第76話 夏休みの始まりの合図


 bluebird、青い幸運の鳥の名を関したこの喫茶店は本当に雰囲気がいい。

 全体的に骨董品とも思えるような、古臭いという意地の悪い言葉で片付けられるべきではない優しい木の香りがする。店内から聞こえるBGMの口ずさみたくなる洋楽の音楽を耳にしながら店内の席に座る。


「じゃあ、平日と休日……いやまあ、夏休み期間はみんな休日みたいなもんだけど、まずどこ行きたいから考えよっか」


 まず瑠璃川先輩が黄色のノートと可愛らしい星の飾りがついた筆箱を取り出す。シンプルなシャーペンを片手に、俺たちは案を持ち寄る。


「発案者の青崎君。君は何か案があるかな?」

「買い物とかどうでしょう?」

「何の買い物だ?」

「服とか、みんなでファッションショーしたりとか、好きな本を買うとか、そんな感じなんてどうだ?」


 不由美がみんなとの買い物を体験できる機会なんてこんな時くらいしかないだろうから、今後のためにも不由美のファッションの議論をしたいというのが本音だが。

 黒沼が聞いてくるので俺は素直に返すと、服かー……と溜息を零す。


「……黒沼は嫌か?」

「俺がデブだからってわかってての言葉か? 青崎波留人」

「でも、黒沼君って夏になると一気に激やせしたことあったよね? だったら後半の方に回せば問題なくない?」

「……善処します」

「あはは、じゃあ虹美ちゃんは?」

「カラオケ! みんなでアタシのすごさを見せてやるっ!」

「お! いいじゃんいいじゃん!」

「誰が一番歌唱王か競うの楽しそうだろぉ?」

「それもアリだねー、鯖戸君は?」


 生雲の提案に千種は突っ込みを入れると瑠璃川先輩はノートに記入しつつ鯖戸に質問する。


「僕はバーベキューがいいかなぁ? 食べるの好きだから」

「安直! でもよし! 黒沼君!」

「みんなで海、とか……?」

「おー! いいなぁ。夏の時期にはやっぱひと泳ぎしないと嫌だよなぁ」

「それならプールの方がいいんじゃないか? 不由美が海で泳ぐことを考えると危険が多い気がしてできない」

「お前、本当に心配になるくらいのシスコンだよな。このフユコン」

「どういう意味だ?」

「シスコンが度を過ぎた時、それはもはや妹の名前の得たコンプレックスと化す……つまり! 青崎波留人は、不由美ちゃんコンプレックス! 略して、フユコンなのだ! もちろん? 姉、兄、弟も際はない!! って話でしょー?」


 唐突に生雲が両目が見えるように顔に手を置いて見せると、千種が、うぅ、と呻いた。お前になんとなく何が刺さったか俺には理解できるぞ、千種。


「お前、そんな簡単に中二病っぽく言うなよ、カッコいいと思っちゃうじゃんか!」

「どこがカッコいいんだよ、ダサ」

「黒沼君! ダメ! そんなこと言っちゃダメ!」

「ゲームで言うところの名乗り口上はカッコいいだろうがよ! わかれぇバカァ!」


 千種が顔を覆っておいおい、と泣いている。

 なんでお前が泣く? と色々突っ込みを入れたくなったが、ここはあえて話題を切り替えよう。


「鈴村は何か案はあるか?」

「じゃ、じゃあその……水族館とかどうでしょう? 水族館なら夏の時期も涼しいですし」

「不由美も喜びそうだな」

「そ、そうですね!」


 おずおずと、俺の返答に答えてくれる鈴村。

 ……確かに。夏の動物園とかはライオンとかシロクマとかがだらーんってしててあんまり見ててもつまらなかったことがあるしな。

 いい選択かもしれん。


「涼しい繋がりなら私だったらプラネタリウムとかがお勧めかなー」

「静かでいいですよね」

「そういう瑞帆ちゃんは?」

「私は、今まで誰かと一緒に出掛けたことがないからみなさんに合わせます」

「そっか、じゃあ最後に千種君!」

「えー? なんかあっかなぁ……あ! これ重要! 夏祭りは絶対外せないだろ!」


 千種がパンと手を叩いて人差し指を立てる。

 みんなで、あーっと声を漏らすのに、千種は、え!? 何!? と恐々していた。


「俺、変なこと言った?」

「一番おいしいところは千種君が持っていくんだなって話! じゃあ、ここからお互いの予定が空いている日を埋めてこうか!」

「ですね」


 そうして俺たちはbluebirdで自分たちの都合が合う日を研究し合ってある程度決まると、俺たちは喫茶店から出た。


「それじゃあ、また後日お互い連絡を取り合うってことで!」

「ラインの交換もし終えましたしね」

「あはは! それじゃあ、解散!」


 瑠璃川先輩の言葉を合図にみんなそれぞれの帰宅ルートを進んでいくのだった。

 みんなが喫茶店の玄関前を通り過ぎる中、くいくい、と袖を掴んでくる人物が俺に耳打ちしてきた。


「……ありがとうございます」

「モーマンタイだよ、それより青崎君も話し合わせてくれてありがとね」

「みんなで遊ぶのは、したかったので」

「そっか、この夏休みいい青春過ごそうぜ? 青少年っ」

「うぉ、……っ、はい」


 瑠璃川先輩は俺の横腹を肘うちする。

 不由美にされている攻撃より、痛みが強く思わず呻き声を漏らしたのに瑠璃川先輩はからかった笑みを浮かべる。

 ……俺のこれからの人生的に考えて、アルバイト生活になるのは確定しているが、だとしても高校時代にいい思い出が残せそうだと思うと、なぜだがじんわりと心臓の当たりが温かく感じる。整脈か? と思ったが、恋のトキメキ、というよりもこの感情は友人たちとの楽しめるこの時間を満喫しようと強く願う期待だと思いたい。


「おーい! 波留人ぉ、帰んぞー」

「ああ、わかってる」


 ……俺に、恋愛なんていらない。

 大切な物を守れれば、それ以上のことは望む必要性はない。

 夢を叶えられなかった俺の、枷のようなものだから。


「……明日から、夏休みか」


 波留人は、これから始まる夏休みの幕開けとも呼べる、太陽に手を空かした。

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