第44話

「そうなんだ。羽良野先生や私たち普通に見える大人たちは、不思議な体質だったのさ。もちろん永久腐敗はするけど、昔からこのままの姿だったのさ。でも……」

 ぼくも村田先生も体が死んでいた。

 傷ついて、裂けて、破損して……。

 目の前の駅を通り過ぎた。

 よく見ると、利六町の駅だった。

 見慣れた景色にホッとしてきた。

 利六町も御三増町も死者の街なのかな?

 境界線? なんて適当に引っ張ればいいんだ。

 でも、疑問が一つあって、死んでいる人か生きている人かまるっきりわからない。

 ぼくの家のおじいちゃんや幸助おじさんや、亜由美。父さんに母さんは死人ではない気がする。けれど、この街には死者が溢れているのも事実だ。

 そういば、三部木さんや四部木さんたちの家は知らない。

 母さんに聞けばわかるはずだけど……。

 車窓越しからことり幼稚園が見えてきた。子供たちははしゃいでは、元気に走り回っていた。


 今のぼくには、どこか遠い存在だった。

 何故かって? ぼくは死んでいる。けど、彼らは生きているんだ。

「もう少しかかるからね」

 村田先生の優しいテープレコーダーの声が聞こえ。ぼくは考えを口にした。

「ねえ、村田先生。この街で死者は何人いるの?」

 村田先生はまた少し咳き込み。

「数え切れないほど……。昔の人たちが今も生きているんだ。ああ……死んでいるんだけどね」

「じゃあ、子供たちを毎日食べているの?」

 ぼくは、また悲しい歌を歌おうとしたけど、止めた。だって、もうおしまいだ。街の真相は、多分、全員が犯人だ。例外? そんな人たちもいるにはいるかも知れないけど、あまり意味がないんじゃないかな?

「うーん……。夏だけさ。私自身も子供を食べていた頃があったから。よく知っているんだ。……農薬とオニワライタケの成分からなる薬を処方していたのは私だったのさ。せめて痛みを取り除いてやったんだ。仮死状態にしてね。子供たちのためとはいえ……死ぬほどつらいけどね」

「ふーん」

 いつの間にか、ぼくは悲しい歌を歌うのを止め。滅びの詩を歌っていた……。


 稲荷山小学校が見えてきた。

 もうすぐ家だ。

 久しぶりにおじいちゃんに、幸助おじさんに、亜由美に会える。

 ぼくは死んでしまったけど、なんだか元に戻ったみたいだ。


 車が裏の畑の砂利道に停車し、ドアを開けると、むっとくる真夏は今では涼しい風を送っていた。

 ドアを開けると同時に家の玄関が開いた。

 おじいちゃんだ。

 幸助おじさんもいる。

 こちらに、向かって血相変えて走って来た。

 車の窓からぼくたちのボロボロの姿を見ると、二人とも皺がより一層増えた顔になった。

 おじいちゃんは泣きながら、

「どうして……」

 おじいちゃんの言葉は、それだった。

 何に対してなのかは、ぼくにはわからない。

 目も前のことが信じられないのかな?

 あるいは、不死を知っているのかな……?

 この街のことも……。

「この街から出た方がいい……」

 幸助おじさんが腰に差している真剣なのかな? にすっと手を置いて辺りを自然に見回していた。

「早くこの街から出るんだ」

 村田先生もテープレコーダーのような声を鳴らす。

「父さんと母さんは?」

「無事だ。危ないから私が家にしばらくいるから。家の中では、窓には近づかない。そう、約束してくれないか」

 幸助おじさんの溝の深い顔から出た言葉。

 凄く硬くて、心が切り込まれた感じだった。


 おじいちゃんは、今まで深く考え事をしていたかのような。深い皺を寄せた顔をして泣いていた。


 玄関先には、幸助おじさんのための刀箱が開いていて、おじいちゃんがタオルを持って来てくれた。

 キッチンでぼくは体を拭いてもらった。

「何も言わなくていいからね」

 おじいちゃんはいつものように優しかった。

 傷ついた僕の体を白いタオルで撫でるように拭きながら、耳元で囁いていた。

 ところどころから、穴が開いて血も流れている。

 そんなぼくにおじいちゃんは、目を瞬かせた。もう、泣いても泣いても仕方ないんじゃないかな。

 やっぱり、おじいちゃんは知っているんだ。

 この黒い街のことを……。

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