朧月が覗く前に

佐藤令都

東雲

「かすみくん、ぴあすかえたの?」


 起きがけの温かな指でふにふにと彼女はアウターコンクのピアスを触る。


「さわちゃん気付くの遅いよ。会ってすぐに言って欲しかったな」


 寝ぼけながらふふ、とやわらかな笑い声をこぼす彼女の長い黒髪を梳く。

 毛先まで艶やかで、どこも傷んでない綺麗な髪。大人びてる彼女の唯一高校生らしい純朴さを感じる部分だ。

 俺の目には、制服を着ているのが場違いな女の子に見えるなんて、君には口が裂けても言えないけれども。


 まあ、そう変えてしまったのは俺なんだけど。


「ざんねんだけど、そのピアスあげたの、さわじゃないよ」


「そうだっけ」


「水曜日のおねえさんじゃないの」


「……あー、ひな子ちゃんだわ」


 相変わらずだねぇ、って目を細めながら何も身に付けていない身体を起き上がらせた。

 ブラウスの襟に隠れるか微妙な位置に薄らとした鬱血痕。君は気付かないと思うけど、真っ白な背中にもいくつかあるんだよ。


「霞くん、今度さわにファーストピアス開けてよ。貴方にだったら一生モノの傷、付けられてもいいわ」


「こんな男に言うコトバじゃないよ」


「たぶん霞くんは、さわと同じだと思うから」


 困ったような笑顔で言わないで。あの日の誰かに重ねてしまう。

 君にはかなわないかもしれない。

 硝子玉のような瞳が俺を見つめた。


「開けてよ、ピアス。霞くんも高校生で開いてたでしょ」


 もちろん。君が言うように。


「さわみたいに都合のいいひと、だったんでしょ」


 さっきより冷たくなった身体を抱きしめられた。

 布を隔ててない分、人の温もりがじんわりと伝わる。


 男物のシャンプーの匂い。俺の吸ってたタバコの匂い。


「ガキに教える痛みじゃねーよ、ばかやろう」

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