第19話 気配り

部下の結婚披露宴に招待され出席した。

祝辞を頼まれたので、何を言おうか考えたのであるが、今回に限って言葉が見つからない。

多いときは年に十回以上も祝辞を述べているので、多少の慣れもあり困ることは無かったのであるが、今回は言葉が出てこない。

新郎が52歳、新婦は45歳、両人とも初婚などという披露宴を経験したことが無いからなのだろうか。

もうすぐ開宴だと言うのに頭の中は真空状態なのである。


会場は農協会館、ロビーでは招待された人々が談笑しているのだが、なぜか静かなムードが漂っている。

「ほんて いがったずね~」

「んだのよ 親もなぐなてがら 一人暮らし しったっけみだいだし」

「会社さ コンビニ弁当持ってくるんだっけず...」

「こんどは んまえもの 食いべした」

「子供でぎっべがね」

「むずかすいべなぁ」

「だいじょぶだべ おらえのバンチャも 45で俺ば産んだんだがら」

「おぉぉ おまえのバンチャ元気だずね~」

普段の披露宴なら若い人達で賑やかになるのだが、新郎新婦の友人たちは既に中年になってしまい、アダルトな雰囲気である。

振り袖姿の若い女性など一人も居ない。


全員が席に着き披露宴が始まった。

(あぁぁ どうしようどうしよう....)

「新郎の勤め先・・・・の上司・・・・部長からご祝辞を賜りたいと思います」

司会に紹介されてしまい、もう逃げ出せない。

覚悟を決め新婦のそばにあるマイクに向かう。

「新郎の健一君、新婦の...新婦の...」

(まずい! 新婦の名前が出てこない! えーと えーと...)

焦れば焦るほど頭の中は真っ白になってくる。

と、その時。

「わたし美子と言います みなさんどうぞよろしく」


その一言で会場は一瞬にして和やかになり、何とか祝辞も終えることができたのだが、年を重ねた新婦の気配りにはとても感心したのであった。

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