第26話 大根
裏の畑に大根を植えて家に帰ると、幸助おじさんが二階にいた。
また、おじいちゃんと将棋をするのだろう。
幸助おじさんは勝負事にはうるさい人だった。
夕方の6時に自分の部屋で読書をしていると、一階から母さんの呼ぶ声が耳に入った。
「歩―。羽良野先生が明日。勉強や家庭の様子を知るために家に来るそうよー」
ぼくの心臓は一瞬止まると、この上なくバクバクしだした。
気が付くと洋服がずぶ濡れになっていたので、体中から冷汗が湧き出たんだ。
ぼくは思考を全速力で回転させた。
「何時頃?」
大声で一階の母さんに聞くと、母さんは少し間を置いて、
「午後の三時ですって」
「わかった」
さあ、どうしよう。
家の外へ出てしまって、その時間帯をどこかで潰そうか。
それとも、わざと捕まる方法もある。
外は急に大雨が降り出した。
窓から大粒の水滴がスカイブルーのカーテンを濡らしていく。
ぼくは読書を止めて、身を守るために何か対策を練ることにした。幸助おじさんのいる和室へ向かった。
幸助おじさんはおじいちゃんに対峙して将棋盤に集中していた。
「ねえ、幸助おじさん。友達の持っていた映画を観て思ったんだけど、子供がナイフで刺されたシーンがあるけど。ナイフで刺されたらどうしたらいい?」
幸助おじさんの溝の深い顔が一瞬引き締まった。
こちらに向くと、顔が強張っている。
「応急処置でしょう。子供でも出来るのを後で教えてあげる」
「まあ、圧迫止血とかは大人の力じゃないといけないだろうね。でも、子供でも出来るかな?」
おじいちゃんも将棋盤から目を放して、ずる賢い顔を引き締めた。
それは、そうだろう。
こんな事件が起きているのだから、不安な心を刺激してしまったのだ。
いらない心配をかけてしまったけれど。
でも、ぼくも必死だ。
羽良野先生は多分、ぼくを何かの理由で車に乗せると人気のない場所で刃物で刺してくるんじゃないかな?
でも、車の中へ連れ込まれるとかなり危険だ。
首を絞めてくる可能性も否定できない。
幸助おじさんに色々と聞かなきゃいけないんだ。何とか身を守って、殺人未遂罪という、のを羽良野先生に着せる。それが、ぼくのできる精一杯の対策だ。
裏の畑の大根も気になるけど、まずは羽良野先生を何とか退治しよう。
幸助おじさんとの約束は午後の7時になってからだった。
うっすらと暗くなりだした裏の畑で行われた。ヨモギ・ドクダミなど止血剤となる薬草。静脈と動脈? までに達したら、つまり体の奥まで刺さったらナイフなどをぬかないこと。手やタオルなどで強く傷口を押さえること。
幸助おじさんはとりわけ厳しい表情で事細かに実演しながら教えてくれた。
ぼくは何度も聞き返して頭に叩き込んだ。
翌朝。
早朝に裏の畑に行った。
薄暗いほどの厚い雲が御三増町全体を覆っていた。
今にも大粒の雨が降り出しそうだ。
ぼくはトボトボと砂利道を歩いていると、ぼくが植えた大根の辺りに虫の群れが湧いていた。
ぼくは虫を取り払って、大根を抜いて家に帰る。
早速、まな板と包丁を用意して、一枚だけ輪切りにして口に含んだ。
辛い!
味は凄く辛くて、どうしても生では食べられるものではなかった。
三部木さんが嘘を言っていないのならば、利六町の大根は甘かったはず。だけど、裏の畑に植えると大根は辛くなった。
一体どうしてだろうか?
さて、羽良野先生を退治しなければならない。
午後の三時まではかなりゆとりがあって、ヨモギやドクダミなど、タオルと固定するためのガムテープなどはすぐに揃いそうだ。念の為に麦茶の入った水筒と大き目のビスケットも入れた。
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