第2話 家族と俺の存在

 屋敷の大きさや内装からして、ゲームなどでよくある貴族。

 それは見栄えを気にするとかよくあるけど、これほどとは想像以上だった。

 俺が寝ていた場所は、俺に割り当てられた自室なんだろうけど、正直に言えば落ち着かない。


 俺達姉弟が暮らしていた、借りているアパートの部屋よりもここは圧倒的に広い。

 四畳半の小さな間取りが恋しくなるな。ここはガランと何もないから余計に広さが目立つ。

 再び窓の外へと視線を戻す。この場所は三階で、屋敷全体は四階建てになっている。


 ここから屋敷の端が見えることを考えて、多分建物の形はコの字型になっているのだろうか?

 それはいいとして、その先端に今いるのだが……ずいぶんと遠くに反対側が見えるのを気のせいだと思いたい。

 俺が小さいからそう見えるだけだよな?


 どう考えても大きすぎるベッド。まだまだ必要がなさそうな大きな机。

 何歳に成れば上の段まで取れるか分からない高さまである本棚。

 自室なのに家族が囲んで使えそうなテーブル。そしてその周りを無駄にでかい一人掛けの椅子が三つ。


「何なんだろうな。ここは……本当に自室で良いのか?」


 現状を把握し、俺が今からできる行動はなんだろうと考えつつ部屋を眺めていた。

 突然、入口の扉が壊れそうなぐらいの勢いで大きな音を立てて開いた。


「アレス!!」


 入ってきたのは一人の青年だった。息を切らせつつもギラリと鋭い眼光が、俺を確実に捉えていた。

 開かれていた扉は、ガタっと音を立てて上部の金具が外れていた。

 そんな事を気にも止めないまま、俺の近くまで歩み寄ってくる。


「え? あの……」


 今度は一体誰だ。

 隣まで来ると、膝に手を置いて俺と同じ目線になるように屈んでいた。


 俺とは違う髪の毛は明るめの茶色をしているが、瞳の色は俺と同じ茶色をしている。

 そして、あのギラついていた瞳は、瞬き一つしただけで、優しい笑顔へと一変した。


 今のは一体?


「おや? アレス。もう起きても平気なのかい?」


 年相応に考えて、俺の兄さんになるだろうか?

 それにしても、このキラキラとしたオーラというか、その作ったばかりの笑顔がちょっと怖い。


 ただ一つ言えるのは……俺の姉さんが好きそうなキャラではある。

 とはいえですよ、俺を殺さんばかりの形相が脳裏から離れない。


 本当に兄貴なんだろうか?

 髪の色からして違うから、親戚?

 その線が妥当なのかもしれない……。


「ふふ、驚いたのかい?」


「は、はい。少し」


 青年は目を少しだけ大きくさせたが、またすぐに優しい顔へと変わった。

 夜のことを踏まえると、俺の名前はアレスみたいだな。


 元の名前がナオヤに対してアレス……かすりもしてない。

 ラノベなんかだと、似たような名前になったりもするのだけど。俺はどうやら違うらしいな。


「いやー、アレスが伏せったと聞いてね、慌てて戻ってきたんだ。それにしても馬はだめだね遅いから。さぁ皆にも、元気な姿を見せに行こう」


「わっ」


 軽々と体を持ち上げられ、優しく抱かれたまではいいのだが……

 さらっと、とんでもないことを言ってなかった?

 馬が何だって?


 無残な形になった扉を放置して、廊下へと出ると、思っていた通りにとにかく広い。

 予想はしていたことだけど、とりあえずあれだな……迷子イベントが絶対に起こるな。廊下の広さに、ついどうでもいいことを思いついてしまった。どう考えてもそんなことはないだろうけど。


 兄らしい人は、廊下でも、階段でも俺の負担のないように、ゆっくりと慎重に進んでいく。

 俺は、腕の中で辺りをキョロキョロと見渡すばかりだ。


 二階にある何処かの部屋のドアを開けると、夜に見たような方々が居た。

 父親、母親に……姉? それと執事が一人。

 なんとなく見覚えがある……この人達が俺にとって今の家族ということなのか?


「父上! 我々の天使のご帰還です」


 うん、うん? なんて?

 天使って何? 

 そうだね、小さな子供をそうやって天使に例えるのはよくある話だけどさ……自我があると結構きつい。


 それに俺は、元二十五歳だったのです。つまりですね、そのような天使扱いは悶えるほど気持ちが悪い。

 この二人が両親というのなら、俺は母親似というわけか。兄姉は父親と同じ茶色で、俺だけ母親と一緒の黒髪なんだな。

 いや。母親の黒い瞳は姉に行っているようだな。


「アトラス。どうしてアレスを連れてきたのかな? 無理をさせてどうするつもり?」


「父上。アレスが声を出し、ベッドの上から窓の外を眺めておりました」


 兄の名前はアトラスというか。

 両親は、椅子から驚いたように立ち俺の所へとやってきた。

 足で突き飛ばされた椅子が倒れる。ここの人たちは物を壊すことに躊躇というものがないな。


「アレス、父上と母上だ。わかるかい?」


「へ? あの、えっと……」


「アレス。元気そうで良かった」


「あなた……アレスが」


 アトラスに抱えられたまま、その大きなソファーに座らされるのだが、なぜ膝上なのだろう……そのまま下ろしてくれないものなのか?

 体つきからしてもそこまで幼児ではないはず。

 何も喋らないのも変だよな……とりあえず挨拶からだよな?


「お、おはようございます」


 俺の言葉に、この部屋にいた全員が大きく目を見開きその視線が全て俺に集中していた。

 離れていた執事でさえ、俺の所まで来て顔を覗かせていた。


「アレス? 今のは、アレスが? 私のことは分かりますか?」


 この人が母親か……俺に目線を合わせ、心配そうに見ている。

 涙を浮かべ、何度も何度も俺の頭を撫でていた。

 くすぐったくて、でも嫌じゃなかった。

 俺には母親というものに良い記憶というものがないが、なんでか分からないが安心できていた。


「僕のことも分かるよね?」


 というか、なんて言えばいいのだろう。姉さんはお母様で、兄の方は父上だったな。

 となると、俺としては母上と呼んだほうが?

 年齢からしてかーちゃんとか……それは、アウトな気がしてならない。


「父上、もしかしたらアレスは……熱で記憶を……」


「そんなはずはないわ。私はいつも一緒に居たのよ。私のことは分かるよね? アレス、答えて」


 横から両頬を手で挟まれ、じっと目を見ている。

 しかし、父親に両脇を捕まれ俺から引き剥がされると、声を上げて泣いていた。


「落ち着きなさい、フィール。もし、記憶がなくともアレスがこうして無事なのだから」


 どうすればいいのか分からず、キョロキョロと此処にいる人達を見るしかできなかった。

 アトラスのおかげで、記憶が曖昧かもしれないと俺にとっては好都合でしかない。

 とはいえ、いずれボロが出そうで怖いけどしょうがないよな。


「アトラス、アレスをそこへ」


「分かりました。アレス、降ろすからね」


 アトラスは、そんなにもアレスを置くのが嫌だったのか、少し不機嫌な顔をしていた。

 大きな椅子へと置かれ、両親は膝を折って目線を合わせてくれる。

 これがアレスの両親。後ろで揃って立っていると兄姉は本当によく似ていた。


「君の名前は、アレスだ」


「アレス?」


「そう、いい子だね。私は、君の父親で名前はアークだよ。私の名前を言えるかい?」


「あ……アーク」


 父親は今にも泣き出しそうなほど、目には溢れそうになるぐらい涙を溜めていた。たった名前を言っただけで?

 何度も、声を出して頷いていた。


「私は、貴方の母親。名前はソフィよ」


「ソフィ……」


 優しく頭を撫でられた後、優しく抱きしめてくれた。

 母親……俺の人生で最も嫌いだったのに……この人に撫でられるのは、心地よくて落ち着かせてくれるのだろう。

 そう感じるのは、今の俺がアレスという少年だからなのだろうか?


「私はフィール。お姉ちゃんよ。こっちがお兄ちゃんのアトラス」


「フィール……アトラス」


 ただ名前を読んだだけなのに、両親は涙を流しながら抱き合い。姉の方は、涙を拭うことなく俺を見ている。

 なんでこんな事になっているのか分からない。それよりも、俺は皆のことをまずはどう呼べば良いのかが知りたい。


 けどなんて呼べばいいですかとも言えないし、兄のアトラスは、父上って呼んでいたな。それを真似るのがいいかもしれない。

 呼びなれないけど、なんとかなるよな……きっと。駄目ならその時だ。


「セドラ。アレスに湯と着替えを」


「かしこまりました。旦那様。それでは、アレス様。失礼致します」


 今度はセドラという執事さんに抱きかかえられた。

 これは当たり前のことなんだろうか? いくら小さいとはいえ、歩くぐらい大丈夫だと思う。


 アトラスも言っていたが、アレスは病に倒れたから過保護になっているだけだよな。

 きっとそうだ、病気で少しばかりやばかったけど持ち替えしてくれてよかったと、それで嬉し泣きだったんだな。

 ただ、中身が変わっているのはどうすればいいのだろう……。


「旦那様。それではまた後ほどこちらに」


「うん。頼んだよ」


 さっきのは一体何だったのだろうか?

 俺の行動全てに、感動か歓喜していたような?

 それにしても、子供用に作られた湯船は非情に心地よかった。


「アレス様、熱くはございませんか?」


「ううん、気持ちいいよ。ありがとう」


「勿体無いお言葉、感謝します」


 えー、ホントなんなの? なんで皆の涙腺は崩壊しているんだ?

 結局自分で何もしない……いや、されるがままに服を着せられると、どこのお坊ちゃんという感じの姿が鏡の前に映し出されていた。

 これが今の俺なのか。


「ご立派なお姿ですぞ」


「え……うん」


 鏡というものはなぜこうにも残酷でしかないのだろうか……。

 体は細く、身長からしても三歳ぐらいだろうか?

 しようがないか、着替えも済んだ事だしさっきの場所に戻るとしますか。


「いけません。今はどうかご自愛ください」


 また来るときと同じように抱えられた。

 体は特に不調もないから大丈夫だと思うけど、子供が熱で魘されていたようだから心配するのも無理はないかな。


「只今、戻りました。アレス様、お立ちになられますか?」


「うん、いいよ」


 歩くぐらいどうってことはない。だけど、俺は数歩で転んだ。

 元の体とサイズがまるで違うから、幼少の体はバランスが取りづらい。

 アークは席を立つと、皆が揃って席を立った。


「旦那様! どうか、お見守りください。アレス様は……ご立派な御方です」


「しかしだ……セドラ」


「アレス、私の所においで」


 姉が膝をついて俺を呼んでいる。あの四人の所まで……歩く。

 今度は、転びそうになっても何とか持ちこたえることが出来た。

 俺の様子を見て皆が安堵したのか「はー」と声を揃えている。


「アレス……アレスが……」


「もう少しだ、アレス」


 皆の所へと辿り着くと、またもや皆は号泣する。

 そんなに泣いてて、涙枯れない? 大丈夫?


「よく頑張ったな、アレス。私はお前を誇りに思うよ。自慢の息子だよ、アレス」


「アレス様。このセドラ、生涯を持って貴方様にお使えします」


 その時、俺の腹は空腹を知らせる音を小さくならした。

 

「お腹が空きました」


「ああ、そうだな。すぐに用意させよう」


 姉上に左手を、兄上に右手を引かれ食堂へとゆっくりとした速度で進んでいく。俺の速度が遅いから皆が合わせてくれた。

 少々、過保護すぎる気がするけど、これからの人生どうなることやら……。

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