔軟さ』が実に顕著となったシーンだと言える。
「ねぇシルヴィ。気に入ったなら、ご飯をあげてみる?」
「うんうん。やってみたいの!」
「この子はね、魔力を食べて生きてるのよ。だから、ほんのちょっとだけ放出して、食べさせてあげれば良いわ」
「ほーしゅつって、どうやるの?」
「ええとね、まずは指先に力を集中するの。それから、溜まった力を外にポンっと出すようイメージしてみて」
「えっと、こおぉ?」
シルヴィアは半信半疑になりつつも、その指先に小さな小さな光を生み出した。慣れない事態に動揺を隠せずにいたのだが、ツチナマズが傍まで泳ぎ、光を吸い込んだのを見て彼女も微笑んだ。
「食べたの! いま、ご飯を食べたの!」
「良く出来たわね、凄いじゃない」
「ねぇねぇお姉ちゃん。この子の名前は?」
「そういえば、まだ決めてなかったわね。何がいいかしら」
「えっとねぇ、ううんとね、ペコタンがいい!」
「あらまぁ。腹ペコのペコタンって所かしら。面白い名前だわ」
そんな微笑ましい光景の中、ペコタンでもペンタゴンでもどうだって良いと、アルフレッドは内心つぶやいた。ツチナマズにはすっかり興味を無くし、床張りの寝床でゴロリと横になった。休日の父親としては、ある意味適切なフォームである。
「ねぇアルフ。暇なら家具を作ってもらえるかしら?」
「ダメだ。オレは今、休息するのに忙しい」
「全力で暇じゃないの。家具もそうだし、家だってもうちょっと整えないと。今のままじゃ雨が降ったら大変よ?」
天井を見上げれば、所々から日差しが差し込んでいるのが見える。天窓などという高等な造りではない。単純に屋根を塞ぐ板がずれているだけで、見た目通り雨漏りに悩まされる状態だった。
しかしこの失態を目の当たりにしても、アルフレッドの腰は巨岩よりも重たい。
「あのなぁリタ。オレはこの数ヶ月の間、死ぬほど働いたんだ。追っ手がくれば撃退し、年中周囲に気を配り、更には食事の用意までやってのけた。オレ1人でな」
「まぁ、大変だったとは聞いてるわ」
「オレはもう一生分働いた。だからもう、死ぬまでダラダラ過ごすと決めたから」
「そのセリフを真っ直ぐな瞳で言えちゃうんだから、アナタは大物よね」
「何とでも言えよ。とにかく邪魔すんな」
アルフレッドは両手を投げ出して、天井を見上げた。隙間屋根とか大いに結構。むしろ風流じゃねぇかと、不完全な結果を見て自画自賛に勤しんだ。
そこへフヨフヨと通過するものが見え、彼は小さく笑った。
「なぁペコタン。お前もそう思うよな、働かなくて良いってさ」
「ペコォォ」
「なんだよ、可愛い声してんじゃん。オレからも朝ごはんをくれてやろう」
「ねぇアルフ。あげすぎはちょっと……」
リタの諌める声は少しばかり遅すぎた。既にアルフレッドは手のひらに濃紫の魔力を灯し、魔力の玉を放出した後だ。すかさずペコタンが飲み込むのだが、その体は瞬間的に膨らみ、巨大化してしまう。
「えっ、嘘だろ。どうしたんだ!?」
「どいてアルフ! 悪鬼封陣!」
ある程度予見したが為に、リタの反応は素早かった。慣れた手つきで魔法を発動させてペコタンを無力化、無闇やたらに増大した魔力を奪って大地に変換。そうする事で、ツチナマズは再びペットとしての姿を取り戻すのだった。
「アルフ、言ったでしょ、あげすぎはダメだって」
リタの激しい息遣いが、いかに間一髪であったかを物語る。
「いや、マジで? 軽くやったつもりだが……」
「アナタの魔力は濃すぎるのよ。だからエサやり禁止ね」
「まぁ、別に良いよ。手間が省けて助かるし」
「それとね、急いでお家を建ててちょうだいね」
「あっ、やっぱそうなる?」
歪ながらも新築の拠点は、巨大化したペットによって無残にも破壊されてしまった。屋根も壁も崩れ、ただ床だけが残されるという有様だ。もはや修繕よりも建て直す方が早いほどだ。
さすがのアルフレッドも、この不手際の前では動かざるを得ない。まるで大山が地殻変動でも起こしたかのように、ゆっくりと一歩ずつ踏みしめながら、作業所へと出掛けていった。
「まずは木材の調達か。クソ面倒だ」
「ぶつくさ言わないの。私も手伝ってあげるから」
「家事はどうしたんだよ、リタ?」
「整えるべき家がないんだもの、暇になったわよ」
「そりゃごもっとも」
アルフレッドは伐採に着手した。ダラッとした動きには精細さの欠片もないのだが、愛娘から応援の声を頂戴するなり、にわかに活気づくようになる。
「おとさん、すごぉい!」
「ワッショイワッショイ、よっこらしょお!」
「確かに凄いわね、ここまで面倒なのに扱いやすい人って、中々いないわ」
みるみるうちに積み上がる丸太。続けて岩石に粘土、綿花の束でも山が出来た。物が揃えば建築だ。別に日曜大工さながらの動きは求められず、比較的単純な魔法で事足りるのだ。
「それじゃあ昨日と同じ様に建てちゃいましょ」
「またアレやんのか……」
「他に手段がないもの、仕方ないじゃない」
2人は手を握りあい、虚空に指先を向けた。リタが幾何学的な術式を描き、アルフレッドが魔力を注入する。役割を分担した上での建築だ。簡素な魔法であれば、互いに魔力を融通しながらの発動も可能とされており、前回はそのようにした。
アルフレッドが渋面を作るのは、身体を密着させるからではない。理由は別の所にある。
「あぁ良い、良いわ、今日もステキよその魔力。身体の底からウズウズしちゃう」
「変な声出すな! 気が散るだろ!」
始終こんな様子なので、結果は芳しくなかった。
「んん〜〜、また屋根が歪んじゃったわねぇ」
「誰のせいだよオイ」
「やり直しましょ。今度はギュッて抱きしめてくれたら、上手くいくかもよ?」
「シレッと嘘つくなよ、ホラもう一度だ」
「アナタってば冗談が通じそうだけど全然ダメよね」
それからも作業は続けられた。建てては崩し、崩しては建てる。そうして何度目かのチャレンジを終えた頃、ようやく一般レベルの成果が実現されるのだった。
「うん、うん。良い感じじゃない。これなら快適に過ごせるかしら」
飾り気はないが、造りは機能的だ。玄関を開ければ広々としたダイニングキッチン。水場もヒノキの管を地下水脈と接続する事により、僅かばかりの魔力で水を汲み上げることが出来る。下水も管を別にして完備。他にも細かなこだわりが随所に盛り込まれており、料理が捗る事請け合いだ。全てはリタの要望である。
「部屋数も十分ね。少し造りすぎたかしら?」
「だから言ったろうが、ちょっと多くないかって」
「まぁ良いじゃない。今後家族が増える可能性もあることだし」
「そんな計画は未来永劫、無い」
1階にアルフレッド親子の部屋、隣がモコで、端は空き部屋。そして2階には大小の空き部屋が4つ。物置に使うとしても過剰な数だと言えた。
しかしシルヴィアのウケは上々だ。特に各部屋に備え付けられたベッドは高品質で、マットレスには贅沢なまでに綿が詰め込まれている。その弾力は、上でポンポン飛び跳ねる愛娘の動きからも明らかだった。
「頑張った甲斐があったわね、お疲れ様」
「はぁしんど……今日はもう動きたくねぇわ」
アルフレッドは揺れるマットレスの上で横になった。それからはシルヴィアが飛び跳ねるのを片手で制し、隣に寝かせるとくすぐり始めた。そこでまたキャッキャと騒がしくなるのだが、指先だけで相手ができるので、お休みモードの時にはうってつけだ。
横になるうち、ウトウトとした眠気が押し寄せてきた。しかしそれも、新たな騒がしさによって打ち破られる。
「ただいまでっす! いつの間にやら豪勢な家ができてますね!」
「またうっせぇのが来やがった。お前の部屋は2階だぞ、さっさと行け」
アシュリーは丸く眼を剥くと、アルフレッドの背中に熱い視線を送った。そして頬を綻ばせるのだが、笑顔で留まらず、含みのあるものへと変貌した。
「いやぁ、個室をいただけるのは有り難いですけどねぇ。それは遠慮しときます」
「あらアシュリー。仲間に加わるんじゃなかったの?」
「いえね、部屋が無ければ、毎日アルフと一緒に寝られるかなぁって思ったり」
「あら良いわね、私もそうしようかしら」
「ちょい待ち! 今のはアシュリーちゃんの高次元な頭脳が弾き出した名案なんですけど!」
「聞こえないわ。やったもん勝ちよ」
「この女狐ェ……小狡さだけは天下一ですね!」
「さぁアルフ。一緒に甘美な夢の世界へ行きましょうね〜〜」
「させませんよ、価値ある一晩目はアタシのもんですから!」
強引に寄り添うリタ、それを引っ剥がそうとするアシュリー。攻防は拮抗するのだが、いかんせん騒がし過ぎた。その為に両者とも主人からデコピンを頂戴し、つまみ出されて終わった。余談だがこれと似た光景は、割と日常的なレベルで頻発する事になる。
安住の地を得て自宅まで構えたアルフレッド。しかし愛娘との安らかなる日々は、そしてダラりと過ごす暮らしは、いまだ遠い世界の話なのであった。
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