第4話 ジョンストン環礁沖の血戦
砲弾の飛び交う戦場。
そこは、たった一隻が沿岸砲へと突入していくという、常識的なミリタリー好きには考えられないファンタジー世界が広がっていた。
「損害報告!」
「艦首直撃一、艦尾直撃一、左方より敵艦隊の砲撃!」
いまや「桜蘭」の艦首甲板はV字に切り裂かれ、艦尾もずたずただった。
しかし、それでも愁は確実な勝算があった。
「面舵一杯! 進路0-3-0!」
現在、愁の指揮する「桜蘭」は、前方の敵沿岸砲台、両舷に敵艦隊という最悪の状況にあった。
ちょうど、ジョンストン環礁から真南に位置する「桜蘭」は、進路を僅かにそらす。
「第一、第二砲塔の旋回終了、目標地点算出終了。砲弾装填完了、発射!」
愁がそう命じ、それと同時に火が吹く。
旋回中の砲撃。
常識的に考えて、当たるはずのない砲撃。しかし、愁は完全に「視えていた」。
「艦長、それ以上は…」
現在、愁の脳外端子などのありったけの思考力は、すべて敵艦隊と敵砲台へと振り向けられていた。文字通り、ありったけであり、このような状態が長く続けば、愁の健康に絶望的な被害が及ぶ。
今日一日の愁の接続合計時間は6時間に及び、このままでは脳外端子の急速冷却も間に合わなくなる。
「まだまだ!」
敵艦隊のアイコンは、既に半減していたし、北から破壊していったジョンストン環礁の砲塔もその半数が破壊されていた。しかし、そろそろ「桜蘭」の弾丸が危険だった。
いくらなんでも、何度も連続で初弾直撃を連発するのは、愁の脳外端子と脳自体に多大な負担を掛ける。
「目標、左舷側敵艦隊一番艦。光学及びレーダー測定開始。音探準備、航空機隊からのデータをリンク!」
その時、再び砲弾が超音速で「桜蘭」へ向かう。
キィィィー、という高音が鳴り響く。脳に直接訴えかけるその音は、しかしすぐに鳴り止む。
「敵艦をK級戦艦Ⅰ型と確認。続いて、音探と航空機からの情報により敵艦の正確な位置を確認」
探針音が、敵艦の位置を確実に捉える。
しかし、高速航行中の探針儀から放たれた探針音は、殆どの場合はかき消されてしまう。そのような音が確認できるのは、愁が「
「愁艦長、本当にこれ以上の同調は…」
「敵艦弾薬庫への直撃コース計算終了、最適射角、旋回角、発射秒の演算及び入力完了」
第三砲塔の中央の砲身が上げられていく。
愁は、たった一発で仕留めるつもりだった。
「艦長ッ!!」
叫ぶ桜蘭の声を遠目に、完全な制御を終えた砲撃が放たれる。
爆炎が、砲身から飛び散る。
それと引き換えに、再びあの轟音が鳴り響く。
「敵艦隊、砲撃再開!」
「左舷側サイドスラスター60%、0,2秒」
左舷側から、圧縮された水蒸気が放たれる。その風圧で、「桜蘭」は針路を僅かに曲げられる。
「ミサイル発射! 艦長直接誘導!」
対艦ミサイル最後の一発が放たれる。
いくら必中の槍でも、敵一個艦隊を相手では弾数不足で押されてしまう。ましてや、そもそもミサイル戦を行う気がなかった愁は、多数のミサイル発射管の中に対艦迎撃ミサイル(SADM)に割いていたため、対艦ミサイルはたった30発しかなかった。
それら全てを急所に命中させ、すべてを轟沈に追い込むという神業をしてもなお、やはり敵艦隊の練度の予想以上の高さと沿岸砲台という厄介な敵を抱えているがゆえに、優位にたてない。
「さすがに一隻は無茶だったか…?」
いや、そんなことはない。
「敵二番艦の測定開始、敵艦の正確な位置を確認、急所への命中コース計算終了。最適仰角、最適旋回角、発射秒計算終了、入力完了」
脳内の計算ストレージ残量20%以下という表示が出る。
…まずい。
どうみても、やり過ぎた。
「極同調域」への到達によって、艦内の演算リソースをフル活用することになり、その結果、中央演算器の演算処理の冷却が間に合わなくなりつつあった。
このままいけば、冷却が間に合わなくなり、急速冷却しなければならなくなる。急速冷却することになれば、一分間は演算不能となる。
その間、全ての航行機能及び砲撃機能は惰性に任せるままとなる。もちろん、砲撃不能だ。
「さっさと片付けるしかない…」
「艦長! 敵艦隊よりミサイル多数! SADM残弾危険域!」
まずいまずいまずい!
SADMすら危険域になるとは!
先の戦いで先制されたのが痛すぎる!
「ありったけのSADM発射! 躊躇う理由なし、中近距離迎撃火器、艦長の直接指揮!」
痛覚が走る。
脳が電撃を受けているかのような激痛。それに耐えながら、砲撃とミサイル戦、さらに迎撃指揮も行う。
人の処理能力の限界に挑まんとする愁は、文字通り人知を超える粘りを見せていた。このままいくと、いつかはジリ貧となる。
「桜蘭、痛覚緩和剤を」
「しても意味はありませんが?」
「構わない、偽薬効果くらいはあるだろう」
痛覚緩和剤を注射させる。
ある程度痛みは和らぐが、既にギリギリだった。
集中力がそろそろ切れ始めそうだったのだ。
しかし、それを根性論でねじ伏せる。
「敵弾飛来!」
キィィィィー、という轟音が、艦の上を通り過ぎる。
僅かに照準のズレた砲弾が、海面を虚しく叩く。
その時、爆音が鳴り響いた。
「敵一番艦轟沈! ミサイル、イエローゾーンに突入!」
敵一番艦が轟沈。
両舷から圧倒的多数の敵に挟撃されていたのは「桜蘭」だが、命中弾を得ている数は「桜蘭」のほうに圧倒的な歩があった。
さらに、敵艦隊は既に半ば潰走状態にあった。
敵旗艦はとっくに撃沈されていたし、指揮管制を担っていたと思われる敵艦も悉く撃沈していたからだ。それでも、敵艦隊は砲撃を続けている。
さらに、敵艦隊も遂に命中弾を得始めており、「桜蘭」の演算能力も限界が見え始めていた。
「まだ…、まだ足りない」
しかし、それでも。
愁にとって、この程度の状況は何度も陥っている。彼を絶望に追い込むための手駒を、敵は持っていなかった。
「敵艦隊、第三二射!」
新しく測定しなおしたデータで、こちらを狙う。
「右舷側サイドスラスター100%、2秒」
2秒間にわたる右舷側サイドスラスターの噴射。
進路は大きくずれる。そして、それを捉えるべく計算された弾丸はなかった。
「そろそろ、ケリをつけてやろう」
にやり、と愁は笑った。
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