第109話 目が覚めたアレスは?

「気が付かれたのですね」


 そう言って女の子は俺の所へ嬉しそうに駆け寄ってくる。


「ここは? というか、何で俺はこんな所に居るんだ?」


 アスタロトを倒して……ダンジョンのコアを壊したことで外に放り出されたはず。

 そこまでなら覚えているのだけど、壁に俺の制服が掛けられ、窓から見える木からして二階のようだな。

 倒れていた所をここまで運び込まれたのなら、随分と迷惑をかけたよな。


 少し体を動かすと所々体に痛みを感じる。

 ぐるぐるに巻かれた包帯は、この子が手当をしてくれたのだろうか?


 流石にこの子が、俺を運んだとは思えない……誰かが見つけてここまで運んだというのか?


「あちらの山で倒れていたのですが。覚えていないの?」


 窓を開けて、指差すのだけどここからだとまるで分からない。

 それにしても、これは少し厄介なことになるかもしれないな。

 

「それは何となく覚えている……それにしても、誰かの厄介になっているとは思わなかった。手当とか色々ありがとう」


「いえ。お気になさらないでください。私はただ頼まれただけですから」


 頼まれたね。何処の誰が俺にこんな手厚いことをしてくれたのか。

 ここに運ぶのだって苦労しただろう……それに、そいつには色々と聞きたいこともあるな。


 少女の名前はチェルというらしい。

 俺が寝ている場所は、この子の家であり宿屋を経営している。

 それで、話を進めくいくうちに俺をここまで運んでくれたのは冒険者で、アルルという人らしい。

 名前からして女性かと思ったのだが……冒険者というのなら、仲間に手伝ってもらったのだろう。謝礼ならまあ問題はないか。


「お腹空いていませんか?」


「まあ、それなりに……というよりも、普通に食べられそうだな」


「起き上がれないのでしたら、ここまで持ってきますけど」


 ニシシっといった感じに笑っている。そういう物が欲しいのなら上げなくはない。

 立ち上がると、痛みはあるものの動けないほどではなかった。


「大丈夫そうだ。そうだ、これは手当をしてくれたお礼」


 チェルに硬貨を差し出すと、両手でしっかりと握りしめているが、目と口を大きく開いて固まっていた。

 掛けられていた制服に着て、呆けているチェル頭をポンポンと軽く叩く。


「あ、はい。ご飯ですね! こっちです、ございます」


 そういう言い直しは嫌なヤツを思い出すから止めてもらいたいものだ。

 少し進んではこちらを振り返り、肩を揺らして待っている。

 早く下へと行きたいのだろうけど、こちらとしては歩くたびにギジギシと音を立てる床。階段も抜けたりしないかとヒヤヒヤしながら降りていく。


 一階のホールには何人もの冒険者達が喧騒の中、美味そうな食事を取っていた。

 その光景を前に、腹の虫が鳴り始める。

 このうるさい中でも、どうやらチェルにも聞こえていたようで、「できるだけ早く持ってきますね」と言って厨房の中へと入っていく。


 ヘーバイン公爵家を出てから何日が経っているんだ?

 あのダンジョンの近くにこんな街なんてあったのか?

 いくらあれこれ考えた所で、何も解決にもならないし、何より腹の音と周りのいい匂いで空腹感がピークに達している。


「おう、お前。アルルが連れてきたっていう坊主だな」


「そうみたいです。俺は気を失っていたので、いまいちよく分からないけどな」


「ラカトリアの学生みたいだが……あまり、無理はするもんじゃねぇぞ」


 この制服のおかげで、変なことに巻き込まれないのだろう。

 さすが貴族しか入れない学校なだけある。こんなデブだろうと、他の街では普通の対応が有り難い。

 俺の視線に気がついたのか、声を掛けてくれた男性は残っていた料理を俺の前に置いてくれた。


「いいんだよな」


「おうよ」


「ありがとう。頂くよ」


 サイコロ状に切られた肉を一口頂くと、久しぶりに感じる料理に涙が出そうなほど美味い。


 ダンジョンにいた食事は、野菜や果物はほぼそのまま。肉は焼いて塩ばかりで流石に飽きる。

 そのためちゃんとした味付けをされているだけで、こんなにも美味いとは思わなかった

 元々少なかった肉は数秒でなくなり、当然足りないため腹の虫はより一層鳴り響く。

 周りにいた冒険者達も、その音で笑い始める。


「やっぱり足りねぇか。ま、もう少し我慢するんだな」


「そうするよ。そうだ、これ受け取ってくれ。美味かったよ」


「なぁに、気にするこたぁねぇよ」


 金を受け取らないということは、コイツは本当に善意でやったということなのか?

 そういうことならありがたく受け取っておくか……さっきのやつは後で注文するか。

 三皿はせめて欲しいものだ。


「おまたせしました」


「おお。待って……いたよ」


 俺の前に出されたのは、野菜の入った透き通るスープだけだった。

 じっとスープを見つめても何かが変わるということはない。

 チェルを見るが、ニッコリと笑うだけでトレイには何も乗っていない。


「ああ、そうだよな。前菜というやつだな」


「いえ、これだけです」


 まてまて、これは何の冗談なんだ?

 俺の姿を見ればどんなやつかは理解できるだろ?


「何だ? 金か? これだけあれば足りるよな?」


 俺はすかさず何枚もの銀貨を机の上に置いた。

 チェルは持っていたトレイをブンブンと振り回している。

 これだけじゃ足りないというのか?


 チップとして、渡した程度では物足りないということなのか?

 考えてみれば宿の代金と手当とかなら当然この程度で済む話ではないのだろう。

 今度は金貨数枚を銀貨が並べられて上に追加していく。


「これならどうだ?」


 何が気に入らないのか、持っていたトレイで軽く肩を叩かれる。


「あのですね。お金を払えばいいとか思っているんですか?」


「ならどうすれば……いいと言うんだ?」


「全く……貴方はもう少し、いい人だと思っていたのですが。残念です」


 そう言って、また奥へと戻っていった。

 置かれたスープを飲み干すが、全くもって足らない。右へ左と視線を送りまだいくつもの料理が残っている。


 俺は、金貨を一枚持ち隣に居た冒険者に合図を送る。

 これをやるからその料理をよこせと……目が合ったはずだと言うのに、視線を反らされ周囲には俺を見ようとするものは居なくなり、足早の店を出るものすら居る。


「本当にお願いします。腹減っているんだよ。少しぐらい分けてくれよ」


「おい、坊主! 俺の店で舐めた真似するんじゃねぇぞ!」


 奥からは強面の主人が現れ、チェルが後ろにいることからして父親なのだろうか?

 指を鳴らし、腕からしてもかなり鍛えているようだった。


「俺はただ、飯が欲しくてだな。頼むからなんか作ってくれよ」


「へっ、そんなに飯が食いたいのか」


 俺はその言葉に何度も頷き、親父さんの手招きをしていた。

 チェルからは、まずはお金をしまえと怒られるが、どうだっていい。テーブルに並べた硬貨をそのままにして親父さんと後に続いていく。

 あれだけ美味い飯が食えるのなら、何処へだって行くさ。



「これは一体……」


「意外と似合いますね」


 俺はエプロンと三角巾を被せられている。

 そして、目の前には大量の食器が流し一杯に積まれている。

 親父さんからはやれと言わんばかりに指差している。


「まずはですね……」


 チェルは隣で懸命に、洗い方の説明をしている。

 何よりさっきから腹を鳴らしているのになんで無視しているんだ?

 腹が減っていて飯が食いたいだけだと言うのに、何でこんな事をする必要がある?

 食事をするというのなら金を払えばいい。食い逃げをして掴まったわけでもなく、俺がこんな事を指示される意味が理解できない。


「いいですか?」


「なんで俺が……」


「それが、終わったら飯だ」


 いや、先によこせと殺意すら覚えたが、チェルも助けてくれたことだし、とりあえずここは大人しくするしかないか。

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