十六夜ー2.
星を見ていた。
8月の最終週。その日は抜けるような青空で、僕たちが行く山梨県も快晴の予報だった。軽装どころか、普段のデートと同じ装備で山道を車で駆け上る。繰り返し教えたので、渚は真冬の服も持参していた。コートとニットだけだが間に合うだろう。嬉しいことに渚はあの白いスカートを穿いて待ち合わせに現れた。ジーンズはリュックに入れてあると言う。一通りの冬装備はリュックに詰めて、今は車のラゲッジスペースに置いてある。泊りと言うことで、星空観察に間に合えばいいと思ったが、高原の避暑地でもあるし、午後から散策に歩くのも悪くない。翌日はゆっくり起きて、帰って来ればいい。
「山梨県なの?」
「そーそー。有名なのは清里だけどね、あそこ混むんだ」
「清里って、ペンションがあるところ?」
「短パンを穿いた付け焼刃レディが出るところ」
「何それ?」
「そう言う歌があるんだ」
「何時に着くのかな?」
「一応、午後3時には着くようにする」
「どうして?」
「一応は避暑地だからな、ハイキングコースもあるんだ」
「山登りするの?」
「うんにゃ、普通の散歩道だよ。多少のアップダウンはあるけど」
「清里じゃないんだ」
「混むし、車で来る人が多いからヘッドライトが邪魔で邪魔で」
「今から行く山は大丈夫なの?」
「今の時期、もう誰もいないさ」
「どうして?避暑地なんでしょ」
「避暑を通り越して寒い。有名でもないし」
「ふ~ん・・・」
僕は諏訪南で高速から下りて、テクノ街道から国道20号線を目指す。このルートが一番簡単だ。途中から山への案内板が出てくるので従えばいい。昔は無かったシャトルバスがあるようだがシーズンオフだ。便数はかなり減っている。峠まで車で登るなら、国道20号から入った方が分かりやすい。
相変わらず道が悪い。この山には何度も来た。最初のうちはバスと電車で。その後、仲間が免許を取って車で来た。僕自身も自分の運転で来たことがある。当時乗っていた、そして今日借りてきた4WD車は頼もしく、舗装されていない道路をゴリゴリと蹴とばしながら進む。実は峠から先にも道は続き、つまりは反対側からも入ってこれるのだが、あの道はちょっと魅力的過ぎて困る。僕が登っているのはかなり荒れていて、岩盤がところどころに顔を出す悪路。反対側はガードレールこそ無いものの、平坦なダートになっていて、4WD車で車をドリフトさせて遊ぶと楽しい。渚を横に乗せてそんな走りはしないが。
峠にある民宿の駐車場に車を入れたのが15:00過ぎだった。駐車料金は1日4千円とかなり高額(ボリ過ぎだ)だが、宿泊者なら無料になる。キャンプ初心者の僕と渚がひと晩生き残れるような山ではない。素直に民宿に部屋を取った。シーズンになると部屋も取れないのだが、8月の終わりはかなりのマニアじゃないとこの山には来ない。
僕は天文部の合宿でこの山を知り、その季節が夏の終わりだっただけだ。一番人気の季節は梅雨の終わりごろらしいが、星を見るならいつだっていい。この山は上手い具合に南天に開いていて、市街地の光害も無いスポットがあるのだ。
車から荷物を下ろし、目の前に見える古びた2階建ての建物に向かう。小さな民宿になっていて、土産品も売っている。ここで土産を買う酔狂な客は滅多にいないが。
店先から奥に向かうと食堂になっている。ここで駐車場料金や宿泊の手続きをする。来るたびに同じオヤジさんが隅のテーブルで頑張っている。
「おっちゃん、また来たよ」
オヤジさんはしばらく中空に視線を迷わせて、僕を思い出したようだ。
「おー、あんたかぁ。久しぶりだなぁ」
「もう10年は来てないからね」
「んー?前に来た時のお連れさんはこんな別嬪さんだったかぁ?」
黙れジジィ。
「前にも来たことがあるんだよね?」
「そりゃ、若い頃は毎年来てたし」
僕はひやひやしていた。さっき、オヤジさんが特大の地雷を放り投げたからだ。
「で、前に来たお連れさんって?」
あ、渚がクトゥルフ神になろうとしている。探せ探せ、言い訳を探せ。
「先輩のことだよ、天文部の。二人きりで来るわけ無いじゃんか」
「本当~?」
「ホントだってば。先輩つったって、大人になればバンガロー宿泊は嫌がるから」
「ほ~んで?」
「だから、数人で来ても、その年によってココだったりバンガローだったりで」
「信じた」
「あと、先輩は普通の人だった」
「私わぁ?私わぁ?普通じゃないのぉ?」
「渚は綺麗じゃないか。特別だよ」
あ、デレた。
ちなみに前回ココに来た時の「連れ」は婚約者だったので、100%嘘の言い訳である。あとであのジジィには因果を含めておかないと駄目だろう。
民宿なのでプライバシーもへったくれも無い。襖一つ隔てたら「隣室」である。3室並んでいて廊下に面しているのも襖だ。シーズンオフなので他に宿泊客はいなかったが、土日には満室になるだろう。
ササっと荷物を置いて、渚を連れ出すことにした。今日はスカートに七分袖の黒いシャツを着ている。渚は基本的に無地を好むので、その姿は白黒のコントラストが利いていて美しかった。
「おっちゃん、ちょっと散歩して来るねー」
と声をかけた。
「おー、マウンテンバイク乗ってくか?」
「いやいいわ。歩いていくから」
マウンテンバイクのレンタル料は1500円だ、このちゃっかりさんめ。
「あ、あんた帽子被っていきな。まだ日焼けするから」
おっちゃんは麦わら帽子を出してきた。多分無料サービスだろう。そして出来上がったのは、高原を散策する、麦わら帽子にロングスカートのお嬢様である。出来過ぎである。
そう言えば、僕は渚の写真を持っていない。付き合い始めた頃に「写真を撮らせて」とお願いして、Noと言われたから忠実に守っている。別にメールでも電話でも出来るし、月に2回は会えるので気にしていなかった。しかし、この時の「お嬢様Ver」は写真に残しておくべきだった。
「どこ行くの?」
「あっちにちょっとした湿原があって、何かしら花が咲いてたりする」
「よく知ってるねー」
「若い頃の話だ。もう10年は来ていないって言ったろ?」
「さいですか。花を見るとかロマンチックだね」
「マウンテンバイクに乗ったこともあるけど、この山は危険だった」
「なんで?」
「凸凹が多くて、前傾姿勢だとマジで怖いんだ」
1時間ほど散策すると、そろそろ辺りが暗くなる。日没は稜線の向こうだ。
宿に帰ると、おばさんが出てきて飯の時間を教えてくれた。夜の7時ぐらいだと言う。この宿を使うのは大抵「星空ウォッチャー」なので、夕食の時間は遅めだ。頼んでおかないと用意されないし。
まだ2時間弱ある。飯を食ったら支度して、観測ポイントに行く。ちょっと歩くが絶好のポイントがあるのだ。そして、この部屋にはテレビが無く、犬のCMで有名な携帯キャリアの電波も無い。2時間ぐらい、駄弁っていれば潰せる。一人で来たなら読書でもするし。
「ねぇ、洋ちゃん?」
「ん?」
「ここ、お風呂は?」
「あー、言ってなかったな。洒落た浴場なんてない。うち風呂だよ」
「うち風呂?」
「ここの家族が使ってる風呂を借りるんだ」
「普通のお風呂?」
「そう。んで、星を見に来る人は夜中まで帰ってこないから、水だけ張っておいてもらって自分で沸かすスタイル」
「なにそれー。聞いたことない」
「山小屋よりはマシさ。ちょっと行けばもうアルプス。山小屋しかない山もある」
「山小屋ぁ?」
「登山する人が使う施設。何もないんだ」
「ソレは私には無理かなー?」
渚は壁を這う柱に寄りかかってしばらく考え込んでこう言った。
「おいで」
すしざんまいだ。
僕は素直に「おいで」された、姫様の命令は絶対なのだ。
「今日だけだからね?」
もちろん、何が「今日だけ」なのかは察している。
渚はシャツの中に両手を潜らせて器用にブラを外した。あ、この山娘、この場でする気だ。娘さんよく聞けよ、山男にゃ惚れるなよ。僕はもうこの時点で狼男になっているので惚れてもいいぞ。とは言え、いきなりの行為にぼくのこかんのりびんぐすとん将軍の出撃準備が整わない。
ノーブラTシャツとノーパンスカート、更にはディープキスで5分で臨戦態勢になったけど。
僕はズボンとパンツをずり下げた。民宿である。いきなりおっちゃんが襖を開けないとも限らない。渚もその点は了解済みのようで、珍しく自分から上に乗ってきた。薄暗い和室の壁際で「声を押し殺した行為」は凄く興奮した。しかも渚が目の前で跳ねている。僕の首に回した手がたまに僕を引き寄せる。シャワーを浴びていない渚の匂いは凄くエッチだった。
こんな行為では長くは持たない。本当にエッチ過ぎた。5分もかからなかっただろう。音速の男シューマッハすら追い抜く勢いで発射した。渚はいつの間にか用意していたティッシュで自分の股間を押さえながら身体を離した。この娘はセックスの段取りだけは熟女よりも良い。
「洋ちゃんは元気だから・・・」
そう言いながら僕のこかんのすーぱーまんを拭いてくれた。そしてそのまま口に含んだ。
「ちょ、連続は無理だから。マジで無理だからっ!」
「今日はゆるさないから」
僕がどんな罪を犯したと言うのだろうか?しかし、口に含みながら見上げてくる渚の瞳を見ていたら元気になった。薄暗いから、瞳だけがらんらんと光る。渚は妖怪になった。弄ばれる僕のデロリアン号。あ、待って、手は使わないで。
「コレ、気持ちいの?」
「知らんでやってるのか?」
「うん、動画で観た」
「ソレをされるとすぐに逝くんだぞ」
「駄目。まだ出てない」
渚の体内から僕のアレが流れ出ていないようだけれど、真横に身体を伸ばして九の字になってれば、流れ出るまで時間がかかりそうだ。
「それ以上は駄目。マジで出るから」
「駄目」
姫様は楽しそうだ。いつもは仰向けになって「洋ちゃんは鬼だ悪魔だ」とぐったりしてるくせに。
「ヤバいってっ!」
押し殺した声で僕が抗議すると、「いいよ、出して」
黙れサキュバス。
しかし、今度はこのまま逝かないと赦されないらしい。口内発射は避けたいのだが。いやしたいが申し訳ない気持ちが去来する。
「飲んだよ?」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・
そのあと、衣服を直して並んで座った。食事をしたら星を見に行こう。
相変わらずこの宿の飯はいい加減だ。今夜はとんかつと小鉢と味噌汁。塩漬けの山菜を炒めたものが大皿で出てくる。渚は先ほど、僕から栄養補給したくせに、まだ食欲が旺盛だ。女の子にしてはよく食べる。
「このあと星を見に行くの?」
「それが目的だろう」
「うんっ!」
「急がなくていいぞ。2時間も見てれば飽きるし」
「そうなの?」
「星を見るだけだからな」
飯を食い終えた頃には真っ暗になった。もう少し時間を待ちたい。日が暮れて真っ暗に見えても、意外と残照と言うか、日光の影響は空に残る。21:00くらいが好適だが、暇だし20:00には外に出よう。オヤジさんから懐中電灯を借りた。足元すら見えない山の中だ。
「アレ?赤いよ?」
「星を見る時は暗がりに目を慣らすためにこうやって赤いセロハンを貼るんだ」
「へぇ・・・」
「俺の腕に掴まって歩けばいいよ」
「うん」
言葉少なに割と広い山道を歩く。どうせ誰もいやしない。堂々と真ん中を歩いた。観測ポイントまで20分。記憶通りの場所だった。
「うー寒い」
「な?標高が高いから夜は冷えるんだ」
「それにしても寒い・・・」
「コートの前、留めろよ」
「あー」
この娘は馬鹿なのかも知れないと思った。
持参したレジャーシートを広げた。男だったらそのまま地面に座ってもいいのだが、姫様にそんなことはさせられない。
「寝転んで目をつぶって」
「こう?」
白い顔が美しい。数秒間じっくり眺めてから僕も横たわって目をつぶった。
「目を開けて空を見てみな」
「うわー、アレ全部星なの?」
「あそこに雲があるだろ?」
「あ、ホントだ」
「実はあれが天の川」
「え?マジで・・・」
渚は言葉も無いようだ。僕だって初めてここで空を見た時に息を呑んだ。
「あそこ。低いところに赤っぽい星があるだろ?」
「うん。赤いかな・・・」
「アレがさそり座のアンタレス」
「星座って見えるの?」
「見えるさ。ここなら5等星まで見える」
「5等星?」
「星の明るさのこと。肉眼では6等星が限度だけど、ここなら5等星まではギリギリ見える」
「詳しいの、星」
「詳しくは無い。だから飽きるって言っただろ。プラネタリウムは解説付きだから飽きない」
「他には?」
「あそこの明るいところと暗いところのサンドイッチ」
「うん」
「上に見えるのが織姫、下の方に見える明るい星が彦星」
「初めて見た・・・」
「渚の故郷なら見えるはずなんだけど?」
「星を眺めたことが無い」
「じゃ、あの2つの星の左にちょっと明るい星があるだろ」
「アレ?」
「そう、3つの星を繋ぐと夏の大三角形」
「逆の方にも明るい星があるね」
「あ、知識不足で知らない星だ」
「七夕が8月の終わりだったらいいのにね」
「7月7日はまだ梅雨だもんな」
「年に一度のデートが流れっぱなしよね」
「その分、会えたら濃いセックスをするはず」
「洋ちゃんは本当にロマンが無い・・・」
「あ、冬の星座って知ってる?」
「星座とか知らない」
「オリオン座とか聞いたことないか?」
「あ、三ツ星のヤツ?」
「季節によって見える星座が変わるけど、実は夏にもオリオン座は見える」
「そうなの?」
さそり座がぐるっと右に巡って沈んだ頃、オリオン座が顔を出す」
「へぇ」
「昔、サソリに殺されたオリオンはさそり座も嫌いらしい」
「ソレ、本当の話?」
「ギリシャ神話さ。オリオンは最後に月の女神と恋に落ちて」
「月の女神?」
「今日はいないよな。サソリに殺されていないお話では」
「では?」
「愛するアルテミスに弓矢で打ち抜かれて死んだ」
「悲しいお話・・・」
僕と渚は星を見ていた。
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