28.作戦決行
あの後、テンション高めのアリスと憔悴したモモが合流し、アリシア様に挨拶をした。二人ともドルチェさんとはあったことはあってもアリシア様とは今回で初対面だしね。
二人には事前情報などは渡していなかったが、初めてアリシア様を見た瞬間に驚いた表情をしたものの直ぐに気を取り直して挨拶をしていた。モモに関しては驚かないどころか、何やら尊敬をしている様子もあったので、少し不安に思っていた僕としてはすごく安心した。敬語がなく、少し距離が近い気もするが、アリシア様は気にしていないし、後ろに控えているメイドさんも眉を上げたものの頭の上の耳を確認した後に納得したような表情をしていたので、もしかしたら獣人には敬語という概念は存在しないのかもしれない。
さて、挨拶は終わったし、今はちょうど昼食時だ。
早速作戦を決行すると言って、メイド服から私服に着替えたメイドさんたちが食堂に行った。
メイドさんは念のためバージェス侯爵が僕に攻撃した時のための私服警官の様なものだ。そしてカタクリが来た時に僕たちに合図が来て、いかにもカタクリに気付かないかのように演技をしながらカタクリの視界に入るような席で食事をとるというのが今回の僕たちの仕事だ。
この作戦はもちろん想定している案であるカタクリが僕たちに接触する。とシナリオが始まる前にメイドさんの包囲網を抜けたバージェス侯爵の手下たちが襲い掛かってくることもあるが、それはそれでアリシア様が助けに入ってそこから流れをアリシア様が持っていく作戦だ。
今回の作戦で一番の失敗はそもそも敵が僕たちという囮に釣られないこと。その点あのバカは何も疑いもせずに引っかかってくれそうなので一番可能性が高いルートとして考えているそうだ。
暫くは初対面であるはずのモモがアリシア様にその高いコミュ力を発揮して会話をしたり、それを見て少しだけ貴族と対面している緊張が解けてきたアリスがウルフ系のモンスターを布教しようとして、逆にデッカイ狼を見せてもらったりしながら時間を潰すこと30分。
合図が来たので僕たち三人で食堂に移動する。
作戦中とはいえ、今回の僕たちの役割は敵を油断させて誘い出す囮役なので、あくまで雰囲気を和やかに、会話に夢中になっているようにするために会話をする。
内容は時に重要ではないので本当にくだらないことばかりだ。
部屋に虫が出てきたとか、思ったよりも洗濯、掃除などの家事が大変だとか販売所の店員の態度が悪いとか、そんな話だ。
僕はメイドさんがさりげなく置いたフォークが向けている方向を確認しながらそっちの方向に移動する。
話しながらも視界の隅でカタクリを探し、背を向けているカタクリを見つけた。
僕が好きなメニューのカツカレーを頼んで、番号札を貰う。アリスはロコモコ丼、モモはステーキ定食を頼み、三人そろってカタクリから見える席に歩いて行った。
それにしても、初めてこの食堂に来たけど、本当に現代のフードコートと似ているな。もちろん現代に作られたゲームなので似ていて当然だけど、なんとなくだけど『知識』を持ってから異世界の食事処は世紀末のモヒカンをした奴が最低三人はいるような印象があったので、何故か少しだけ残念に思ったのが最初に食堂を見た時の感想だ。
カタクリが気になってしょうがないモモは、見ていることを悟られないようにキョロキョロと食堂全体を見ている風にあちこちに視線を巡らせている。
そんなモモを見る僕とアリスも、なんとなく可愛いものを見ている気がしてほっこりしている。これが動物セラピーなのかな?
「モモって普通にステーキ頼むんだね。」
なんとなく話題に出したこの言葉も、確かになんとなく『知識』を参考にしてみると可愛い人は肉ではなく野菜をたくさん食べているという、偏見なのか経験則なのか、があるのでモモががっつりとした大きめの肉を頼んだのが少し意外だ。
「? 肉を食べないと成長できないよ?」
そういって小首を不思議そうに見ているモモを見ると確かにそう思ってしまうかもしれないが、周りに見える限りの女子の昼食はほぼ野菜ばかりだ。もちろん中には肉があるようなアリスが頼んだロコモコなどを食べているもの見かけるが、それでも野菜がないメニューを頼んでいるのはごく少数だ。
そして僕とモモはそのごく少数に入っている。
もしかしたら獣人全体がそもそも肉をいっぱい食べる種族なのかも。
モモ以外の獣人を見たことないから判断できないけど。
この食堂にモモ以外の獣人は見えないし、今まで見た獣人の人も多分冒険者を除いたらモモ以外には見たことないし、エルフなんて一回も見たことない。僕が偶然会ってないってこともあるかもしれないけど、それが違うのだとしたらこの国って普通の人以外の種族って居づらかったりするのかな?
そんなことを考えながらも、席に着いた瞬間に番号を呼ばれた。
呼び出されるのが早すぎるので、もしかして材料がなかったのかな? と心配になりながら行ってみると、美人で胸の大きな受付のお姉さんがその理由を明かしてくれた。
「あんたたち見ない顔だし、初めてここに来たんだろ? だったら、これからも贔屓してくれよな。そうすれば私たちの給料が上がるからな。はっはっは!」
明け透けにそう言ってくるお姉さんはとっつきやすく、生徒たちに人気になっていることが容易に想像できる。
なるほど、僕もこんなお姉さんとおしゃべりできるなら飯がまずくても何回も通うかもしれない。
あの大きなお胸は惜しいが、今回の僕の任務はきちんと完了しなければならない。僕は背中に走る悪寒に従い、そのように思考を切り替えて席に戻る。
席に戻ってご飯を食べる途中も何故かカタクリは僕たちに絡んでくることはなかった。
血眼になって僕たちを探していると聞いたので、目の前に来れば簡単に釣れると思っていたのに拍子抜けした。来てほしくないときには来るくせに欲しい時は来ないって、天邪鬼だなぁ。
ご飯を食べながらカタクリのことを盗み見ると、何やら落ち込んだ様子で一人寂しくご飯を食べている。一人なのは自業自得っていうか、そもそも危険人物にだ誰が好き好んで近寄るかって話だよね。
でも困った。
このままじゃあ作戦が狂ってしまう。
かといって僕は何も出来ないので、大人しくご飯を食べる他ない。
もしも不測の事態になった場合はまぎれて食事をとっているメイドさんたちが何とかする予定だ。
何しろ僕が何かアクションを起こしてカタクリとトラブルを起こした場合少なからず僕の方にも非があることになってしまうからだ。あくまで今回はただ食堂に食べに来ただけの僕たちが、カタクリに絡まれているところをアリシア様に助けられるという筋書きをなぞる必要がある。
そうして焦燥感を感じながら時間を稼ぐためにゆっくり話しながら食べる。
「学園にはテストがあるんだって、どんなテストなのかな?」
アリスが誰から聞いたのか、そんなことを言う。
そしてそれに答えるのは、今回の作戦を覚えているようには見えないモモ。
「走るのなら得意だよ!」
明らかに時間を稼ぐという意思が感じられないスピードで食べ終わったその食器にはもうご飯一粒もない。
お腹いっぱいになって眠くなると思ったけど、どうやらモモは動きたくなっているのか、席から立って僕の近くに来た。言外に虎徹を要求されている気がする。
耐久が高くなった僕はともかく、まだまだ大型犬に片足をかけた程度の虎徹はカタクリがいるところで出したくないので、まぁまず大丈夫であろうヴォルフを出す。
「ウォン」
「わー、ヴォルフだー!」
出て来た瞬間にヴォルフの背中にダイブするモモ。
笑顔で頬をこすり付けているモモとまるで子供を見るような優しい目でモモを見るヴォルフは見ていてとても和む光景である。
モモはどうやら人のモンスター、特に動物系のモンスターを見る、若しくは戯れるのが好きらしい。本人曰くモンスターの性格は主人に似るとかなんとか言っていたので『知識』の中で言う履いている靴を見てその人の品位を確認するような感覚なのかもしれない。
毎晩ちゃんとブラッシングをしているとはいえ毛がもふもふのヴォルフをこの食堂に出していいのかと言うと、別に問題ない。
周りの人の反応は精々がギョッと目をひん剥いて驚く程度で、そうじゃない人はなれた様子で静かに毛が入らないように風の魔法をかけていた。
この学園では大体の人が魔法を使える上に、使えない生徒にも弱点を補えるように魔法を使えるモンスターを捕まえることを推奨しているので、むしろ風の魔法が使えない人はほぼ居ない。
だから黙認されているというか、そもそも自分もやっていることを人にはするなとは言えないからね。今でも辺りを見渡せばヴォルフより目立つのはいないものの、たくさんのモンスターがいる。
当然僕も運ぶときから風魔法を使っている。
モンスターと触れ合うのも立派な訓練だし、魔法を使うのも訓練だと偉い人が言ってた。
そうして周りのモンスターに何が居るのかを確認している中で、ようやく僕達のことを見つけて驚いているカタクリが見える。
僕にその気は無かったけど、ヴォルフを出したときにはこちらに気付いていたのかもしれない。
さて、そうなると僕達は当然警戒しないといけない。
モモは食堂に来たときからずっと辺りを警戒していたので良いとして問題はアリスだ。
僕はヴォルフの
最近は僕のブラッシング技術が向上したのか、前よりも更に綺麗になったように思うその白い毛並みは、人形のようなアリスと並ぶと劇にある姫騎士とその相棒のような関係性を思い浮かべる程だ。
どっちも綺麗。
ヴォルフとモモのような笑みの溢れる光景ではなく、こちらは感嘆のため息が出る美しさだ。
そしてその光景を壊す不届き者がやって来た。
「おい! 随分と逃げ回っていたようだな、手間をかけさせやがって!」
――作戦成功
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