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私の耳の事然り、世の中いつ何が起きるかわからないもので。

あの日河川敷を通り掛かって偶然聞こえた朔楽の歌に心惹かれて動画に収めた人がいるらしく、さらにその誰かは動画をSNSに公開した。


何年も音楽活動を続けているだけあって、地元の一部ではそこそこ知名度があったおかげか、公開する際にメッセージ機能を使って朔楽のアカウントに動画を載せていいかと問い合わせがあったらしい。

朔楽は二つ返事で了承。

するとそこから誰も予想しなかったスピードで拡散される事になる。




後日、朔楽も出演する対バンライブの会場に私はいた。

あの動画がきっかけで興味を持ってくれた人も結構な数いるらしく、それほど大きくないライブハウスはいつになく人で溢れている。

私は後ろの壁際に寄り掛かりながらその景色を眺めていた。

やっぱり朔楽以外の歌は聞こえないけれど、演奏している側も観ている側も一緒になって盛り上がっている雰囲気は好きだ。

こんな気持ちも忘れていた。


朔楽がライブに出始めた頃、お客さんは友達ばかり数人で、「いつかここも、もっと大きな会場だって、満員にして歌ってやる」なんて口癖のように言っていた記憶が急に蘇った。


「よかったね、朔楽。夢に一歩近付いたじゃん」


嬉しい事のはずなのに、ここでもまた自分だけ置いていかれたような気分になる。

いつも隣に感じていた朔楽が、今はちょっとだけ遠くに見えた。

ライブは大盛況のうちに幕を閉じた。

そしてさらに数日後、再び朔楽に驚かされる事になる。




〈歌音、やばい!すごい事が起きた!〉


その日は休日で、録画していたドラマを観ている時だった。横に置いていたスマホが震え、メッセージの着信を知らせた。

文面からも興奮が伝わってくる。


〈何かすごい事が起きたのはわかったから、主語を交えて詳しく話して〉


昔から、二重の虹を見付けたとか、蝉が孵化してるとか、福引きで三等のお米が当たったとか、そういうちょっとしたラッキーがあった時には今みたいなメッセージを送ってくる事があった。

今度は何だろう。アイスを食べたら当たりだったとかだろうか。

そんな事を考えているうち、再びスマホが震えた。


「……え、ほんとに?」


驚きすぎて書いてある内容が頭に入ってこず、何度も読み返す。繰り返し読むうち、ゆっくりと言葉が浸透してくる。


〈あの動画がバズったおかげで、こないだのライブにレコード会社の人が来てたらしい!んで、俺の歌も聞いててくれて、うちから曲を出しませんかって言われた!〉


すごい。すごいすごいすごい!

ついこないだ一歩近付いた夢への道程が、今度は一足飛びに進んでいる。

しかもそこは、朔楽が憧れて目標にしていると言っていたアーティストも所属している会社だった。

あの時は朔楽を遠く感じて少し淋しく思ったりもしたけれど、今は一緒に喜ぶ事が出来た。

だって高校生の頃からずっと頑張っている姿をすぐ近くで見てきたから。

いつだって朔楽が前を向いて楽しそうにしていたから、私も自分の絵を描くやりたい事を貫こうと思えたから。


近いうちに何かお祝いをしてあげよう。朔楽は結構甘党だから、男だけじゃ入りにくいって前に言っていた可愛らしいケーキ屋さんに行くのもいいかもしれない。そんな事を考えていると、またメッセージが届いた。


〈それで歌音にお願いがある〉


ふむふむ、これは早速ご飯の催促かな?

まぁ今回は本当にめでたい事だし、出世払いに期待って事で、特大パフェでもファンシーなケーキでもちょっとお高いお肉でも、好きなものをご馳走してあげようじゃないか。


〈曲のリリースにあたって、早速再来週からいくつか候補を持ち寄って、ジャケットの制作を始めるらしいんだ。俺も案があれば提案していいって言われてるんだけど、俺の曲を誰よりも聞いてる歌音に絵を描いてほしい〉


私に、絵を?

予想外の話にしばし固まる。

朔楽と一緒に何か出来たら面白そうだなと考えた事はある。

こんな風に言われて嬉しくないわけがない。

だけど、今の私じゃ……。何をやっても上手く行かないような、絵を描く好きな事さえも真っ直ぐに好きだと言えなくなっている私じゃきっと、朔楽の歌に相応しくない。


〈ごめん。今の私じゃ無理だ〉


ぐるぐると迷った挙げ句、簡単な文章を送信してソファに沈み込む。


「何やってんだろ、私」


せっかく朔楽がくれたチャンスだったのに。

ほんと、何やってんだ。



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