Snow Moon.ー3

いつもの部屋は塞がっていた。仕方が無いのでちょっと高い部屋にした。渚は「お礼を受け取っておいて良かったでしょ」と得意顔だが、普段から「持っている方が払うルール」(奢り奢られはデート代すべてに適用)なので、今回は僕が払っても良かった。そもそも、ちょっとバイクの具合を見ただけで1万円とは法外過ぎるだろう。バイク屋はもっと取るだろうけれど。


 寒空の下でバイクを見ていた4時間弱。帰りの電車内で多少なりともHPは回復したが、やはりホテルの暖かい部屋はありがたい。しかも本日はかなり時間が押しているので、「洋ちゃんも一緒に入ろう」と言うことで、渚と一緒に入浴した。「大人のお風呂屋さん」だったら、もっとサービスがぬるぬるするのだが・・・


バスタブにお湯を溜めてる間に渚の匂いを嗅いだが、冬は匂いが薄い。


 バスタブに浸かりながら渚は頭をコリコリとかいている。ウィッグの中が蒸れるのだろうが、敢えて見ていないことにした。今日はセックスしたらすぐに部屋を出るようだから。2時間たっぷりと姫様をヒィヒィ言わせるのだ。つまり、「セックスが終わるまではウィッグを外さない乙女の心」の持ち主なので、「ウィッグ、外していいよ」と言っても聞き入れないことは明らかだ。ならば知らないふりをするのが紳士だろう。身体が温まり、ボディソープで身を清めると珍しいことに渚がピッタリ付いて出てきた。時間が無いのは承知と言うことだろう。先に部屋に通してから押し倒した。阿吽の呼吸だ。キスをして格納庫をまさぐると、既に濡れていた。当然だが「濡れている」からと言って前戯に手抜きはしない。いや匂いを嗅ぎたいし。


怒涛の1時間だった。常々、渚が相手なら「抜かずに連射」出来ると思っていたが、ガチだった。休憩らしい休憩も無いまま2回戦に突入して果てた。渚は満足したのか、天井を見ていた。なんだか幸せそうだ。僕は半身を起こしてそんな渚を見ていた。


「どうしたの?」

いつもと違う僕に気づいた渚が問いかけてくる。僕はしばらく考えてから思っていたことを言ってみた。

「なぁ、甘えていいか?」

渚は逡巡することもなく「おいで」と言って腕を広げてくれた。僕は横寝になった渚の胸にそっと顔を埋めた。Dカップは最高だな。

「洋ちゃんはさ?」

「んー」

「話さなくていいよ、聴いてて」

「ん」

「私ね、洋ちゃんに見えてる世界を知りたかったの」

「だって洋ちゃんの写真は訳が分からないくらい綺麗だし、料理も凄いし」

「私には見えない世界を、洋ちゃんは見てる」

「そんなこと無いって。俺はかなりぼんやりと生きてる」

「嘘。洋ちゃんが見てる世界と私が見てる世界は違う」

「私が見てる世界は・・・油絵みたいだけど、洋ちゃんの見てる世界は写真みたい」

「細かいところまで見えていて、洋ちゃんはその世界をどうにか無視してるだけ」

「疲れたらいつでも言って。またこうして抱きしめてあげるから」


 僕は渚の胸でやっと「深呼吸が出来た」と思った。この世界でも、渚の腕の中だけは安全だと感じた。どうかすれば、この世界は僕を裏切ろうとする。あの病魔にやられ続けた4か月を生き延びたのは奇跡だったろうほどに・・・

 このまま眠れることが出来ればと言うのは我がままだろう。僕も渚も明日は仕事だ。フロントからのコールが来た。休憩時間終了と、延長の希望を尋ねてくる電話だ。


僕は起き上がってベッドを出た。

渚はそんな僕をじっと見ていた。やや間をおいて小さくため息をついた。

もう帰る時間だと。


駅まで送る僕の腕にしがみついていた。渚の歩く位置で心のうちまで見えるようだ。僕の後ろを歩いたり腕を組んでくる時は「甘えたい」と言う意志表示だ。無意識にやっているのかも知れないが、きっとそう言うことなのだ。


改札前のいつもの挨拶。


今日に限って、渚は何度も振り返りながらホームに降りる階段に向かって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る