22.フラグ管理は難しい
僕が痛みで息を荒げながら部屋を出ると、アリスは優雅にお茶を飲みながら待っていた。
ック、腹立つ!
「アリス? お仕置きはどんなのがいいかな?」
僕がそうして黒いオーラを放ちながらお仕置き宣告をすると、いつもなら汗を流しながら視線を逸らすアリスが堂々と僕を見返していた。
おっと? 力で勝てないから雰囲気で押そうと思っていた僕の作戦が早くも見破られたか?
「だってリンは私が会いに行ってもダンジョンに行ってて、伝言も残したのに三日も来なかったし。」
そんなことを言われても、僕はそんな伝言聞いたことも……あった気がする。
ダンジョン帰りに疲れていた時にメイドさんの一人が伝言だと言ってアリスが来たことを教えてくれた気がする。
「それともリンには何か言い訳があったりするの?」
アリスはとても高圧的に足を組みながら僕を見下ろしている。
どうにも勝目がないと悟った僕はアリスの前に平伏して言った。
「言い訳などとてもとても。」
顔を上げるとこんな適当な寸劇でも満足したような表情で僕の分のお茶を入れているアリスが居た。
ふう、物理的に振り回されたりしなくてよかった。さすがにあれは精神的にも来るものがある。
立っていいと許しが出た後に、僕もアリスと一緒にお茶を飲む。
アリスも本気で怒っていなかったので、今回はこれで許してやるとのことだ。もうちょっと軽いのが妥当だと思ったものの、罰を増やされても仕方がないので黙っていた。
「で、リンは私と同じ《キャロラビット》を捕まえたの?」
僕と一緒にアマンダさんにあの森のダンジョンを薦められたアリスは《キャロラビット》をテイムしたそうだ。
僕は《デルモル》が出るダンジョンがあったのであの時に捕まえなくてよかったと思っているが、アリスがボールから出した《キャロラビット》に頬ずりしている様子を見ると後悔はしていない模様。
まあ、アリスは可愛い物好きだしな。《キャロラビット》をテイムして後悔する姿が想像できない。
「僕は察知役でこの《デルモル》を捕まえたよ」
そう言ってさっきから僕の肩の上にのっている《デルモル》を示す。
アリスはそのモグラを見た
というか、《スカイバード》というとても優秀な察知役を元から持っているアリスが《キャロラビット》や《デルモル》を捕まえること自体が謎だ。
可愛い物好きも分かるけど、ちゃんとしたモンスターも捕まえてほしい。
「アリスはちゃんとソラ以外にアリスを守ってくれるモンスター捕まえたよね?」
僕の言葉に何やら怯んだ様子を見せたアリスだが、笑顔を見せて頷いた。
「ずっとリンの《ウルフギャング》が羨ましくてしょうがなかったけど、私もオオカミ型のモンスターを捕まえたの。」
アリスがそう言って出したのは僕が見たものよりも幾分か毒が抜けた《ファストウルフ》だった。
なるほど、ソラが飛んでいれば動きの速い《ファストウルフ》でも[気配察知]で捕捉して[風魔法]でけん制すれば最初の攻撃も防げるし、単純に相性が良かったのか。
僕はあの時察知役も居なかったので不意打ちも防げなかったが、ソラの様な攻撃と察知が出来るモンスターなら見つけ次第攻撃できるので、不意打ち命の《ファストウルフ》ではとてつもなく相性が悪かったようだ。
そうしてアリスのテイムモンスター自慢が始まって暫くしたころ、寝室から寝ぼけ目をこすりながらモモが出てきた。
「おはよう」
かなり気の抜けた挨拶と一緒にぼーっとしたモモは、アリスの手によって寝癖を直され、よだれを拭かれ、万歳して服を変えさせられ……おっと危ない。
僕は当たり前のようにモモの着替えをしようとするアリスを睨みつつ、さっきまでモモが寝ていた寝室の中に入れ違う形で入り込んだ。
にしてもあれはかなり手慣れた世話の焼き方をしていたな。寮に入ってから朝はずっとあの調子なんだろうか。
ひとまずアリスに呼び出されるまではここに居ることにしたものの、暇である。
呑気におやつを食べていた《デルモル》君はさっきの部屋に置いてきてしまったし、この部屋にはどこに
そうして入った場所で棒立ちしていると、アリスからお呼びの声が聞こえた。
「おはよう、モモ。目は覚めた?」
僕が言いながら元の部屋に戻ると、モモはいつかのように僕に抱き着いてきた。
悲鳴を我慢できた僕は偉いと思う。
そのトラウマを植え付けたモモはそんなことを覚えていない様子で、むしろ久しぶりなのに久しぶりじゃない感覚に戸惑っているようだった。
「あれ? 最近会ってなかったのに嗅いだことある気がする? 今日あったっけ?」
モモに訊かれたので僕は否定の意を込めて首を横に振った。
今日って限定されすぎて起きていたんじゃないかと疑うレベルだ。
それと、向こうでクスクス笑っているアリスは本当に許さない。
いつか隙を見て寝ているモモの傍にぶち込んでやる。
そうしてモモも起きてきたので、これからの予定を訊いてみる。
二人とも勉強ぐらいしか予定がないそうで、どうやら今日は丸一日空いているようだ。
最初に用事がないとは言ったものの、さっき思いついたことがあるので二人に付いて来てもらう。
今日は魔方陣を使ってモンスターを召喚する工程を二人に見せようと思う。
なかなか無い経験なはずなので、楽しめると思う。
召喚魔方陣の説明はお祭りでアリスが説明していた記憶があるが、あの時に説明したランダムの召喚魔方陣ではない。
そちらもいつかは使うこともあると思うが、今は召喚されるモンスターが固定される方の召喚魔方陣で、《スライムリーダー》というモンスターを召喚しようと思う。
この召喚魔方陣はかなり金がかかる上に実際に生息している場所に行けば普通にテイムできるため、早々に移動できない王侯貴族などの上級層が使っているイメージだ。その他には有用だけど生息する地域に行くことが困難なモンスターをテイムする時だな。
ただしこの学園では、召喚魔方陣の素材はダンジョンでとれるのに卒業しないと移動が出来ないという場所なので、指定したモンスターを召喚する魔方陣を作成する人が存在する。
報酬が必要だったりするが、僕が知らない制作過程を人に任せることが出来るのは正直なところ魅力的だ。
僕がそれを利用すると決めて、逆にいっぱいあるうちのどこを利用するのか悩んでいたときにダメで元々、相談してみた販売所のツンツン頭が紹介してくれた。
ツンツン頭曰く、最低限召喚できる魔方陣を作れて安い場所を教えてくれたので今日はそこに行く予定だ。
僕はアリスとモモを連れてその通称『魔女の工房』に向かって出発した。
「リンは召喚魔方陣ってどんななのか知ってるの?」
モモは召喚魔方陣のことをあまり詳しくないのか、僕にそう訊いてくる。
モモは今、寝間着からいつもの可愛らしい服に着替えさせられ、あれだけの怪力を持つ人とは見えないほどに可愛い。
もしも男子が調子に乗って襲おうとすればワンパンで玉を潰されること必至だ。おっかねえ。
そんなくだらないことを考えながらも僕はモモの問いにこう返した。
「作り方以外は大体全部知ってるよ。」
ふふん、と得意げな表情をすると、モモは「おー!」と言いながら拍手を送ってくる。
作り方は『知識』の中に無かったけど、それ以外は全部僕の頭の中に入ってるからね。
「むしろどうして作り方は知らないの?」
アリスは鋭く僕の一番突かれたくないところを的確に突いてきた。
でも、僕にはこんな質問にも簡単に返せるカードを手に入れたのだ!
「マロック爺さんがね。」
マロック爺さんには悪いけど、アリスも卒業するときには忘れているだろうから許してほしい。
そうして話している間に、ツンツン頭から教えてもらった『魔女の工房』にたどり着いた。
ドアには吊るされた紙に可愛らしい文字で『魔女の工房♡』と書かれている。
僕の『知識』ではこういった場合の定番は決まっている。
このドアを開ければ、可愛い物好きな天才虚乳ツンデレ、もしくはロリ巨乳のクーデレタイプの先輩ヒロインが居るフラグが今絶賛乱立中なのだ!
そう! きっとこれから僕がこの召喚魔方陣を作るたびにこの先輩に会いに来て、二人しかいない時間になんやかんやのトラブルがあったり……はっはっは! 楽しみで仕方がないよ!
「失礼しまーす」
そう言って僕がそのドアを期待しながら開けると、中には何故か見覚えのある大きな魔女が使うような鍋があった。
中には誰もいないのか、返事はない。
僕たちは用事もないため、この部屋で誰かが来るのを待つことにした。
しばらく待つことが決まった後、興味津々でモモが良く分からない薬物を手に取って僕か、アリスが注意することが何度か起きた後、僕とアリスは部屋の中心に置いてある僕がすっぽり入りそうなほど巨大な鍋の傍に来ていた。
「なんか見覚えがある気がするんだけど、アリスはないかな?」
僕がそう訊くと、アリスは何やら難しい顔をした後に答えた。
「思い出せないけど、なんかこの鍋を見てると嫌な予感が止まらないの。どうしてなのかな?」
アリスは僕とは違い、見覚えどころか嫌な予感がするようだ。
そういわれてみればこの鍋を見ると、速やかにここから立ち去れと本能が言っているような?
僕が鍋を見ながらそう悩んでいると、アリスは本当にウジ虫を見た時の様なとてつもなく嫌な表情をして、次の瞬間に僕の《デルモル》が人が来たことを知らせるのと同時にアリスは能面の様な無表情に変わっていた。
どうしたんだろう? 最近アリスの無表情が怖くなくなるくらいに見ていることは良いことなのか悪いことなのか。
そして《デルモル》から知らされた人物がこの部屋の中に入ってくると、同時に僕は悟った。
僕は自ら死亡フラグを立てていたんだと。
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