第36話 ピース

信濃大町に出張した。

打ち合わせも無事終了し、17時13分発の各駅停車に乗り松本へ向かった。

車窓からは、夕暮れの北アルプスが春の訪れを妨げるかのように白い姿を見せている。


30分ほど経ち、穂高駅を過ぎた頃だった。

けたたましい警笛が鳴ったとたん急ブレーキ、そしてドーン!!ガリガリ!!

「おおっ!!! なにしたんだ!?」

「白い車がはね飛ばされんの 見えっけ!」

「ありゃー 踏切事故だべ」

同行した営業の星川君が窓から顔を出し後方を見ている。

どうやら踏切の中で止まった車と衝突したようである。

「踏切事故が発生しました 状況を調査していますので しばらく停車します」

車掌のアナウンスがひきつっている。

しばらくするとパトカーが到着し現場検証が始まった。

懐中電灯を持ったJRの保安員らしい人達が、電車の下を覗き込んでいる。

すでに、30分以上停車したままである。

「ただいま 現場検証をしています しばらくお待ち下さい」

また、車掌のアナウンスがあった。


「なんだが 時間かがる みだいだずね...」星川君が呟くように言った。

「こまたねー 会食の時間に まにあわねべずは」

その夜は、松本市で大事なお客さんと会食の予定になっていたのである。


踏切事故で停車してから、1時間以上が過ぎてしまった。

既に、外は真っ暗になっている。

現場検証のパトカーも帰ったのに一体どうなっているんだと思っていると、突然車内の照明が消えてしまった。

「ただいまクレーン車で衝突した車両を片づけていますので 送電が止まりました」イライラさせる車掌の声が響く。

「危険ですから 絶対外に出ないで下さい ただいまからドアに鍵をかけます」

完全に缶詰状態となった。


乗客たちは、暗くなった車内でジッと待つしかないのである。

「見通しぐらいは 説明してくれないと困るよね」隣に座った女性が、同意を求めるように話しかける。

「ほんてだずね 事故は しょねべげんと 対応わるいずね」

「どちらまで お帰りなんですか?」

「山形まで んぐんだげど きょうは松本さ泊まるんだっす」

山形弁で返事をしたが、全く気にとめる様子もなく通じる。

話を聞くと、会社に山形出身者が数人いるので聞き慣れているのだそうだ。

長野県でも、山形弁を広めようと努力している人達のいることに感動する。


時計を見ると20時を少しまわっている。

事故が起きてから3時間近く経つのに、いっこうに動き出す気配がない。

外を見ると、テレビクルーが来て取材をしているところであった。

破損した先頭車両を撮影した後、窓越しに乗客へカメラを向けはじめた。

睨み付けてやろうと思ったが、照明を浴びカメラを向けられると、ついニコニコしてしまい手を振ってしまった。

星川君はピースまでしている。


愛想が良いのは営業担当の性なのか....こんな姿がTVニュースに出ないことを祈るばかりであった。

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