第3話 運命の舵輪は廻る

 第一主力艦隊の先鋒艦隊は第三分隊だけではない。第二分隊もまた、第三分隊から50キロ後方に位置していた。

 さらに、アジア・東洋政府の東洋艦隊群第一機動艦隊と第二遊撃艦隊が第三分隊の南方10キロに位置していたし、北方から来ているアメリカの抵抗政府先鋒艦隊もかなり近くまで来ていた。


 その情勢の中で、国防軍第6艦隊の救援要請は、他の部隊にも来ていた。




 「救援に向かう」

 「いくらなんでも、この距離からでは…」


 第一艦隊第二分隊─第三分隊に次ぐ精鋭の名を恣(ほしいまま)にする精鋭部隊の艦隊司令官である龍崎未麻大佐は、部下の反対を押し切ってでも救援に向かうつもりだった。


 「それに、助けに行くのは第三分隊の義務です。我々は、到着までに第三分隊の倍の時間が必要です。その頃には…」

 「空襲を柔軟に用いて、敵艦隊を撹乱する。それと同時に、我々は最大戦速で、第6艦隊に対して反航する形で、最速で合流する」

 「第6艦隊にそれほどの行動が可能ですか!? どう考えても、敵艦隊は第6艦隊の10倍以上…。これほどの艦隊に包囲されれば…」


 ちっ、という舌打ち。


 「どうしてすでに包囲されていると思う?」

 「え…、それは…」

 「態々救援要請を送ってくるということは、則ち未だに包囲されていないということ。このままでは逃げ切れないから救援要請をしてきたということ。

 よく考えてみなさい。わざわざ第6艦隊が通信封止中にこの報告を送ってきたということはつまり、逃げ切れるかもしれないからだろうよ」


 はあ、と溜め息。


 「わかったら、とっとと準備しなさいよ」


 第三分隊は行軍に優れた複縦陣を敷きつつ、最大戦速での突入を開始した。

 それだけではなく、未麻は態々第6艦隊に丁寧にも救援要請受諾の旨を送った。


 この行動には、無論のこと部下から反発があった。


 通信封止を破るだけではなく、こちらの位置を晒すことになるからだ。だが、それに対する未麻の返答は簡潔を極めた。


 「第三分隊に偵察機をすべて撃墜させる」


 ただこれだけだった。



 「それで、つまり…」

 「第二分隊からの要請は、第二分隊に向かう偵察機をすべて撃墜しろとのこと」

 「…」


 愁は複雑な顔をせざるを得ない。

 第二分隊の艦隊司令官のしようとしていることがわかったからだ。だが、それは意味のあることなのかわからなかった。


 むしろ、第二分隊は無用な危険を犯そうとしているように思えた。


 当然だが、味方艦隊の被害は少ないほうがいいし、それに偵察艦隊もいたほうが、敵の情勢も掴みやすい。だが、今回第二分隊が第6艦隊の救援に向かったとしても、被害が増大するだけに思えた。


 「第二分隊は第6艦隊も動かして、最速で合流するつもりか…」


 第6艦隊と第二分隊は、おそらく正対していることだろう。

 このようにすれば、最大戦速の2倍、さらに第二分隊の司令官である龍崎未麻は龍崎家の一人なので、サイドスラスターを後方に吹かせて、全体の統一性を犠牲にしてでも、速度を優先するだろう。


 まして、未麻は二冠の魔女である浅野愁に迫る実力者。


 ほぼ確実に、一人で一個艦隊は片付けられると思っているに違いない。


 「我々は…」

 「当初の作戦案通り。ただし、一部の戦闘機を第二分隊上空に配置換え。それと同時に、艦上爆撃機12機を第二分隊に任せる。これが妥協点だ」


 これ以上妥協することはできない。

 すでに第二分隊が通信を送ってきてから20分近くが経過している。


 電波通信であったのだが、予想外に電波妨害が激しく、何度も送り直す必要があったとのことだから、かなり近くに敵艦隊が来ていると思われる。


 すでに第6艦隊との通信は断たれていたし、偵察に出した戦闘機4機は全て通信を断っていた。つまり、予想よりも遥かに早く、別の拠点から敵の主力艦隊が出てきているということだった。


 「敵の拠点が、予想よりもこちらよりということか…?」


 ジョンストン環礁の敵艦隊への空爆は予定通り行う予定であり、すでに第一次攻撃隊は発艦している。空母艦隊からの支援部隊をすべて使い果たすつもりで攻撃を行うつもりなので、第二次攻撃隊が出ることはないが。

 しかし、予想よりも遥かに西方に敵拠点が存在する可能性が浮上した今、その拠点を無視するわけにも行かなかった。ヘマに無視すれば、その拠点に全主力艦隊が集結し、そこで戦闘となる可能性がある。


 そうなれば、完全に各個撃破されることになる。


 「!! レーダー上に敵艦隊!?」


 考えを断ち切ったのは、深雪艦長からの報告だった。


 この時、第三分隊の中でも最も後方におり、さらに偵察能力が高かったのは深雪艦長の「敷蘭」だった。したがって、その「敷蘭」からの報告だったのは妥当ではあった。


 問題は、予想よりも遥かに早く、しかも別の敵艦隊が、目の前に来てしまったということだった。


 「くそ! 敵艦隊の位置は?」

 「敵艦隊との距離、110キロ!」

 「目と鼻の先じゃないか!」


 ミサイル戦の最適距離であり、この距離からミサイル飽和攻撃を受ければ、対応能力にも限界が来る。

 さらに、もしも魚雷攻撃まであったとすれば…。


 「敵艦隊より多数のミサイルを確認! 飽和攻撃だと推測!」


 この時には、すでに「桜蘭」のレーダーにもミサイルは表示されていた。予想よりも遥かに早い、しかも奇襲攻撃に近いという最悪の状況。


 「偵察機の回す方向を間違えたか!!」


 今更ながら、自分たちの失策に気づいた。


 敵艦隊の拠点はより東方にあるものと思い込み、自分たちよりも西方への偵察を怠った。さらに、偵察機の数すら渋り、ジョンストン環礁への攻撃だけを考えていた。

 そのつけを、払わせられようとしていた。


 「第一種戦闘配置! CIWS起動! 中央戦闘処理コンピューター戦闘モードへ変更!」


 愁はそう叫んだ。

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