第5話

「亜由美は電車に一人で乗れないなら、お母さんと一緒か歩兄さんと乗りなさい」

 父さんは油多めの酢豚をご飯に乗せて、テーブルに置いた亜由美のA4ノートに何か書き出さないかと気を取られている。

 亜由美は涼しい顔で、こくんと頷き野菜炒めを静かに食べていた。

 その日、僕は塩と胡椒の香ばしい野菜炒めも、白い湯気のたった味噌汁の大根も食べなかった。漬物のナスもそうだった。

 僕は裏の畑のバラバラにされても生きている子供たちに会いに、明日の下校時間に必ず一人で畑に行こうと決めていた。

 お風呂の時も、歯を磨く時も、僕はバラバラにされても生きている子供たちのことを考えていた。

 今は土の中で野菜と一緒に眠っているのだろうか?

 寝息は土の中でどうしているのだろう?

 明日になっても生きているのだろうか?

 

 次の日。

 僕は顔に当たる強い直射日光で目が覚めた。

 午前の5時だった。

 おじいちゃんはとっくのとうに、もう起きて台所で食べ物を漁っていることだろう。裏の畑も太陽の鋭い光で朝露がたっぷりとくっついた野菜たちが輝いていた。

 僕は一階へと降りていくと、母さんが起き出した。母さんはいつもおじいちゃんの次に起きるんだ。

 そして、僕はいつも三番目に起きる。僕がおじいちゃんのいるキッチンへと向かおうとすると、

「歩。おはよう。二階のおじいちゃんの部屋のポットにお湯を入れてあげて」

 母さんの日常が始まった。

 僕は毎日学校へ行く前に勉強をして、宿題も朝にしてしまう。夜はいつもは読書で、遊んでいる暇は学校帰りの裏の畑しかない。僕はテレビゲームもアニメも観たりやったりしなかった。そんな僕を周囲の人たちはとても賢い子だというけれど、自然とこういう習慣に少しづつ馴染んできただけだったんだ。


 そういえば、昨日の土の中で生きている子供たちのことは二日前には気が付かなかったんだ。

 どうしてだろう?

 昨日まで腐った臭いがしなかったからだろうか?

 長い間土の中にいると、どこかがやっぱり腐るのかな?


 後、一週間前に篠原君から借りた植物図鑑を返す時が今日だった。僕は台所でお湯を作って二階へと上がる。階段を上りながら、おじいちゃんの世話を母さんがしているのを何気なく聞いていた。

「裏の畑から田中さんが、たくさんの大根とナスをくれたんだけれど」

 母さんの言葉に僕の心臓がビクンと鳴った。子供たちが埋まっている畑の部分じゃなければいいけれど。それと、田中さんって向かいの田中さんのことだ。

 のっぺりとした丸顔で30代後半でも独身の男性だ。髪はいつも均等に両脇に分けてあって、口数が少ないけれど親切な人で、隣町の工場で働いている。たまに僕と亜由美の下校時間に会うことがあった。


 昨日の夕方に裏の畑にいた男の人はひょっとすると田中さんかも知れない。田中さんは仕事帰りの夕暮れ時に裏の畑から夕食のために作物を採る時があった。

 後は佐々木さんの可能性もある。

 近所に居酒屋を経営していて、登校する時に犬の散歩をしていた時をよく見かけるけれど、たいていは、裏の畑で長ネギなどのお店の調理具材を採る姿を多く見ている。


 実は田中さんという苗字は二人いるけれど、もう一人の田中さんは大家族で、いつもは大勢で昼間に裏の畑で野菜たちの手入れをしてる。明るく楽しい大家族だ。裏の畑以外の広大な畑も所持していて農家の人たちだと母さんから聞いた。

 子供たちを埋めた人は一体誰なんだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る