第5話 記憶の狭間で

 敵艦隊のいない戦場となれば、あとは「桜蘭」の独壇場だった。

 愁の超精密射撃は、戦艦の砲塔直下の弾薬庫を狙うことができるほどの精度を誇る。ようは、外れることのない魔槍とも言うべき悪夢だった。


 「敵砲台をすべて無効化」

 「さて、これで仕事は終えた。あとは、あいつに任せることにするが…」


 ふと、あのジョンストン環礁に何があるのか気になった。

 メビウスの制海権内の領域を奪い返すのは、百年近く前のダッチハーバー奪還以来となる。何があるのか、もしかしたら何も無いのかもしれないが、すくなくとも見て見る価値はありそうだ。


 「第一帝国艦隊と第一主力艦隊第二分隊に連絡、「ジョンストン環礁ノ無力化ニ成功」」

 「了解、第一帝国艦隊と第一主力艦隊第二分隊に連絡します」


 さてと、と桜蘭に話しかける。


 「ジョンストン環礁に向かう」

 「はっ! …、って、え、エェ…、良いんですか?」

 「別に構わないよ。既に敵艦隊の駐留拠点の半数は叩いた。ジョンストン環礁も無効化した今、敵艦隊はこの周辺の制海権を実質失った。

  戦術的には破れそうだが、戦略的にはこちらに歩があったか、それとも見逃したのか。どちらかは分からないが、すくなくとも半数の駐留拠点の喪失はそのまま敵艦隊の補給能力の減退となる。しかも、この海域は中部太平洋に孤立している。

  南方戦線へと撤退するだろう敵艦隊と一緒に踊る必要もないだろう?」


 敵艦隊は、戦力をいくら温存していようとも、修理能力を半分喪失した拠点へと帰ろうとはまさか思わないだろう。修理能力は現有の使える戦力に響いてくる。

 単純明快に言えば、いくら損傷艦があったとしても、修復できないので、結果的に戦力はどんどん磨り減っていくということだ。そうなれば、本来遊撃のためにあるこの中部太平洋の拠点は、現存艦隊主義に走らなくてはならなくなる。


 そこまでして、この拠点を保持する意味もない。


 ましてや、中央のジョンストン環礁が陥落すれば、周りの駐留拠点は実質的に使えなくなる。

 ジョンストン環礁から出撃した艦隊によるハラスメント攻撃を仕掛けるなりすれば、やがて拠点として使い物にならなくなるからだ。


 「いや、そうじゃなくて…、ああ、いいですよ! 艦長、私はあなたに従います」

 「はいはい、じゃ、行こうか」


 機関を第二戦速へ。

 速度を落とした「桜蘭」は、つい先程まで鳴り渡っていた砲声の鳴り止んだ海域を、悠々と航海していく。ジョンストン環礁からの攻撃は、無かった。






 「偵察機によると、確かこの先に港があるはずだけど…」

 「見つけました、あそこですね。第一戦速まで速力を落とします。両舷第一戦速。揚錨室から、錨を下ろす用意を整えます」


 この時点で攻撃がないということは、つまりジョンストン環礁は完全に無力化されたということになる。

 今では「桜蘭」だけがいるジョンストン環礁周辺。

 「桜蘭」は、ただ一隻で、ジョンストン環礁から3キロの地点まで接近していた。ここまで来ると、ジョンストン環礁の状態もわかってくる。


 「いや、煙が動かないなあ…。飛んでもないほど誘爆したのか…? いやまて、動かない、だと?」


 それは、ありえない。

 煙は風で動くし、何よりも普通に考えて上に上っていく。それが、動かない、とは?


 「桜蘭、今のジョンストン環礁からの距離は?」

 「現在、3000m…、変化していない!?」


 つまり、速力を出しているはずなのに、ジョンストン環礁からの距離は変化していない。


 「時間の、停止…」


 そう考えれば辻褄があう。だが、そんなことが、ありえるのか?


 「桜蘭、第一帝国艦隊と通信を取れ」

 「…、無理です。システム系内の情報の変動指数が0となっています。演算機構の再検証不能、完全にシステムが停止しています」

 「フリーズ、いや、本当に時間が止まっているのか?」


 だが、時間が停止しているのならば、空気も振動しない。つまり、呼吸もできないし、声も伝わらない。


 「桜蘭、機関後進」

 「…、やはり無理です。システムが特定の時刻を示したまま停止しています」

 「時間の流れを空間で相殺しているのか、いや、でもそんなことは…」


 その瞬間、視界が一瞬白濁した。












 「レイテ沖は完全に敵艦隊の手中におちたか…」

 「しかし、まだ艦隊が壊滅したわけではありません」


 次に見えた視界は、見覚えデジャヴがあった。

 記憶を探ろうとして失敗する。


 「しかし、いくらなんでも単艦隊突入は無茶だろう。ミンダナオ沖を迂回している味方艦隊と合流してからでも遅くはないと思うが…」

 「先鋒艦隊である我々が突入してレイテ沖の制海権を手にいれていることを前提に、味方艦隊は行動しています。いまからミンダナオ沖を引き返せば、その時にはアフィリア市が陥落していますよ。

  我々が今回失敗すれば、中部太平洋を完全に敵の手中に握られます。両端を塞がれれば、あとは窒息するしかありません」


 ここはどこか、それを問おうとして、ふと思い出す。


 ここは第一主力艦隊第一分隊の戦艦「桜蘭」艦内ではないか。

 そして、会話の相手はアルフレッド・レーガン少将。第一主力艦隊はレイテ沖の先制占領に失敗し、目の前に敵艦隊が展開しているという状態だった。


 …、僕は、どうしてこんなことも思い出せずに会話ができたんだ?


 基本を思い出せずに、どうやってこんな会話を?

 おかしい、何かがおかしい。だが、やるべき事はやらねばならない。


 「提督、我々が突撃すれば、敵艦隊は乱れます。この隙をついて離脱、そして

もう一度突撃、これを繰り返し、ヒットアンドアウェイ作戦でいけば、犠牲は最小で済みます」

 「…、わかった。そちらの言うことがただしい。レイテ沖は狭いから、魚雷攻撃もあたりやすい。まず魚雷を撃った後、三段構えで行く。うまく行けば、混乱に乗じてレイテ沖を突破できるかもしれない」


 レイテ沖に展開する敵艦隊に魚雷を打ち込み、混乱に乗じて三波の攻撃を仕掛ける。第一分隊がひけば第二分隊が入り、第二分隊が引けば第三分隊が入る。第三分隊が引けば第一分隊が突入する。

 混乱が持続すれば、一気にレイテ沖の敵艦隊をたたきのめせる。





           【何故、見捨てた?】





 「「風蘭」より通信、敵艦隊の追撃熾烈、救援を求める」





         【何故、見捨てた?】





 「…、愁、救援にいけるんじゃないか?」






       【何故、見捨てた?】






 「無理だ、あの数は」










    【何故、見捨てた?】










 「だが、おまえなら…」











【何故、見捨てた?】












 「【何故、見捨てた】」

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