第16話
「実は、歩君。今日の全校生徒が体育館に集まる時に、大事な時にトイレに行ったんだそうで。その時に亜由美ちゃんも4年3組だったと思いましたが、席を随分空けてたんだそうです。でも、……私は信じていますよ」
僕は首を捻って不思議に思った。けれど、あまり気にしないことにした。亜由美なら本当にトイレに行ったんだと思う。きっと、トイレで本を読んでいたのだろう。
羽良野先生が帰ると、午後の五時半だった。
僕はおじいちゃんの部屋へと向かった。
「おじいちゃん?」
和室には、いつの間にか家に来た幸助おじさんとおじいちゃんが将棋を打っていた。一階から亜由美が階段を上ってきた。多分、4年の担当の先生に送ってもらったんだと思う。
澄ました顔をして、自分の部屋へと入る亜由美はいつものように僕の顔も見なかった。
まるで、周りの風景は自分とはなんの関係もなく、見たい時だけ見て、触りたい時に触ればいいと思っているのではないだろうか。
「あー!! やられた!」
幸助おじさんの叫びが聞こえた。僕はおじいちゃんに聞こうとしたことを、幸助おじさんに聞くことにした。
「幸助おじさん。例え話だけれど、大人が建物の三階から地面に飛び降りることはできるかな?」
溝が深い顔がこちらに向いた。
「可能でしょう。素人でも受け身くらいはとれば大丈夫」
「固い地面でも?」
「固いとダメ。固いコンクリートでなければ、三階の高さなら着地だけしっかりしていればね。でも、実は三階などの高さから飛び降りることは、非常に危険なんだ。丁度、転落した場合だが、頭部が真下に向きやすい」
「うん。解ったよ。ありがとう」
幸助おじさんは歯を見せてニッと笑うと、目線を将棋に向けた。
僕は三階にある放送室の窓から、犯人は飛び降りたと考えている。三階の高さだけれど、大人なら可能だと幸助おじさんが言った。子供だと多分無理。放送室の窓の下には柔らかい土の花壇があるけれど。
そして、その大人は全校生徒と先生たちではない。全校生徒と先生は亜由美を除いて全員体育館にいたんだ。つまり、学校側では有り得そうな人だと、用務員のおじさんの場合と、学校へ侵入した人の可能性がある。いずれにしても、窓から飛び降りると最短の時間で放送室から姿を消すことができるし、勿論階段を使ってもいいのだけれど、それだと先生たちに鉢合わせする場合がある。あれ? 階段は学校の西側と東側にあって、当然、先生たちは体育館よりの西の階段を使ったのだろうから、犯人が東の階段から降りる場合もあるか。いずれにしても、それだと用務員のおじさんはあり得る。用務員室は学校の体育館側の反対にあって、それに、放送室の窓の下の花壇は用務員のおじさんと少数の生徒が世話をしている。
後は学校へと侵入した大人の可能性がある。
明日学校へ行ったら花壇を確認してみよう。
足跡があれば学校へと侵入した人の可能性があるし、用務員のおじさんなら足跡を残すことはしないはず。
犯人は大人で放送室でチャイムを鳴らし、人形の手を置いた。人形の手を置いた意味は何かの警告か、それとも、これから何か起きるという意味。あ、同じかな?でも、最悪の場合はその警告は僕に向けているかも知れないということだ。
ここまできて、僕は恐怖はしない。
何故なら向こうを先に見つけて僕が警察の人どころか、みんなに知らせるからだ。
次の日から登下校がしにくくなった。
登校の時だけは、通行人や自動車の多い時間帯なので、いつも通りに通学路にPTAのおばさんたちがいるけれど、下校は毎日というわけじゃないけど保護者の迎えを待つことにしたみたいだ。
保護者が迎えにこれない場合は、通学路をおばさんたちが緊張して見張っていた。
みんな未だに隣町の児童たちが帰りのバスからいなくなったことを気にしている。
警察の調べでは、送迎バスの出発の時間から15分後の2時20分には、児童たちはバスにいたのだそうだ。交差点を曲がるバスを商店街で働いている人達が見ている。
その後、15分の空白があって、その間に児童たちと保母さんとバスの運転手が普通の道路を走行中に忽然と消えたのだそうだ。
僕は亜由美と汗をかいて、居酒屋で藤堂君と篠原君を待っていた。学校へと登校する時間だ。昨日の夜は僕は少しだけ怖くなって布団の中に籠っていた。
今朝になって、強い日差しに照らされた裏の畑を見て元気をだした。子供たちの仇をとるとか、そういう意味の感情はでなかったけれど、なんとなく、僕が頑張んなきゃ誰もいないんだって思った。
「亜由美。昨日の体育館で全校生徒が待機している時に、少しどこかへ行ったよね。一体どこに行ってたの?」
亜由美は僕の顔を興味なさそうに見つめると、A4ノートをランドセルから取り出すと、さらさらと綺麗な字を書いて僕に渡した。
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