第119話 ヘーバインの屋敷

 父上から書状を受け取って、俺は木箱を使って空中馬車でヘーバイン公爵家に向かう。

 下では、優雅に空のティータイムをしている。

 脅かしてやろうかと、一瞬悪いことを考えてしまうが当然その後も予想できる。


 あまり飛ぶなと言われたものの、かなり上空にいるから、誰かにバレるようなことはないだろうけど……この三人はこの移動が当たり前になっていないか?

 使者から渡された報告書のような書状には、俺たちがヘーバインに行くにあたって緊急性はなく、何時でもいいからと付け加えられていた。

 そんな事が書かれていたとは言え兄上が認めてくれることはない。


 だから、文字通り飛んでいく必要がない。


 パメラは楽しそうで何よりだな。

 今回の出来事はかなり危険な話だったようで、ヘーバイン公爵が総力を上げて調べた結果、ストラーデ以外にも二つほど爵位の剥奪をしている。

 ダンジョンを利用すると言ったことは無かったものの、裏組織が一つ壊滅している。

 空白の領地は、隣接する領地を一時的に拡大するということで話が付き、新たな領主は必要としていないようだ。


 ヘーバイン公爵家に再び訪れた俺たちは、パメラ・ヘーバインと改めて婚約の話を直接話し合うことが出来た。

 特に、誰かを呼ぶわけでもなくヘーバインにいる人達だけで、俺たちの婚約を祝福してくれた。


 しかし、その会場にラティファの姿はなかった。


 宿屋の一件は、ヘーバイン公爵によって対処がなされており、何でも直々に謝罪をするために出向いたらしい。

 あの冒険者達とは、公爵に会う前に庭で少しだけ話を聞き、俺からも謝罪をしている。


「しかし、本当に公にしないおつもりですか?」


「はい。そのつもりはありません。厄介になりそうなダンジョンがあれば、ローバン家に通達をください。俺が出向きますので」


「それではローバン家に、借りを作ってしまうばかりですわね」


「パメラのこともありますので、そんな事は気にしないでください」


 あの馬鹿から引き剥がせただけでも、十分過ぎる話だ。

 兄上に頼み込んで、もう一度王子の動向を調べて貰ったほうが良いかもな。

 余計なことになっていなければ良いんだけど……。


「ところで、アレス・ローバン。貴方のお部屋はお父上と同じ所が良いのかしら?」


 父上が隔離されていた部屋を思い出す。

 そこまでする必要があったのか? と、最初は思ったものの父上のした事を考えれば、何も言えなくなってしまう。


「い、いえ。庭先をお借りするだけでも十分かと……」


「我がヘーバイン家が、英雄たる貴方に対してそのような事をしろというのですか?」


 俺の味方は一体何処に居るのだろうか?

 純真だった子供たちは、レフリアによって掌握され、今では俺に対して敬うことをしない。

 メアリはここぞという時に重い一撃を入れ、パメラはそれに同調する。

 ミーアも静観するものの、表情からは静かに怒っているように思える。

 家族に至っては最早考えるまでもない。


「なるほど、そういうことでしたか……当主様、私共の配慮が足らず申し訳ございません」


「と、いいますと……?」


「アレス・ローバン様のご婚約者様は三人です。お部屋にあるベットの数が足らないと申されるのですね?」


「あの者の息子なのですから、私もついうっかりしておりました」


 くだらないことで頭を下げるな!

 それはどう考えてもいらん配慮というものだろ!

 というか周りを見てみろ、三人とも顔を赤くしているだろうが!


「では、幾つかベッドをご用意しておきます。それでは……どうぞごゆっ、いえ、励んでください」


 そう言い出したのは侍女であり、俺と目が合うとフッと笑って出ていった。

 陰湿すぎるだろう……父上が土下座していたのもよく分かる。

 それに、公爵も満更じゃない様子だし、今夜は一体どうなるんだ?


「戯れはこれぐらいにして、アレス・ローバン様。この度はダンジョンの攻略を、二つもなされたことに感謝を申し上げます」


 公爵は席を立ち深々と頭を下げている。

 これほど嫌な食事会があっただろうか?

 全ての元凶は俺ではなく、父上だと思いたいのだが?


「い、いえ……こちらもご迷惑をかけてしまい申し訳ございません……ですが、その」


 公爵が指を鳴らすと、執事たちが小さな箱を彼女たちの前に置く。

 開けられた箱の中を覗き見るが、入っているのは服のようだけど……三人の様子からして、それがまともな服でないことは確かだった。


 彼女たちの視線が、ヘーバイン公爵へ向けられると、『頑張るのですよ』その言葉に、一人でもいいから反論してくれるとありがたい。

 そんな願望も虚しく、小さな声で『はい』という言葉が耳に入ってくる。


「アレス様。私の娘をよろしくお願いしますね?」


「ええ、まあ……はい」


「しかし、少し残念ではありますね」


「と、言いますと?」


 ヘーバイン公爵は、ニヤリと笑った口を扇子を広げて隠している。

 どう考えても碌な事では無さそうだ……パメラが慌てて席を立ち、俺の耳を塞いでいる。


「何だ?」


 何を言っているのか、まるで聞こえては来ない

 公爵はパメラを睨みつけると、塞いでいた手をどけ目を伏せていた。

 一体何を聞かせたくはないと思ったんだ?


「大した事ではありませんわ。ふふっ、パメラ。彼を大事にするのですよ?」


「は、はい! もちろんです!」


 一体何の話をしている?

 話の中心にいるはずなのに……俺だけ分からないようにしていることが多すぎないか?

 何でミーアは、怒るようにヘーバイン公爵を見ているんだ?

 全く訳がわからないまま食事会が終わり、予定というか、想定通りというかやはりあの部屋に案内される。



「それでは、お嬢様方。お着替えが必要でしたら何なりとお申し付けください」


「それは、全くもって不要だ!」


「貴方様には聞いておりません」


 薄い服に、メイドからの着付けの申し出。

 それでなくてもあれが何だったのかは容易に想像できる。

 

「それでだ……これはどうするつもりなんだ?」


 ベットの数は三個。

 つまり一人だけベッドがない……別に俺としては何も問題はない話だ。

 目の前では、三人が睨み合い、誰が俺と一緒に寝るのかということを争っている。

 当然のことだが、俺の意見なんてこの三人には通用しない。


「アレス様はきっとわたくしをお選びになりますわ。以前も私と二人きりで、添い寝をして頂けましたので」


 あれはお前がどうしてもってせがんでいたよな?


「何を仰っているのですか? 私は幼少の頃からのお付き合いなのですよ。添い寝でしたら、私は三回ほど経験しております。私の屋敷で二人きりで朝を迎えました。ですので四回ですね」


 一回目は事故で、二回目はパメラと強制だよな?

 煽るな、ミーアは頼むから大人しくしていてくれよ。


「わ、私なんて、アレスさんに抱き枕にされていたんですよ」


「そんな冗談を言うもんじゃないぞ……」


 なんだよ……二人は何でパメラを慰めるように肩に手を置いているんだ?

 冗談だよな? 俺がそんな事するはず無いよな?


「酷いです、アレスさん」


「確かに意識がなかったとしても、あのような物を見せられていたにも拘らず、そのような事を言われるとは……少し残念ですわ」


「本当だったのか? それは悪いことを言った」


 俺が覚えてなかったとは言え、パメラに対してそんな事をしていたとは……だけど、それとこれとは別に関係ないよな?

 一般的なゲームであれば、ここで誰かを選択することで好感度が変わる。


 しかし現段階では、そんな物はこの状況から見て不要だろう。

 この三人は婚約者という立場は確立し対等でありながらも、誰が一番なのか競っている。


 この場所を考えるとヘーバイン公爵はそれすら念頭に置いている。最初から仕向けているのは明白だった。

 しかしだ、もし事に及べば、当然一人で終わるという話も無くなる。


「しかし、三人というのは不便ですわね。二人であれば両脇を供に過ごせましたのに」


「それでしたら、私がアレス様の上に乗るというのは如何でしょうか?」


「は!? ちょっと待てミーア。いきなりなんてことを言い出すんだ……」


「三人で共有するのですから、それぐらいしか方法はないかと」


 いやいや、そもそも添い寝が前提というのがおかしいことに気がつけよ。

 前回の両サイドでも、かなりやばかったというのに……上だと?

 そんな事をされれば抑えれるものも抑えられない。

 この場合どうすれば良いんだ?


「ちょっと待てお前ら……この部屋監視されているのにそんな事をしたいのか?」


 俺が指を差した方向には、部屋の上部にある模様からは誰かの目が見えている。

 逃げようと思った俺は、索敵を展開すると部屋の外に五人ほど反応が確認できた。

 不自然なまでに並列していたので見上げてみるとこちらを監視する視線に気がつく。


「監視? 何のことを言っているのですか?」


「よーく見てみろよ。あそこだよ」


 そう言うと、小窓が開きメイド達の顔が一斉に顕になる。


「バレてしまいましたか……ささ、私達のことはお気になさらず。続きをどうぞ」


 三人はいそいそと、ベッドに一人ずつ入っていき俺は床に寝そべると、五つの舌打ちが聞こえてきた……何を考えているんだよ。

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